探偵は遅れてやってくる(打ち合わせ通り)
半分気を失っていた三人の御令嬢方だったけれど、僕の声は辛うじて聞こえていたのだろう。
もとから蒼白だった顔色がさらに白くなった。
「そ、そ、そ、そ……」
「そのようなわけがありません。そのように無体なお言葉を口に出されるのでした、それ相応のお覚悟があるのでしょうね?」
うわ言のように「そ」を繰り返す被疑者である御令嬢の言葉を取り成して通訳してくれるアドリエンヌ嬢。ま、彼女の即興の文句も多分に含まれている気がするけれど……。
う~ん、やばい。まだ喧嘩腰ではないけれど、深く静かにドロドロと怒りを溜めている口調だ。気のせいか怒りのオーラが般若顔で透かし見える。
「無論です。さきほどエドワード殿下は“遠当て”について言及されましたが――ああ、実際にやったほうが早いだろうね。ドミニク、悪いけれど協力してくれ。階段を降りて背中を向けてくれないかな。五段ばかり下がって」
気楽な口調でそうドミニクを振り返って頼んでみたのだけれど、
「なっ……なんで私なんですか、ロラン公子!?」
そんなもん当て付けに決まっているじゃないか。
「いや、一番階段を降りやすい位置にいるからさ。それだけなんだけれど、嫌かい?」
そう言ってもなおも躊躇するドミニクに向かって、第一王子が鶴の一言を投げ掛ける。
「ロランには何か考えがあるようだ。それとも俺の右腕であるロランを疑う気か?」
さすがにそうまで言われては従わないことには、逆に不興を買う。そう判断してしぶしぶ階段を降りるドミニク。距離を置いて立ち止まったところで、露骨に警戒しながら首だけ振り返って僕を睨め付ける。
「――これでよろしいかな、ロラン公子?」
背後から味方を撃つつもりじゃないだろうな? と、猜疑心に溢れたその顔に爽やかな笑顔を返す僕。
「ええ、ではいまから背後から撃ちますので、ご注意ください」
「なあ……ちょっ!?」
「大丈夫、十分に手加減しますので――ほいっ」
「待――いてっ!!」
手加減というのも生温い、小指の先で蟻を潰さないように細心の注意を払って払い除ける、その程度の感覚で放たれた“遠当て”がドミニクの頭を掠め、吹き抜けのホール全体を揺らした。
乱れた髪の頭を抱えてその場に蹲り、恨みがましい視線を僕に向けるドミニク。
そんな彼に「申し訳ない。ご協力感謝するよ、ドミニク」と慇懃に礼を述べてから、興味深そうに実験の結果を眺めていた第一王子に向き直った。
「――と。位置関係でどうしても当たる箇所は頭になります」
まあ、達人級なれば自在に操ることも、空を足場にして位置を変えることも可能だけれど、そこまで言及しなくてもいいだろう。
「さて、不意に頭に衝撃を受けた場合であれば、ああして本能的に頭を抱えて身を護るのが普通でしょう」
「うむ、確かにそうだ」
「しかるにクリステル嬢は咄嗟に前に手を突き出して体を支えようとした……間違いございませんね?」
「ああ、そう聞いている。その直前に衝撃を感じたそうだ」
我が意を得たりとばかりに頷く第一王子と、
「……前のめりに転んだ、というのは彼女たちの証言とも一致しています」
不本意そうな表情ながら、そこは公正に答えてくれるアドリエンヌ嬢。
「普通に考えて階段で転ぶ時は、雑談などで足元が疎かになっていた……そう考えるのが妥当ですが。当時はクリステル男爵令嬢はひとりだったのですよね?」
「ああ、俺も午後から公務の予定があったので帰り支度をしていたし、他の者達もクリステル嬢とは別な講義や実技を履修していたのでな。迂闊だったが……」
情感たっぷりに嘆き節を炸裂させる第一王子だけど、本来、この学園は単位制なのだから、僕を含めて最高学年にもなればほとんど講義を受講する必然性はない。
