003(改訂版)
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森の入口でルクス達を降ろすと、運び屋は街に帰って行った。
帰る頃にまた迎えに来る手はずになっている。
「それでは本日の任務内容を改めてお伝えします。目的はヴィリスの森に異変がないかの調査です。具体的には魔獣や盗賊が根付いないかの確認になります。
お二人には、私の担当区域でこの調査に参加していただきます」
「担当区域?」
「はい。ヴィリスの森は広いですから、ギルド職員が担当区域を分けて管理しています。
私は森入り口付近の浅い区域を担当しています。範囲はこちらの地図に記載していますので、確認して下さい」
シアは地図を一枚取り出し、ルクスに手渡す。
見れば、ヴィリスの森全体図に一部赤い枠がつけられている。その範囲がシアの担当区域だ。それほど広くはないが、それでも全てを一日で調査するには広過ぎる。
ルクスが視線を地図からシアに向けると、柔かな笑顔を見せていた。
「範囲は了解だ。しかし、調査とは言えただ見て回るってわけじゃないんだろう?」
「はい。お二人にはマッピングをしながらこの範囲を調査していただきます。
それが今回の報告書になりますので、この区域全てのマッピングが終わったら任務完了です」
「なるほど。魔獣や野盗に遭遇したらどうすればいい?」
「魔獣は可能であれば討伐して下さい。無理であれば遭遇場所をマップに記すまででいいです。できれば個体情報と数は確認して下さいね。
まあ、魔獣側から襲われた場合は対応していただくしかありませんが。
野盗の場合は拠点調査が基本ですが、今回は追わず私に報告して下さい。
他に確認したい事はありますか?」
「ちなみに、遭遇する可能性がある魔獣を聞いても?」
「それはとても良い質問です。しかし、本研修ではお答えしません。
どのような魔獣がいるかのか。どのような危険があるのか。緊張感をもって取り組んで下さい」
「そいつは、随分と厳しいことで。せいぜい気を付けるとするよ。
俺は他に質問はない。シオンは?」
「私もありません」
「では、早速調査を開始して下さい。
基本的に私は手を出しません。遠巻きに見ていますので、後はお二人でお願いします」
そう言うとシアは木の枝に飛び乗り、そのまま姿を消した。
その動きにルクスは素直に感心する。
「若いのに大したもんだな。流石に教官をするだけのことはあるってことか」
「先生。感心するのはいいですが、早く始めないと日が暮れてしまいますよ」
「そうだな。それじゃあ冒険者の一歩を始めるとするか。
シオン、マッピングは頼んだぞ」
「はい」
まるで近所に買い物に行くような気軽さで、二人は森へ入る。
— 4 —
本当に優秀だとシアは評価する。
二人の役割はすぐに決まった。ルクスが前衛で安全を確認し、後ろでシオンがマッピングをする。シオンはマッピングを行いながらも後方に注意を怠らない。ルクスも魔獣などに遭遇する事を想定し、抜剣済みだ。ルクスの剣は王国では珍しい片刃の剣だった。森でも十分に振れる長さであることは評価ポイントとしてシアは見る。
焦らず確実に進む二人はとても駆け出しの冒険者には見えない。
ルートの取り方にこそ改善の余地はあるが、それも些細な事だ。
「こう優秀だと、物足りないですね。
まあ、重要な戦闘能力の面はこれからですけど」
先程シアはルクスの質問には答えなかったが、この森に生息する魔獣に魔狼【ハイウルフ】がいる。
通常の狼よりも素早く、知能もあるため駆け出しの冒険者は手こずる事もあるが、力量を確認するには丁度良い敵だ。もう少し奥へ進めば、必ずハイウルフと遭遇する。そのように仕向けられた研修なのだ。
シアの役割は二人の冒険者として最低限の能力があるかどうかを確認する事であり、そのために実戦の能力を見ておくことは必要になる。しかし万が一、二人では危険と判断した場合は即座に介入して安全確保を行わなければならない。ここで初めて実戦を経験するルーキーは、いつ何に襲われるか分からない緊張感に精神が疲弊し、突然魔獣と遭遇した際にパニックになる者もいる。そうなれば、普段の実力であれば問題なくても危険な状況になる。
ここから先、いつでもフォローに飛び出せるようにシアもまた集中する。
「何となく、あの二人なら問題なく対応しちゃいそうですけどね。
