正しい取巻きの処世術(悪だくみとも言う)
ともあれ目下の問題はエドワード殿下の思い付きだ。
王子が平民も同然の男爵家の令嬢に入れあげて婚約者である公爵令嬢を冷遇して、果ては婚約破棄の末男爵令嬢を妻にしようと画策する。
本当に断行したらまずもって廃嫡の上で平民に落とされ、断種をされて(いまは良い薬があるので昔みたいに玉を切らずに済むらしいけれど)僻地へ追いやられるのは必至。
そうしたリスクのある貴賤結婚のマズさに気が付いて自重してくれたのなら御の字だけれど、あの調子だと何も考えてないな。
とりあえずクリステル嬢をアドリエンヌ嬢と伍する立場まで引き立てて、してやったりしたいだけという本心が透けて見える。
とりあえず取巻きの立場としてはこれまで通り適当に同調して、どうにか玉虫色の返事でお茶を濁してきたが、マジでどうしたもんかな。
つーか嫡男である自分は盤石な立場だと思っているみたいだけど、王家って実際は単なる国の顔、貴族の意思決定機関にしか過ぎないのは歴史が示しているだけどなぁ。
実際、確か二十二代前と七代前の国王は生涯独身を通して(根っからの男色家であったとの風聞も根強い)子供がいなかったため、すったもんだの末、祖を同じくする他国の王族を新たな国王として戴いたという歴史的背景がある(つまり血筋的には二度断絶している現王室よりも、アドリエンヌ嬢のジェラルディエール公爵家の方が遥かに本家に近いのだ)。
つまり国にとって国王とは血統ではなく『国王』という象徴が重要なのであって、不用だと思われれば差し替えが利く存在なわけだ。
そこで現国王陛下のテコ入れ策として、アドリエンヌ嬢との婚約と神殿からの圧倒的な支持を得ている(実情はともあれ階層的には、神殿>王族>貴族>国民となっている)オリオール公爵家の嫡男で『神剣の勇者』である僕を側近に据えることでバランスを保とうとする狙いがあったわけである。
なので名目上王家に敬意を表して、エドワード第一王子>アドリエンヌ嬢>僕という立場を取っているけれど、社会的・実質的立場としては、神殿の後ろ盾のある勇者の僕>正当な血統のアドリエンヌ嬢>>|越えられない壁|>>エドワード第一王子だったりするのだが、歴史の成績はいいはずなのになぜかそれを自分の立場とイコールで結びつけられないエドワード殿下には、そういった発想は欠片もないらしい。
……いっそやらかして三回目の断絶したほうがいいのではないかな、オルヴィエール統一王国。
「それにしても……ふう……相変わらずですわね、あの顔がいいだけの第一王子は。しばらくクリステル様と距離を置かれて頭が冷えたかと思えば」
「余計にこじらせていますね。ま、昔から『ホワイトエレファント』とか『小人閑居して不全を成す』と申しますけれど、学園が休校になって暇ができたせいで余計な猿知恵を回す余裕ができてしまったのでしょうね」
言わずにはいられないという表情で繰り言を紡ぐルネに、エレナも同意の意を示す。
ちなみに『ホワイトエレファント』というのは、遥か遠いシャーム王国に伝わる風習から来た諺だ。
かの国では象を権力の象徴として……また労働力や祭りのシンボル。何よりも象に乗った騎象部隊は途轍もない脅威として有名であるが、その中でも特に白象を神聖視しており、シャーム国王は戦などで武功を立てた部下に褒美として白象を下賜することを最上の褒賞としている。
ところが象というものは馬に比べても遥かに維持するのが困難らしい。
国王や有力領主ならともかく一介の武人にはとても賄いきれず、かと言って国王から賜った白象を売るわけにも捨てるわけにも殺すわけにもいかず、気が付けば家財すべてを売り払って没落の憂き目にあうのが大多数――とのことから『白象』というのは、『いらないのに余計な事するんじゃない』というような意味として使われるようになったのだった。
「……他の取巻き連中がほぼ機能不全状態だからねえ。そのシワ寄せが全部僕のところにくるんだよねー。なんか僕の立ち位置って“鞭打ち少年”と同じなんじゃないのかな~、とたまに思い悩むわ」
“鞭打ち少年”というのは王子の遊び相手として集められた、同年代の貴族の子弟(大抵が下級貴族の嫡男以外)であり、同時に生贄の羊でもある。