普通なら領主貴族の跡取りや王族ともなれば、領地経営や帝王学、実務を積むことに日々忙殺されるので尚更だ。それでも、この連中がちょくちょく顔を出しているのは、ただ単にクリステル嬢目当てでしかない。少しは自重しろ。お陰で僕まで様子を見に顔を出さなければならないだろう。
まあともかく、クリステル男爵令嬢がビッチ――じゃなくて、普段ボッチなのは確かだ。
そのあたり重ねて確認すると、三人の御令嬢の中でひとり気丈な伯爵令嬢が、「は、はい、間違いなく」と肯定したことで確実となる。
「そうなると普通に歩いていて足元が疎かになるなど、まして足の運び方にもマナーのある貴族令嬢ではまずあり得ないはず。そう、誰かに背中を押されたか……何かが上からぶつかりでもしない限り」
途端、三人が一斉に息を呑んで華奢な背中を戦慄かせる。
その有様はまさに秘匿していた罪を暴かれた罪人のそれであった。
「やはりな!!」
「やはりそうだったか!」
「貴族の風上にも置けぬ悪女めが!」
それ見たことかと傘にかかるエドワード第一王子とその取巻き連中。
アドリエンヌ嬢もまさか、と驚愕の目で三人を振り返ってみる。
「――ち、違うのです。あの時、一瞬ですが天井から何か……黒い毛玉のような、何だかわからない、ですが恐ろしいモノが落ちてきて、目の前にいた女子生徒に圧し掛かり……それで、彼女がが悲鳴を挙げて転んだのを見て、助けようとは思ったのです、本当です! で、ですが。途端にソレが黄色い目で、私たちのほうを振り返って笑って、それで恐ろしさのあまり……」
「……その場から逃げたというわけですわね」
「は、はい。私たちは、もう、なにがなんだか……何か子供の頃に見た悪夢のような出来事に、とても現実のこととは思えず、お互いに忘れようと……」
切々と訴える伯爵令嬢と、それに追随して涙ながらに何度も何度も頷く他のふたり。
「――ふん。今度はわけのわからん怪物の仕業ときたか。馬鹿馬鹿しい。そんな言い訳が通用するわけがあるまい!」
当然ながら言下に否定する第一王子たち。
「決まりだな。お前たちがクリステル嬢を階段から突き落とした! しかるに、その上で罪を認めず見苦しい言い訳を繰り返す。なんたることかっ、とうてい貴族学園の淑女にあるまじき行いとは言い難い。しかるべき処分を言い渡すゆえ覚悟しておくがよい!」
第一王子による最終通告を前に、三人の御令嬢方はついに「「「う~~ん……」」」と、白目を剥いて失神してしまい、気丈なアドリエンヌ嬢もさすがに形勢が悪いのを感じて、
「お待ちください! それを決めるのは殿下ではなく学園の――」
必死に食い下がりながら、『なにしてんのよ、さっきの腹案とシナリオが違うじゃないの!?』僕のほうへアイコンタクトというか、射殺さんばかりの視線を投げて寄越す。
「ふん。ならばこの場で証拠を出すことだな。化け物がいたという証拠をな。そんなものがあるならば……だが」
せせら笑う第一王子と侮蔑の笑みを浮かべる取巻き連中。
そんなアウェーの洗礼を受けて、唇を噛んだアドリエンヌ嬢がついに感情を爆発させようとした、刹那――。
「――待ってください。証拠ならあります!!」
「げ、エディット……?!」
待ち望んでいたタイミングで凛とした声が轟き、悠然たる足取りでエディット嬢が下から階段を上がってきた。
そんな彼女を見て、手櫛で髪型を整えていたドミニクは、あからさまに顔を引き攣らせる。
婚約者である彼へ軽く目礼をするエディット嬢だけれど、ドミニクの奴は迷惑そうに視線を逸らせるだけだった。
また明日更新予定です。




