【第8話】魔導武器
『一つ目の魔導武器が完成しました』
週末、ルリから連絡を受けた俺は仕事帰りに例の廃屋へと向かっていた。
明日は仕事が休みなので、今日無理に立ち寄る必要もなかったのだが、やはり自分が使う事になる武器は気になる。
道すがら、近所のケーキ屋でルリが気に入っているスイーツを購入し、期待と不安を抱きながら歩みを進めた。
「最近、ルリの機嫌が悪いからな…」
今週の頭に協力を申し出てくれたリンさんを紹介してからと言うもの、何故かルリの機嫌が悪い。
ルリは彼女の未知数な実力を疑っていたようで、魔獣討伐の危険性を懇々と説いていた。
「リンさんもリンさんで全く折れなかったしなぁ…」
近衛家の血がそうさせるのか、一度決めたからには何があっても退くことは出来ない…と、最後まで互いの主張は平行線のまま。
俺が二人の間に割って入り、とりあえずその場は納まったのだが、ルリはそれが気に入らなかったらしい。
「うーん、難しいお年頃ってヤツなのか?実際の年齢はわからんが…」
そんなこんなで、ルリのご機嫌取りの為にも手土産を持って寄ってみる事にした。
やがて、廃屋の入り口へと辿り着く。
「ルリ、居るか?」
扉を少し開き、軽くノックをしながら声を掛けた。
「…何ですか、わざわざ仕事帰りに寄ったのですか?元々、明日来る予定だったのですから、早く帰って休めば良いものを…」
どうやら、まだご機嫌斜めのようだ。
「帰って良いのか?…お前が気に入ってた『いちか』のモンブラン買って来てやったんだが」
「…ハヤト、何をグズグズしてるんですか?早く中へ入って来なさい」
効果は抜群だ。
「…それで、完成した魔導武器は何処にあるんだ?」
幸せそうな顔でモンブランを頬張るルリを尻目に、俺は部屋の中を見回す。
「そこです、私の机の上に置いてあるでしょう?」
机の方を指しながら、面倒くさそうにルリが言った。
「机の上って…これ、俺が家から持ってきた『エアガン』じゃないか」
「何か問題でもありますか?」
「いや、武器屋で買っておいた両手剣は?」
「あんな重くて長い武器、ハヤトには扱えないでしょう?」
「…まぁ、それはそうかも知れないけど」
文句の一つも言いたいところだが、ルリの言ってる事は正論だ。
「あの『エアガン』なら、遠くから狙えますし魔力を込めた『弾』を大量に用意すれば『連射』も出来て便利ですからね」
そう言いながら、漢字で『牛』と書かれた布袋を俺に手渡して来る。
「これは?」
「魔力を込めた『弾』です。一応、百発分作って置きました」
「下手な鉄砲、数撃ちゃ当たるって訳か…で、この『牛』って言うのは何の呪いなんだ?」
「呪いではありません、それは最初の標的である、魔獣『ブルメタル』専用の表記です。以前にも言ったと思いますが、魔導武器は使い回し出来ませんから」
「なるほど、つまり標的にする魔獣ごとに魔力を込めた『弾』を作る訳か」
「ええ、そう言う意味でも『エアガン』は最適なベースでした。魔力を込めた『弾』さえ換装すれば、エアガン自体は使い回せますからね」
「まぁ、楽に倒せるのに越したことはないけど…エアガンで遠距離から狙い撃ちって、絵的にめっちゃ地味だな」
「デビルファングの時みたいに真正面から挑みたいのですか?ハヤトがどうしてもそうしたいと言うのなら止めはしませんが、ブルメタルは別名『鋼鉄の牛』と呼ばれ、その体躯はデビルファングと同等、全身が鋼鉄のように硬い筋肉で覆われている魔獣ですよ」
デビルファング並のでかさで、鋼鉄の体…それって、もうまるっきり大型トラックじゃないか。
「…大人しく遠距離から狙い撃ちます」
「それが良いでしょう、何事も適材適所と言うものがありますから。ハヤトは魔獣を倒す事が出来る唯一の攻撃役、何も恥じる事はありません」
適材適所…確かに俺がやられた時点で魔獣を倒せる者は居なくなってしまう、つまり『敗北』と言う事か。
しかし、そうなると矢面に立つのは誰になるんだ?
