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side:ご令嬢方の憂鬱②【義妹ルネの場合】

さすがに言い訳はできません。

ゴメンナサイ。お待たせしました、久々の更新です。

 オルヴィエール統一王国の首都アエテルニタ。

 現王宮並びに現在では象徴としての意味合いで(のこ)されている旧王城(王の住まいであると同時に砦でもある)を中心として、蜘蛛の巣状に延びた石畳の道と、庶民はおろか中流階級の者でも許可がなければ足を踏み入れることが適わない広大にして――王都における人口の数パーセントしか占めないのに関わらず、敷地面積としては三割を超える――華やかな貴族街。


 通常、貴族はその身分に応じて王都近郊に領地を持つのが通例であり――大都市や主要幹線の通った利便性の良い場所には侯爵以上の上級貴族領があり、そこから離れるにつれて伯爵領(得てして王都に近い領地を持っている公爵などよりよほど広い領地を持っている)や男爵領、さらに貴族とは見なされない准男爵(バロネット)騎士爵(ナイト)郷紳(ジェントリ)などが土地を治める辺土(ド田舎)となる。

 王都貴族街もそうした力関係の縮図であり、王宮周辺には王族に準ずる貴族の壮麗な町屋敷(タウンハウス)が敷地を占め、それから身分や権勢に応じた立場の者たちが居を構えているのが常であった。


 ちなみに法衣貴族を除いた領主貴族の多くは、一年の半分を領地にある領地館(カントリーハウス)で過ごし、社交シーズンだけ王都にある町屋敷(タウンハウス)に戻り、パーティーやサロンを開いて(国王主催の晩餐会など滅多いないため、どれだけ自分の屋敷でパーティーを開けるか、人を呼べるかで貴族の力関係が推し量れる)、お互いに顔をつなぎ人間関係の構築や派閥の強化に努めるものが一般的である。


 とはいえどこにでも例外はある。

 この国を実質的に牛耳る五公爵家の中でも一、ニを争う歴史と権勢を誇る――久々の〈神剣の勇者〉ロランが誕生するまで斜陽の一途をたどっていたが――オリオール公爵邸であるが、創建当時から王都の中心部からやや離れた場所に屋敷を構えていた。

 理由としては王家に並ぶとも劣らぬ(ある意味凌駕する)特権階級である神殿からの後ろ盾を得ていた手前、それに何より当時は王都の近郊にも人を仇なす魔物(現在では亜人として、いちおうの人権を得ているゴブリンやオークなどが主だが)が闊歩(かっぽ)していたことから、一朝事あらば即座に対応できるようにいずれかにも配慮した場所を選んだためである。


 もっともその後は魔物の被害も減り、王都も肥大化したことから逆にどこから見ても中途半端な位置に、ぽっかりと広大な敷地と城壁と見まごう壁で区切られた屋敷が取り残されることになったわけであるが……。


 ともあれオリオール公爵家の王都における拠点であり、敷地はかなり余裕があるものの屋敷の規模はそこそこ――五公家の中でも飛び抜けて家格の高い、王族公爵(王家傍流)であるジェラルディエール公爵家の宮殿と言っても過言でない屋敷に比べれば、歴代の〈勇者〉を輩出してきた特殊な家系にして、臣民公爵としては別格扱いされている『勝利と栄光の』オリオール公爵とはいえ……いや、だからこそあえて控え目にかつ『公爵家としては一般的な』規模――の(と言っても百人規模の室内パーティーができる程度の大広間のひとつふたつはあるが)町屋敷(タウンハウス)の一角にて。


 うららかな午後、自室で紅茶を楽しんでいたオリオール公爵家令嬢にして、ロラン・ヴァレリー・オリオールの義妹にあたるルネ・フランセット・オリオール(十四歳〇カ月)が、八歳ほど年上の専用侍女(彼女もエレナ同様にクヮリヤート家出身の〈影〉でもあり、天賦の才はエレナほどはないとはいえ、平騎士程度なら正面からでも互角以上に戦える腕前である)から聞かされた噂話に、危うく飲みかけの紅茶を噴き出しそうになった。


「――けほっ……。アドリエンヌ様がテェスティ男爵令嬢(クリステル嬢)に決闘を申し込んだ、ですって!?!」

「複数の信頼できる筋からの情報でございます、お嬢様」

 そんな馬鹿な、と言いたげなルネに向かって侍女が(うやうや)しく答える。


「そのような軽挙妄動(けいきょもうどう)をアドリエンヌ様がなされるとは、俄かには信じがたいですわ! 何か裏があるのではなくて?」

 これは問いかけではなく、『きちんと裏付けを取れ』という暗黙の指示に他ならない。

「…………」

 了解しました、と無言で腰を折る侍女。


 この瞬間、音もなくクヮリヤート家出身の〈影〉たちが解き放たれたことであろうことを想像しながら、ルネは改めてティーカップを上品につまんで(取っ手は指先だけで支えるのがマナー)定番のドルジェ・リン産茶葉を淹れた、この季節ならではの紅茶を口に運ぶのだった。

