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思いがけない再会のこと(案外よくある)

「なぜですか? 美貌でも家柄でも実力でもエドワード殿下(アホ王子)の手綱を取れる人材としてもお義姉(ねえ)様以上の人材などそうそういないと思いますが? 唯一の難点と言えばちょっと付いているだけで」

 不可解だと言いたげな表情で小首を傾げるルネだけど、その思考そのものが不可解極まりないよ!

「そもそもその一点だけで、婚約者以前に令嬢としてあらゆる美点を覆す致命的な欠陥じゃないか!?」

「大丈夫ですわ。お義姉(ねえ)様に関しては些細な問題です。と言うか昼間は男として公爵家の後継者として務めを果たし、夜は王太子妃――将来的には王妃として寝台の上で女の悦びに浸れるのですから、一粒で二度おいしい人生だと思いませんか? まあ不安を感じられるのも当然ですが、仄聞(そくぶん)したところでは最初は痛いそうですが、二回目から慣れて快楽が勝るそうですのでご安心ください」

「どこで誰に聞いた、そんな下世話な話っ!?」


 夜伽教育は施していないはずなのに、耳年増っぷりを発揮して自信たっぷりに言い放つルネ。

 

 咄嗟に普段からルネと親交が深い(つるんでいる)エレナに視線をやると、もの凄い勢いで顔を逸らされた。

 やっぱり元凶はお前か……!


「――つーかさ、お前たちは殿下の女性の好みを甘く見ている」

 殿下に対してまだ認識が常識人枠を転用しているところが甘いと言わざるを得ない。

「アレの理想の女性ってのは……」


 いつか空から降って湧いたように自分を好きになってくれる素晴らしい運命の女性が、どこからともなく現れる。

 その女性は淑女らしい嗜みは完璧にこなせて、着飾ったり化粧していなくても可愛く、手入れしてなくっても髪も肌もつるんつるんに綺麗で、服装は清楚を好み服は必要最低限の物しか必要としない慎ましい性格である。

 いまは没落してて貧乏でもいいけど、出自は由緒正しくなければいけない。

 出しゃばらず、喜びをもって自分に尽くし、俺の夢に理解を持ち、夢の実現を邪魔をしないように面倒くさい事は言わない。

 母性愛に満ちあふれた聖母でなければいけないが、俺は子供は煩いし興味がないので、後継者問題でどうしても必要となれば産んでもいいけれど、子育ては全部自分でやってもらう。


 というポエマーと言うか、脳が膿んでるとしか思えないドリーマーなものだった。

「まあそういうわけで、クリステル嬢に理想を投影してるんだろうなあ」


 そう僕が締めくくると、

「「そんな夢のような女性が存在するわけがないですわ(しょう)!」」

 と案の定、異口同音にルネと言い放った。


「そーだよねー。おまけに『仮にそんな素晴らしい女性に巡り合えたとして、殿下は彼女に何をしてさしあげられるのですか?』って聞いたら――」


『愛だ! そんじょそこらにいる欲深な令嬢なら、金が欲しい宝石が欲しいアレをしろコレをしろと五月蠅(うるさ)いだろうけれど、彼女であればそんな事は言わない。純粋な私の愛だけで満足してくれる。そう……私から贈るのは素晴らしい愛だ!』


「と、ドヤ顔で語っていたからなぁ。ある意味アレに目を付けられたクリステル嬢が被害者に思えてくるわ」

 ドン引きしているルネに忌憚のない――あくまで客観的な――感想を口にすると、白黒はっきりつけてすでに敵認定しているクリステル嬢を擁護するのは感情的にしこりがあるが、さりとて理性的に考えれば同性として同情すべき点もある……と言いたげな曖昧な表情で、呻吟するのだった。


 そこでふと気になったという表情でエレナが軽く手を上げた。

「あの、そのキモい第一王子殿下の妄想って周知の事実なのでしょうか?」


 少し考えて僕は首を横に振る。

「いや、確か子供の頃の他愛ない話で、その場にいたのは僕と近侍と近衛……ああ、当時はまだどこかの下級貴族の子弟だった鞭打ち少年(ウイッピング・ボーイ)もいたっけ。何て名前だったかは覚えていないけど、最後までエドワード殿下にゴマを擂って四つん這いで人間椅子になったり、命令されれば僕の靴の裏も舐めるようなキモい……特徴的なしゃくれ顎をした少年だったかな?」