「なぁ、魔獣討伐に協力してくれるのってルリとリンさん以外に誰が居るんだ?」
「何を言ってるんですか、魔獣討伐に同行するのは私と彼女だけですよ?」
俺の問い掛けに、ルリは不思議そうに首を傾げる。
「え、じゃあどうやって魔獣と戦うんだ?…罠でも仕掛けて誘き寄せるのか?」
「罠なんて仕掛けませんよ。彼女が盾役になり、私が魔法で援護、ハヤトが魔導武器で仕留める感じですね」
「女性のリンさんが盾役って、魔獣相手に無茶過ぎるだろ…?」
「…御三家を舐めて貰っては困ります、近衛家の血筋は代々この国を守護してきた『聖騎士』魔獣の攻撃を防げないようでは、近衛家代表として失格です」
「いやいや、物理的に無理があるだろ?」
「彼女がまだ未熟なのは理解しています。魔獣相手に何処までやれるかは未知数です、だから私は彼女を止めました。本来なら近衛家当主である彼女の父親に頼む筈でしたしね」
「じゃあ、今からでも考え直して貰うようにリンさんを説得して…」
「無理でしょう、彼女自身が言ってたように近衛家の者は一度決めた事を絶対に曲げません。近衛家にとって『不退転』の意志は命よりも重いものなのです」
「だとしても…!」
「…ハヤト、彼女を信じてあげなさい」
「信じる?」
「彼女は命を懸けている。御三家として、近衛家の代表として、魔獣を討伐する為、そして貴方を守護る為に…」
「………」
「多岐勇人、彼女を信じて全てを委ねなさい。『信じる勇気』それこそが貴方が持つ唯一無二の『力』です。貴方が信じてくれるのなら、私達は決して負けません」
「信じる勇気…」
「他にハヤトが出来る事と言えば、射撃の腕を磨く事くらいです。私達が魔獣の動きを止めても、肝心の魔導武器が当たらなければ意味がありませんからね」
「そうだな、練習しておくよ」
確実に命中させ一秒でも早く魔獣を倒す、今の俺に出来る事はそれだけだ。
ルリの言う『信じる勇気』が何の事かはわからないが、俺は俺の出来る事をするしかない。
「あれ、そう言えば…」
先程のルリの『助言』で、気になる事があったのを思い出した。
「ギルド長に会った時にも苗字で呼ばれたんだけど、ルリ達はどうして俺の苗字を知ってるんだ?」
あの時にも感じた疑問をルリに投げ掛けてみる。
ギルド長の様子からして、ルリはまだ俺に話していない『何か』を知っているのではないか?
「…文六め、余計な事を言ってくれやがりましたね」
どうやら、ギルド長は『ぶんぶん』と言うアダ名だったらしい。
「俺に話せないような事なのか?」
RPGにありがちな『重大な伏線』を期待しつつ、俺はルリに問い掛けた。
「いえ、話せなくはないのですが…今ここで話してしまうと盛り上がりに欠けるので、この件はもう暫く保留でお願いします」
「何だよ、その理由…」
「ぶっちゃけ、これが『重大な伏線』なんて事は一切ありませんので心配は要りませんよ」
「ぶっちゃけるなよ」
「…だから、私を信じて今はまだ何も聞かないで頂けますか?」
そう言って、ルリは縋るように俺を見つめる。
何でもない訳がない、ルリの表情を見て俺はそう直感した…しかし。
「ああ、わかったよ」
「ありがとうございます、ハヤト♪」
俺へと向ける屈託のない笑顔。
今はただ、ルリのその笑顔を信じる事にした。