 セカンドフラッシュに特有なマスカテルフレーバーを愉しみながら、ルネは曇りや気泡ひとつない上質な板ガラスがはまった窓越しに、庭師によって幾何学的に刈り込まれた広々とした庭を眺めつつ、

「……とは言え噂になっている時点で問題ね。エドワード殿下(アホ王子)の耳に入ったら、確実にひと悶着あるでしょうし、そうなったらこれまでのお義兄(にい)様の苦労も水の泡でしょうし」

 そう独り言ちる。


「そうですね。仮に……本当に仮にですが、ジェラルディエール公爵(アドリエンヌ様)令嬢とテェスティ男爵令嬢(クリステル嬢)が決闘となった場合、私は双方に面識がないのですがどちらが勝利を得られるとお考えですか、ルネお嬢様の見解では?」

 空になったカップに紅茶のお代わりをサーブしながら、侍女が何気なく尋ねた。

「勝負の方法と、何をもって勝利とするかによりますが、単純に正面から闘った場合、アドリエンヌ様の圧勝でしょうね。未来の王太子妃として護身を兼ねた短剣術を、王家の武術指南から直々に手ほどきされているという話ですから」

 それがどれほどのものなのかは、その方面にはてんで疎いルネにはわからないが、足運びや動作から推測したロラン曰く、

「試合形式なら武闘派のベルナデッド嬢と互角かな? ま、実戦形式でやればベルナデッド嬢の勝ちは揺るがないと思うけど」

 辺境伯家の令嬢として、常に紛争のただなかにいたベルナデッド嬢とでは、さすがに経験値が違うということらしい。

 ちなみに仮にベルナデッド嬢とエレナがやり合ったら、「毒や不意打ちなしなら、ベルナデッド嬢が二、三合は食い下がる」というのが、ロランとエレナ当人の見解であった。


「それに対してテェスティ男爵令嬢(クリステル嬢)は、あまり運動が得意ではないというお話ですし――まあ擬態という可能性もあるけど、エレナも「あれは全く鍛えていない体ですね」と言っていたので、その可能性は低いでしょうね――空いた時間は写本をして、学費を稼いでいるという話ですので、勝負以前の話でしょう」

 以前に報告書にあがっていたクリステル嬢の生活記録を思い出しながら、ルネがそう(そら)んじる。


「はあ……。男爵令嬢が働いているのですか?」

「……まあそういう反応になるわよね」

 呆れたような侍女の反応を前にして苦笑いを浮かべるルネ。


 貴族家の上級貴族や王族のメイドなどといった行儀見習いを兼ねた奉公ならともかく、令嬢が賃金のために自ら働くということは、

「ほう、貴殿の家はご令嬢が直々に働かなければならないほど逼迫(ひっぱく)しているのですか?」

 と嫌味を言われて、社交界で笑いものになることを意味していた。

 体面を何よりも重んずる貴族にとっては耐えがたい屈辱であり、万が一トチ狂って『自立した女』を目指して市井(しせい)で働きたい……などという娘が言い出した場合には、普通の貴族家当主であれば即座に勘当(かんどう)し、ついでに貴族名鑑からも抹消をして、ただの平民として叩きだす――ならいい方で、修道院送りになるか下手をすれば気狂いとして癲狂院(てんきょういん)に一生隔離される始末である。


「最近は中流階級(ミドルクラス)でも女性の躍進が著しいのですから、いい加減“女性は貞淑で家庭に入るのが当然”という旧態依然たる価値観を改めて欲しいものですわ」

 そう不満を口に出しても、依然として貴族の価値観は『民衆というものは愚かで責任というものを持たない』『責任とは権威に付随するものであり、それを持てるのは貴族だけである』『女は浅はかで難しいことは考えられない。まして政治のことなど』というガチガチの偏見を疑いなく信じ切っており、“革新”とか“男女平等”などという()()()など一笑に付するばかりなのが実情であった。


「まあ『権利』や『責任』などと言うのはご立派ですけど、ほとんどの貴族――どころか第一王子が率先して権威ばかり振り回して、責任をないがしろにしているけれど。あの方って『権利の上に眠るものは保護に値せず』って言葉の意味を知ってるのかしら?」

「五公爵家が舵取りをしているとはいえ、第一王子殿下(あの方)が将来の国主かと思うと、いささか不安ですね」

 相槌を打つ侍女の言葉に吐息混じりのぼやきを放つルネ。


「とは言え王国法で次期王太子の第一候補――というか、王位継承権第一位なのは間違いなくエドワード第一王子(あの方)ですし、仮に不慮の事故で薨御(こうぎょ)されたとしても、第二位のジェレミー第二王子も、あまり良い噂は聞きませんものね……」

