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エドワード王子VSアドリエンヌ嬢2(王子の迷推理)

 我が国とは国境を四つばかり隔てた場所にデイングスブムス帝国という国がある。

 内陸部の山岳地帯が国土の半分を占めるというお国柄のせいか、昔から周辺国にちょっかいをかける軍事国家として有名な国なのだけれど、そこに所属していた有名な某上級将校(冷徹な参謀にして毒舌家。四十三歳の時に十四歳の妻を娶ったロリコン)がある時語ったそうだ。


『怠惰で賢明な者は上の地位に適している。なぜなら司令官は機知に富んだ頭脳と、ふてぶてしいまでの胆力がモノを言うからな。

 勤勉で賢明な者は参謀か現場を指揮する立場に適している。まあ、そんな優秀な人間は一握りだが……。

 怠惰で愚鈍な者は……ふん、九割方の人間がそれに当てはまるが、そいつらでも単純作業の兵士くらいは務まるだろう。

 だが、最も気をつけなければならないのは、勤勉で愚鈍な者だ。奴らは確実に損害を出すことしかしないからな。間違っても上の地位にしてはならない』


 確かに一面の真理ではある――と、昔読んだ軍事ドクトリンを思い出しながらふたりの人物を見比べた。

 僕という味方を得たことで精彩を取り戻し、肩をそびやかして高慢な嘲笑を浮かべる隣のエドワード第一王子。対して三人の御令嬢方を背中に庇う姿勢のまま、なおも怯むことなく不退転の決意で立ち向かうアドリエンヌ嬢。

 誰がどうみてもどちらが正義でどちらが悪役か。賢者か愚者か。大物か小物か。器量がくっきりと分かれる構図である。


 でもって、非常に不本意ながら、外から見た僕の立ち居地は、明らかに第一王子(アホ)の参謀であり、側近にしか見えないという場所にあり、実際アドリエンヌ嬢も十把一絡げという目で僕と第一王子とを見据えていた。


 ああ、痛い。アドリエンヌ嬢の敵意に満ちた視線と、怯える御令嬢方の畏怖の視線が痛いなんてものじゃないわな……。

 こういう時に限って、方向性を指示してくれるようないつものカチカチ音もしないので、純粋に僕の裁量でこの場を何とかしなければならない……となると。


「クリステル嬢は『何者かに突き飛ばされた格好』で階段から落ちた。それは多数の生徒の証言もあり、また当人の口からも肯定的な言葉が得られている!」


 第一王子はさも人喰鬼(オーガ)の首でも獲ったかのように、双方の言質を取ったかのような口調で断言しているけど、きっといつもの調子でクリステル嬢は曖昧に言葉を濁したのを拡大解釈したんだろうな……。

 他の生徒にしても、「クリステル嬢が何者かに突き飛ばされたのに間違いないな?」と、この面子が頭から決め付けて聞いてきたら、そりゃ「YES」と答える日和見主義者は出るだろう。

 偽証した彼ら、彼女らには罪はない。誰だって権力を前には萎縮するものだし、まして学生であっても貴族学園に通う以上、一族の代表として家門を背負う責任がある。ならば長いものに巻かれる処世術は必要不可欠というものだ。


「そして、クリステル嬢が転落した瞬間、その背後を歩いていたその娘たちは、助けの手も差し出さず、それどころか血相を変えて踵を返し、下りかけていた階段を逆方向に駆け上って逃げていった――そうした証言も多数得られている! 人物の特定をするのに少々手間取ったが、お前たちが犯人であるのは明白! そして、その犯人を隠匿するかのように邪魔をするアドリエンヌ、お前も共犯者……黒幕なのではないのか!?」