 公然と殿下の好みに踏み込んだ話はあれくらいだろう。


 当時、ああこれは人目のあるところで話題に出したら殿下の正気を疑われる話だ――と、咄嗟に判断した僕の機転で、あくまで子供同士のたわいのない夢物語として切り上げ、その後は仲間内での馬鹿話でも、そこまで本音を語る前に、軽く匂わせるくらいで話題を切り上げるように注意していたので、多分他の取巻き連中でも殿下の理想がそこまで病んでるとは知らないんじゃないかな。

「ま、先日の自己陶酔しながらの話っぷりからして、その後も殿下の理想は変わってないどころか、余計にひどくなっているみたいだったけどさ」


「それがどうかしたの、エレナ?」

 意味もない問いかけではないだろうと改めてルネが問い返すと、エレナが難しい顔で考え込んでいる。

「……いえ、それだけ具体的で、いっそ清々しいほど阿呆な現実に存在するわけがない理想の相手が、文字通り降って湧いたら第一王子殿下のタガが外れるのも納得できるかな、と」

「「…………」」

 その言葉で思わず顔を見合わせる僕とルネ。


 お互いの瞳の中に同じ懸念が映っていることを確認して、いっせーのせーで口を開いた。

「つまりそれを知っているなら、鴨葱……絶好のハニートラップのかけやすさだと?」

「そのためにシュチュエーションと可能な限り希望に沿った相手がクリステル様である、と?」


「あくまで可能性の話ですが」

 いや、確かにクリステル嬢の突然の転校からこっち、エドワード殿下と懇意になる速度が尋常でなかったのも確かである。

 作為的と疑ってみるのが確かだろう。


「ですがそうなるとロレーナお義姉様は別にして、殿下の具体的な女性の好みを明確に把握している残りは宮殿内の近衛や近侍であり、選ばれた忠臣の中に裏切者がいるということになりますが……さすがに、国の中枢を担う方々ですので学生のなんちゃって取巻きたちとは違って、下手をすれば国家反逆罪で一族郎党処刑されるリスクを理解されているでしょう? そのような軽挙妄動をされるとは思えないのですが」

「まあそうだよね。普通だったらあり得ないけど……」


 けれど状況的に限りなく黒に近い灰色なんだよね。

 そう思って視線をエレナに向けると、軽い頷きが返ってきた。

 クヮリヤートとしてもそのあたりを改めて洗い流してみるということだろう。


 さすがはエレナ抜かりがない。

「……そういえばこの通りの先にある『リヴ・ドワットゥ』というカフェでは、職人が作る季節のフォンダンが有名らしいですね」

 それから思い出したかのようにこれ見よがしにご褒美の先払いを要求してきた。

 さすがはエレナ、抜かりがない!


「あら、いいですわね『リヴ・ドワットゥ』のフォンダン。噂は私も耳にしたことがあって、一度食べてみたいと思っておりましたの」

 何やらトントン拍子に話は進み。店に予約と先ぶれを入れるべく、一度馬車を沿道へ止めて、騎馬で随行していた護衛のひとりにエレナが指示を与えていた。


 と、そこへ不意に時ならぬ怒鳴り声が通りを響き渡る。

「泥棒だと!? 貴様っ、貴族である吾輩を侮辱するつもりか! 下賎なナトゥーラ人の分際で!」


 何の騒ぎかと怒鳴り声のした方へ開いた扉越しに顔を覗かせてみれば、二十歳くらいの顎のしゃくれた貴族らしい青年が真っ赤な顔をして、褐色の肌をした平民らしい少年の胸倉を掴んでいた。

「……ん?」

 青年にも少年にもどことなく既視感を覚えて首をひねった僕の疑問に半分答える形で、同じく顔を覗かせたエレナとルネが軽く驚きの声を上げた。


「あれって確かダイヤモンド鉱山で働いていた陽太(ヨウタ)とかいう子供ではないですか?」

「あら! 確かにそうですわね!」


 言われて見れば……ちょっと見ない間に成長期なのかずいぶんと背は伸びているが、あの意志の強そうな目と横顔は間違いなくヨータ少年のものである。

「なんでアエテルニタ(こんなところ)にいるんだろう?」

 疑問に思ったものの、頭に血を上らせた青年貴族が発作的にヨータを殴ろうとしているのを見て、僕も反射的に馬車から飛び出していた。

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― 新着の感想 ―
[一言] フラグひとつ回収?しゃくれ顎の青年はゴマすり鞭打ち少年なのかな。
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