 あくまで風聞ですが、そもそも王室行事に一度も顔を出さないほどお体が弱い……という時点でいつ王位継承権を剥奪されるか知れたものではないですから、とルネは取って付けたように付けくわえた。


 基本的に直系嫡男相続が法的にも明記されており――万一、事故や病気、戦争なので後継者を指名しないまま現当主が死去した際に問題にならないようにとの配慮であるが――女性や庶子に相続権は存在せず、直系が途絶えた場合には血のつながった親族に相続権が移ることになる(それすらいない場合には家として断絶ということになる)。

 それゆえ法の定めに従い、たとえ国王や当主であろうと勝手に次期当主や国王を指名することはできないため(きちんとした理由があって手続きを踏み、裁判所と枢密院が妥当と判断したなら可能ではある)、その資質を危ぶむ五公爵が率先して、のらりくらりとエドワード第一王子の立太子式を先延ばしにしているのが、いまのところ限界であった。


 唯一の幸いは国王の冠を頂けるのは、現国王陛下が崩御された後であると明文化されていることくらいである。


「『悪法も法なり』とはいえ、そのせいでどんなに愚物で人間の(クズ)であろうとも、現代社会ではエドワード殿下かジェレミー殿下が王太子に選定される予定なのですよね~」

 まあ、実際あまりにも愚かな暗君の場合、『なぜか』『国王が』『単身で出歩いて』『夜中の』『湖で溺れた』不慮の事故で逝去した……などという事例もあるらしい。


「近親婚の悪癖のせいなのか、王族や高位貴族にはたまに生まれつき頭のネジが二十~三十本外れている方がいらっしゃるという話ですから。……そういう意味ではエドワード殿下もジェレミー殿下も歴史や因習の被害者なのかも知れませんが、曲がりなりにも真っ当な教育を受けて世間一般の常識を学ぶ機会があったエドワード殿下の場合は、自業自得で同情の余地は全くないですわね」

 敬愛するアドリエンヌ嬢を蔑ろにし、愛する義兄(ロラン)を便利遣いにする――本人は親愛のつもりなのかも知れないが、(はた)から見ていると『迷惑をかけても問題ない。どうでもいい相手』と思って感謝の気持ちの欠片もないようにしか思えない――エドワード第一王子は不俱戴天(ふぐたいてん)(かたき)であった。


「そういえばルネお嬢様をジェレミー殿下の婚約者に、という打診も王家からあったそうですね」

 オリオール公爵家に引き取られて半年ほど経たところで、そのような話が舞い込んできていた……と、あとになって義父である現オリオール公爵に聞かされたのを思い出して、ルネは軽く肩をすくめて見せた。


「ええ、もっとも私の姿絵を見ただけでジェレミー殿下のご不興を買ったとかで、即座に立ち消えになりましたけど。嘘か本当かわかりませんが、一瞥しただけで殿下は『ロランと同じ髪と瞳をした同族というから期待したが、似ても似つかぬ醜女(しこめ)ではないかっ!』と激高したそうですわ」

「しこ――!? そんな……これほど可愛らしいルネお嬢様の容姿を貶めるなど、いかに第二王子殿下といえどなんという暴言……!!」

 身内の贔屓目ではなく間違いなく百人中九十七人が「可愛らしい」「整った容姿だ」と、よほど審美眼が厳しいか狂っていない限り客観的に認めるであろうルネの横顔を眺めながら憤慨する侍女。


「まあ仕方ありませんわ。ジェレミー殿下はそれ以前に幼少の頃ロランお義兄様にお会いしたことがあるそうですから。お義兄様と比べられては容貌や(たお)やかさという点で、遥かに劣るのは確かですもの」

 気にした風もなくルネは淡々と事実を羅列するのだった。


(逆に下手にお義兄様と共通点があったせいで、なおさら劣化版を押し付けられた気がして矜持(きょうじ)を傷つけられたのかもしれませんわね、ジェレミー殿下。そのためまったく関係のないコンスタンス侯爵令嬢を婚約者に選んだ……と考えるのは穿(うがち)ち過ぎかしら?)


「ともあれお義兄様が戻られるのを待って、アドリエンヌ様の決闘騒ぎについてきちんとした相談ができるよう、事前準備に余念のないよう怠りなく行動しなければなりませんわ」

 カップをソーサーに置いて、ルネが決意を込めた瞳でそう自らに言い聞かせるように決意表明をする。


 と、それに合わせるかのように、いま現在ロランが赴いている貴族学園の方向から、見慣れた眩い神光が地面から空へ向かって光の柱のように立ち上ったのだった。

6/10 誤字訂正いたしました。

6/11 誤字訂正いたしました。

   ×現代会➡○現代社会

※ドルジェ・リン産茶葉=現地語を英語にすると『ダージリン』

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― 新着の感想 ―
[一言] おかえり 内容忘れたんでイチカラ読み返すよ
[一言] 謝罪とは言葉ではなく投下頻度
[一言] 説明たすかる そうそう覚えてる覚えてる(嘘)
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