普段は遊び相手として王子に親しく接することを許されるが、王子が勉強をサボったり教育係に反抗したり汚い言葉遣いをしたりした場合、体罰……ができないため、王子の代わりに目の前で鞭で打たれるという見せしめの役を担う者たちを指す。
理不尽な役目のようにも見えるけれど下級貴族の嫡男でもない子供が王子と親しくなれる。またそれなりの教育を受けられて将来的には上手く行けば男爵、悪くても准男爵くらいになれる前例があるので、そういう目論見を持った当主たちは率先して自分の次男、三男をほいほいと人身御供に出すのだった。
「ああ、あの第一王子はどれだけ目の前で鞭打ち少年が殴られても、口だけの反省で素行を改めるということはなく、また第二王子は逆に目を爛々と輝かせて少年たちが鞭打たれる姿を嗤って見ていたために、いつの間にか不必要ということでいなくなったと噂の……」
訳知り顔でエレナが「メイドネットワークで聞いた話ですが」と前置きしてからそう付け加える。
「いや、まあ……殿下は昔からヤンチャで、無駄に行動力があったので並みの貴族の子弟ではついて行けなかったというか、好き嫌いが激しくて要求するハードルが高すぎたので皆脱落してしまったと言うか」
弁解するわけじゃないけど、最終的にいつも傍にいて割を食う形になっていた子供時代を思い出しつつ、僕はつらつらと当時の状況を思い出すままに口に出した。
「それはまあ、いつも傍にロラン――ロレーナお義姉様がいらっしゃたのでしたら、そんじょそこらの下級貴族の小倅など眼中になくなるのも当然かと思いますわ。本来は鞭打ち少年を見て、心を痛めるかどうかで王子の資質を測る物差しにもなっているのですけれど、同年代にお義姉様がいらしたことで尺度が狂ってしまった。幸い中の不幸とでも呼ぶべき悲劇ですわ」
「と言うかルネお嬢様、私しみじみと愚考するのですが――」
「なぁに、エレナ?」
「ロレーナお嬢様って系統的にはクリステル様と同じですよね?」
「…………。まあそうね。清楚華憐で華奢な……ま、微妙に薄幸で陰で貧乏臭――コホン。気品に乏しいクリステル様と違って万倍もお義姉様の方が魅力的ですけど」
自信満々に言い切るルネだけど、これって喜ぶべき言葉なのだろうか???
「で、思うのですが、第一王子殿下がクリステル嬢に魅かれたのって、子供の頃の初恋――ロレーナお義姉様の面影があったからではないでしょうか?」
「いやいや、ないよそんな可能性っ! ……まあ確かにしょっちゅう女の子に間違われていたのは確かだけれど」
必死に否定する僕の言葉を聞き流して、ルネとエレナが膝を突き合わせて頷き合う。
「「あり得ます(わ)ね」」
そこで居住まいを正したルネが、真剣な面持ちで僕の瞳を覗き込んでとんでもないことを言い放った。
「ロレーナお義姉様、いっそ第一王子殿下を篭絡して現在の王家を断絶させませんか? 五公家の中でも同格であるウチで、なおかつ唯一あらゆるスペックで上回るお義姉様が相手であれば、婚約破棄なり撤回するなりしてもアドリエンヌ様の瑕疵も最低限で済ませられると思うのですが」
ルネの妄言にウンウン頷いて、ついでとばかり付け加えるエレナ。
「ま、男の娘に女性として令嬢として負けたというのは若干引っかかるかも知れませんけど、社交界ではもの凄い話題になること請け合いですよ。おもに婦女子や貴婦人方に」
「それ僕の瑕疵が大きすぎて致命傷になるんだけど!?」
面白がっているふたりに全力で拒否を示した僕だった。
王室の入れ替えはイギリス王室を参考にしました。
イギリス王室は500年からの歴史がありますが、血統的には何度か断絶があり、最近ではエリザベス1世(テューダー朝第五代)が生涯独身だったため、国内ではなくプロイセン(ドイツ)から国王を選んで据え付け、ウインザー朝が誕生しました。
国王はあくまで象徴であり、血筋にはこだわらないというのがヨーロッパの価値観です。
そのため女王制が存在するわけです(例えば女王が三代続けて即位した場合、その時点で遺伝的には父方の遺伝情報はリセットされます)。