っと、言ってるそばからですね」
二人が急に腰を落とした事に、その視線の先を追いかけるとハイウルフが三匹徘徊していた。一般的な狼よりも少し大きい程度。幸いにも、ルクス達が先に発見したようだ。しかしハイウルフの歩は二人に近づくルートを取ってる。もう少しすれば鼻が利く奴らは確実に二人の存在を捉えるだろう。
私は自分の腰の短剣に手を添えながら、いつでも飛び出せる準備をする。
次第に近づいてくるハイウルフを前に、二人も戦闘態勢に入った。
シオンが弓に矢を番え、ゆっくりと弓を引く。
張り詰めた弓は、まるでこの状況を表しているかの様だ。
近づくハイウルフを前に、ルクスはハンドサインでシオンが矢を射る事を止めている。確実に矢が当たる距離まで来るのを待っているのだ。矢を放てばハイウルフは敵の存在を察知し、二人目に襲いかかってくる。だからこの一撃は外せない。数の上で対等にする為、確実に一匹は仕留められる距離まで待っている。
ルクスの指がハイウルフの歩に合わせて折れていく。
後三歩。
二歩。
一歩。
そして矢が、放たれた。
草葉を突き抜けて飛ぶ矢は、先頭を歩いていたハイウルフの頭に見事命中した。鏃の刺さった深さから、間違いなく致命傷だ。
異常を察知した二匹のハイウルフは素早く散開し、敵を探す。その優秀な鼻が即座に二人を捉えると、ルクスらを目掛けて最短距離で駆ける。
ルクスは剣を構え迎撃の準備をする後ろで、シオンが第二射を放つ。その矢は俊敏なハイウルフに避けられるも、避けた一匹の動きを遅らせた。シオンはその一匹に向け、精度を犠牲にした速射を繰り返して近づけさせない。
もう一方のハイウルフは勢いを止めず、唸り声と共に迫る。
ルクスは目の前に迫ったハイウルフの頭を狙い剣を振り下ろすが、相手は矢も避ける俊敏性だ。その一撃は容易に躱されてしまう。剣を振り下ろし体勢が低くなったルクスの喉を目がけ、ハイウルフが飛び掛かる。迫る牙を前に、ルクスは素早く体勢を立て直して剣を滑り込ませ牙を止める。
首は守れたがハイウルフの顎の力は強く、ルクスが力を込めてもビクともしない。下手に力を抜けば剣が奪われ、無防備になったところを襲われるだろう。
だがルクスに焦りは無い。
「おいおい、お前の長所はその速さだろう。止まったらただの的だぜ」
言葉が通じぬはずのハイウルフに焦りが見えた気がした。その直後、一本の矢がその側頭部を射抜く。
即死だろう。剣を咥えていた口の力が抜け、ハイウルフはその場に倒れた。
「ナイスだ、シオン」
ルクスの声の方向に居るのはもちろんシオン。
もう一匹を牽制しながらも、ルクスと対峙していたハイウルフの隙を見逃さず、即座に標的を切り替えたのだ。
仲間二匹が殺された事で、シオンが牽制していた最後の一匹が逃げ出す。追い打ちをかけようとシオンは弓を引くが、ルクスによって遮られた。
「流石に距離が離れすぎだ。残り少ない矢を無駄にする事はない」
ルクスの言葉に矢筒を見れば、確かに心許ない数だった。
シオンは素直に弓を下ろす。
「分かりました。
私は周囲の確認とまだ使えそうな矢を回収してきますので、先生は討伐証明の魔鉱石を回収しておいて下さい」
「分かった……って、お前さらっと面倒な方を押し付けたな!」
魔鉱石は魔獣の体内に生成されている。場所は主に心臓の付近なのだが、そのためには解体が必要なわけで、それなりに大変な作業だ。何より、汚れてしまう。
矢の回収を理由に離れていくシオンを恨めしそうに眺めながらも、ルクスは渋々解体を行う。
自分で切り殺した一匹から魔鉱石を取り出し、もう一匹に着手したところでシアが現れた。
「魔鉱石の取り出しまで出来るんですね」
「おや、教官殿。まだ調査は終わってないが、何か不手際でもあったか?」
「その逆です。お二人の実力はとてもルーキーの域にありません。
この研修で学ばせることはないと判断し、繰り上げ終了とします。
実は、元々今回の調査は終わっているんです。ですので今日の調査を進める必要もありません」
「おっ。じゃあこれで俺たちは、晴れて正式な冒険者ってことだな」
「はい。戻ってからの手続きはありますけどね」
話しながらもう一匹の魔鉱石も取り出し終えたルクスは、シアとその場でシオンの戻りを待つことにした。
「そう言えば、ルクスさんの剣は片刃なんですね」
「ああ、そうだ。気になるか?」