 悦にふけってドヤ顔で穴だらけの推論……もとい、妄想をさも事実であるかのように開陳する第一王子。

 公衆の面前で面罵され、犯人扱いされた三人の御令嬢方は、この世の終わりのような表情でその場にへたり込み、ほとんど卒倒しかけているようだ。

 何しろ次の王太子と確実視されているこの国の正統な第一王子に、罪人扱いされているのだから、その絶望感はいかほどであろうか。想像もできない。


 なお、ここではまったくの余談なのだけれど、エドワード王子はいまのところ所謂『王太子』(王位継承権第一位の王子)ではない。何度か宮廷から要望はあったらしいのだけれど、枢密院が「時期尚早」と言って認めず、その認定行事である立太子礼の開催を突っぱねているらしい(現在の王位継承権第一位は先々代国王の弟に当たり、五公爵家のひとつベイエルスベルヘン公爵家の家長であるフランシスクス大公・84歳である)。

 ちなみに枢密院の議長はアドリエンヌ嬢の父であるジェラルディエール公爵であり、半年後に婚約破棄をするため頭脳戦を仕掛けているつもりの第一王子(バカ)らと違って、彼は本気で国の浮沈に関わる表裏を掌で転がしてきた妖怪変化みたいな人物であるので、もしかして何か僕のような青二才には想像もできない目論みがあるのかも知れないけれど……。


 ともあれ大体の状況は掴めた。

 うん、明らかに言いがかりだし、客観性はゼロだ。

 とはいえ第一王子派は『アドリエンヌ派が悪い』という前提と結論ありきでしか考えていないため、理知的な反論や反証はおそらくは無意味だろう。何を言っても悪いほうにしか取らない。


 で、彼女たちの弁護人であるアドリエンヌ嬢も、これまでの会話で理解したのか、不愉快そうにこめかみの辺りをピクピクさせ、胸の所で組んでいた腕を下ろして腰の前で交差させ――多分「この馬鹿~~っ!!!」と怒鳴って、第一王子のアホ面をぶん殴りたいのを押さえているんだろう――ゆっくりと、子供に言い聞かせるように答えた。


「……なるほど。ですが私が彼女たちから聞いた話では、その男爵令嬢とはざっと五段以上距離が離れていたそうでございます。そして、突然につんのめるようにして階段を踏み外された(・・・・・・)彼女の事故を目撃して、恐ろしくなってその場を離れた――まあ、咄嗟に救助や介護をしなかったことについては、彼女たちにも問題がありますが、何しろこの三人は全員が伯爵家、子爵家の御令嬢方ばかりですので、ドン臭くも階段を三段ばかりコケて心身ともに傷を負う男爵令嬢以上に繊細でございますれば、それ以上に動転してしまったゆえの仕儀と、聡明にして紳士たるエドワード様にはご理解いただけるものと確信しておりますわ」

「――ぐ……」


 悔しげに続く文句の言葉を飲み込むエドワード第一王子。しかしなんだね。彼もこれで学園の成績は割りと優秀な方なんだよねえ。人間は恋をするとここまで馬鹿になるものなのだろうか?

 と、考え込んでアドリエンヌ嬢の反論の揚げ足を探していたらしい第一王子の視線が、隣で内心辟易している僕の横顔を捕らえて、途端に明るくなった(僕としては嫌な予感が限界突破だけれど)。


「ははははははっ! アドリエンヌ、お前はその三人が離れていたのでクリステル嬢に危害を加えることは不可能。突き飛ばすことなどできないと言ったな?」

「……ええ。左様でございますが」


 慎重に言葉を選びながら首肯するアドリエンヌ嬢。

 その途端、第一王子の口角がつり上がり勝ち誇った表情になった。

「できるぞ! 実際に私はこのロランが手を触れず、“遠当て”と呼ばれる技術を使って、山ひとつ隔てた反対側の一角獣(エラスモ)を一撃で仕留めたのを見たことがある。ロランと同じ事はさすがにできんだろうが、女の細腕でも突き飛ばすくらいは可能だろう。よって犯行は可能だ!」

「そんなことできるわけありませんわ!」


 反射的にそう返したアドリエンヌ嬢だけれど……まずいな。これは非常にまずい展開だぞ。

 なにしろ第一王子が語った逸話は本当なんだから。

 いや、ジーノから素手の格闘技を習った際に『隔山打牛(山を隔てて牛を打つ)』という技があるというので、頼み込んで教えてもらったらあっさりできた……もので、つい、当時はマシだった第一王子に吹聴して、実演して見せたんだよね。


「…………」

 アドリエンヌ嬢が思わずという感じで僕に視線を寄越す。

 その瞳はペテン師の共犯者を見るような目だけれど、それでも僅かにその奥に揺らぎがあるのは、〈ラスベル百貨店〉の一件でルネやエレナから、僕に関する様々な逸話を(頭から疑っていたとはいえ)聞かされていたからだろう。


「それほど疑うなら、この後にでもグラウンドか修練場で試してみるがいい。だが、それができると証明した以上、そちらも出すことだな、その三人がクリステル嬢を突き飛ばしていないという証拠を。そうでなければ、俺はそいつらを犯人と看做す」


 いや、それ悪魔の証明だよ!? ないものを証明することなんてできっこないじゃないか!

 そう言ってアドリエンヌ嬢のために反論したいけれど、表向きの立場上それができないのがもどかしい。


「――なっ!? そ、そんな詭弁……いえ、そもそもですが、先ほどもお尋ねしましたが、エドワード殿下はどのようなお立場で、彼女たちを追及しているのですか? 単なるいち男爵令嬢の肩を持って、無関係である私の友人たちを(おとし)める権利はないはずでございます。それでもなお横車を押すというのであれば、それはもう王子というお立場を逸脱した、貴方様個人の暴走と言っても過言ではございませんよ? そのお覚悟がございますか!」


 さすがはアドリエンヌ嬢。わけのわからない第一王子の屁理屈とがっぷり四つになって応戦する愚を犯さず、最初の問題定義に戻った。

 けれど、これだとまた第一王子がクリステル嬢との関係を暴露して、アドリエンヌ嬢に対して婚約破棄を宣言しかねない。

 なので、馬鹿が反応する前に機先を制して僕が一歩前に踏み出した。


僭越(せんえつ)ながら一言よろしいでしょうか?」

 そう第一王子とアドリエンヌ嬢に確認する。


 さすがにお互いに感情的になりすぎてマズイ流れだと感じているのか、ふたりとも不承不承頷いた。

「――では。アドリエンヌ嬢に、エドワード殿下に代わり最前の問いに対して回答させていただきます。なるほど、確かに殿下は一学園生でありますが、同時に生徒の代表者でもある『生徒会』の会長でもあります」

 ま、実際には単なる名誉職で、王族の子弟が入学した際には貴賓室である『専用サロン』を与えるための方便にしかなく、実際にやることといえば年に一回の入学式に生徒代表として挨拶するくらいなんだけどね。

「つまり学園においては生徒の代表者であり教員にも伍する公人という扱いになっております」


 そう指摘したところ、「あっ」という顔になるアドリエンヌ嬢とエドワード第一王子本人(あと取巻き連中)。いや、関係ないアドリエンヌ嬢はともかく、自動的に生徒会長と役員に任命されている(僕は副会長)あんたらが、揃いも揃って自覚ないとかどーなんだろうね。


「その立場から、クリステル嬢の事故(・・)が起こった場所を確認し、事故の原因究明と再発防止のために働くのは当然の責務と考えられませんか?」


「ふはははっ。そう、その通りだ! 俺……私もそれを言いたかったのだぞ、アドリエンヌ」

「……なるほど」


 案の定、尻馬に乗って増長する第一王子。

 アドリエンヌ嬢のほうも僕の台詞を噛み締めるように小考してから、納得したように頷いた。

 聡い彼女なら理解しただろう、有耶無耶のうちに事実を事件ではなく『事故』として、第一王子の立場を『生徒会長』と限定した僕の思惑について。

次回は11/2頃更新いたします。


10/29 誤字脱字の修正を行いました。

×勤勉で愚鈍な者は上の地位に適している→○怠惰で賢明な者は上の地位に適している

一部わかりにくいと指摘された部分を修正しました。


某どこかのどいつの国の何人かの有名人の言葉を合わせています。

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