「そうですね。王国ではあまり見ない武器でしたので」
「深い意味があるわけじゃないんだ。単純に軽さとリーチを考えた結果、この剣だっただけだ」
「軽さですか。確かに振りやすさは大切ですが、強度に不安が残るのでは?」
「その意見はもっともだが、強度を補う手段はあるさ」
「強度を補う? それって」
「先生」
「シオン。戻ったか」
シアが問いかけようとしたところでシオンが戻って来た。シアの問いかけた言葉は聞こえていなかったのか、ルクスの意識がシオンに向く。
「遅かったが、何かあったか?」
「少々気になることが。シアさんもご一緒で丁度よかった。こちらに来て下さい」
端的に要件を伝えると、シオンは来た道を戻るように森の奥に進んだ。ルクスとシアが追いかける。
その先にあったものは、一匹のハイウルフの死骸。体を深く切り裂かれ、頭部は失われている。殺されてまだ時間がたっていないのだろう。血の匂いが鼻孔を刺す。
「こいつは、さっき逃げたハイウルフか?」
「恐らく。状態から見て、人ではなく獣の類にやられたかのかと。
シアさん。この辺りでハイウルフを仕留められる大型種は生息していますか?」
「いいえ。この辺りで大型種が確認されたことはありません」
「だがこの様子では、大型の魔獣が発生したって感じだな。
教官殿。先程この森は調査済みとのことだったが、最後にこの森が調査したのはいつだ?」
「私の担当区域は五日前です。その他の区域もほぼ同時期に行っていますので、そうそう調査の網から抜けられることは無いはずなのですが、これは再調査が必要そうですね。
お二人共、研修はここまでで良いですので、今日はギルドに戻りましょう」
研修の任務は、先にルクスに伝えた通り目的を果たしているためここで切り上げても問題ない。それよりも大型種が潜んでいる可能性を示唆する状況が問題だ。いくら優秀とは言え、ルーキーが大型種と遭遇することはこれまでと比にならないほどの危険がある。シアの指示でルクス達はすぐに撤収に移る。
しかし、いつの世も都合とは悪い方に転がるもの。来た道を戻ろうとした三人の目に留まったのは、道を塞ぐように佇む、人の身の丈ほどもある巨狼。紅く輝く瞳は三人の姿を確実に捉えている。
「【紅目】!?」
紅目とは、突然変異種のような魔獣であり、例外なく強力な力を有している。確認された際には最低でも翠以上の冒険者に討伐指示が出される程だ。その特徴が紅く光る目。まさに今三人の目の前に現れた巨狼のそれである。
最悪だと思うと同時に、シアが双剣を抜き放ち飛び出す。
素早く接近するシアに、巨狼は虫を払うかの様な動作でその凶爪を振るう。彼女はそれを双剣でいなしかいくぐると、全力で足を斬り付けた。
「ちっ! なんて硬さ!」
結果はまるで鋼のような硬い体毛に阻まれ、斬り落とすどころか傷付けることもできなかった。
思ったダメージが与えられなかったことに思わず悪態をつく。
だが巨狼の注意はシアに向けられた。シアはこれを機と、巨狼をルクス達から引き離すことを選択する。
「この紅目は私が引きつけます! お二人はその隙に逃げて下さい!」
シアがその場から離脱すると、思惑通りに巨狼は釣れて追いかけて行く。
そしてルクスとシオンが残された。
「逃げて、か」
「どうしますか先生」
「まあ、普通に考えれば俺たちはこのまま森を出て安全圏まで退避だろう。
シオンから見て教官殿の実力はどうだった?」
「僭越ながら、あの巨狼を一人で屠るには厳しいかと。私たちと巨狼を離した事から、シアさん自身もそう判断していると考えます」
「同意見だ。だとすれば、救援要請も必要だな」
「ではそうしますか?」
少しの間が空く。
ルクスが頭をかいてため息をつく。
「……分かっていることを聞くのは、お前の悪い癖だぞ」
「先生が素直でないだけです」
「その認識については後で是正するとして、ここでギルドに貸しを作るのも悪くない」
「本当に素直じゃない」
「なんか言ったか?」
「いいえ何も」
話す二人の背後で木々が揺れ、草むらが騒つく。
何かが近づいて来る。
「それでは、早く追いかけましょう」
それは確実に二人に近づき。
「そうだな。でも、その前に」
ルクス達の背後に二匹の紅目の巨狼が現れた。
「こいつらを相手してからだ」
気怠げにな声に反して、ルクスの口角は上がっていた。
今度は展開が急すぎるか。
どうしたら読みやすくなるのか。。。