【第6話】鋼鉄騎士団
「鋼鉄騎士団?」
「はい、百戦錬磨の騎士達で編成されたコベルコ皇国が誇る最強の騎士団です」
そう言いながら、俺がコンビニで買ってきた『月見だいふく』を口へと運ぶ。
「魔獣討伐の際には、彼等のリーダーでもある騎士団長に助力をお願いしようかと考えています」
「いくら魔獣討伐の為とは言え、騎士団の団長がそんな簡単に力を貸してくれたりするのか?」
皇国の騎士団…数多の騎士の中で選りすぐりを集めた超エリート集団。
そんな騎士団の団長が、いくら魔獣討伐の為とは言え国王の命令もなしに動いてくれるのだろうか?
「心配は要りません。騎士団の団長は私と同じ『御三家』のひとつである『近衛家』の現当主です。前当主だった彼の父親と私は旧くから懇意の仲ですから」
「旧くから…」
「おい、皆まで言うな。旧くと言っても精々50~60年だ。…あ、もしかして昔の恋人同士かもと疑って妬いちゃいましたか?ふふ、心配しなくても大丈夫ですよ、ハヤト。私は彼に対して恋愛感情などは一切ありませ…」
「まぁ、その話は置いとくとして…つまり、父親を通して息子の『団長』に助力を請うって事で良いんだな?」
何やら語り出したルリの言葉を遮りながら、俺はそう言った。
「…ええ、要約すればそう言う事です。そう言う事なんですけど…ハヤト」
ルリが上目使いで俺を見る。
「な、何だよ?」
「…我慢しなくても良いんですよ?」
「何が…!?」
「ハヤトと出会ってから、もうすぐ一ヶ月…若い二人の間に恋が芽生えても、何ら不思議ではない頃だと思うんです」
「…若い?」
俺の呟きに一瞬ピクッと眉根の辺りを痙攣させたが、ルリは平静を保ったまま言葉を続けた。
「まぁ、私はかつて『皇国一の美少女魔導師』と称えられた程の容姿ですから、ハヤトが尻込みするのもわかりますが…その、私は別に『容姿の格差』なんて気にしませんし、確かに未だ魔獣は1体も討伐していませんが、ハヤトは協力を了承してくれた訳ですから…ほら、例の『私が出来る事なら何でもひとつだけ望みを叶えてあげる』件ですけど、私の方はいつでも準備オッケーですので!」
「いやいやいや、何どう言う事?…もしかして、お前の中では俺の叶えて欲しい望みが『お前を嫁に貰う』とか、そう言う事になってる訳?」
「…え、違うんですか?」
俺が呆れ気味に言うと、真顔でそう返してくるルリ。
「まさか、私の申し出を断ると言うのですか?皇国一の美少女ですよ?御三家当主ですよ?本当に良いんですか?本当に良いんですね?」
一気に捲し立て、グイッと顔を寄せてくる。
「…保留で」
「保留!?私はてっきり『何言ってんの、お前?』と、一笑に付されるものかと思っていましたが、まさかの保留ですか!?…それってあれですよね、人の事を散々ロリババアとか言ってたくせに、その裏で私の事を性的な目で見てたって事ですよね!?ハヤトはロリコンなんですか!?ロリコンなんですね!?…うわぁ、引くわぁ…」
「………」
頭ごなしに否定したら可哀想だなんて、少しでも気を回した俺が馬鹿だった。
「そうですか、ハヤトは保留ですか」
そう言って、ルリはニコニコと俺を見てくる。
「…何だよ?」
「いいえ、何でもありません♪」
其処は彼となく嬉しそうな様子で、ルリはクルリとソッポを向いた。
「…で、皇国一の美少女ルリ様と旧知の仲だと専ら噂の近衛家の前当主とやらには、何処に行けば会えるんだ?」
一通りの茶番を終え、俺は改めてルリに問い掛ける。
「やっぱり御三家って言うくらいだし、宮殿に住んでたりするのか?」
「いえ、住居は街の中にありますよ。御三家と言えど、王宮に住んだりはしません。王宮は王族の住居ですからね。まぁ、騎士団長である彼の息子は王宮務めですから、王宮に住んでいるようなものでしょうけど…」
「へぇ、そう言うものなのか」
「現在、近衛家前当主『近衛文六』は、冒険者ギルドの会長職に就いています。ですから、冒険者ギルドへ行けば面会は可能です。デビルファングの一件でハヤトの株は青天井に上がっていますし、同じ御三家である私の推薦もあります。手続きさえすれば、面会自体はそんなに難しい事ではないと思いますよ」
「面会さえ出来れば、この前みたいにスマホを通じてルリが話せば良いんじゃないか?」
デビルファング討伐の件以来、ギルド内での俺の知名度が鰻登りなのは間違いない。
だが、それはあくまでルリが創り出した偽りの勇者像でしかない、ちょっとした事でボロが出てしまう可能性は高いだろう。
「私が話しても良いのですが、恐らくその必要はないでしょう」
「その必要はない?」
「ええ、彼ならハヤトの本質に気付くでしょうから」
「いや、気付かれたらまずいんじゃないのか?…それとも、俺自身まだ気付いていない『隠された力』とか、そう言うのがあるって事なのか?」
そんな、俺の密やかな妄想に対して…
「あはは、ハヤトに『隠された力』なんてある訳ないじゃないですか♪」
嘘偽りなど全くない、本当に心の底から可笑しさが込み上げて来たと言わんばかりな屈託のない笑顔でルリが言った。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。本日はどのような…あら?」
俺の顔を見て、受付のお姉さんが顔を綻ばせる。
「お久し振りです、リンさん」
「お久し振りです、ハヤトさん。今日はどのような御用件がお有りでしょうか?」
あくまで事務的に。しかし、何処となく楽しげな笑みを浮かべながら彼女が言った。
「ギルド長に面会したいんですが、取り次いで貰うにはどうすれば良いでしょうか?」
「え、ギルド長に面会ですか?」
意外な質問だったのか、少し驚いた様子で彼女が聞き返して来る。
「はい、会って話したい事があるんです」
「…失礼ですが、お話と言うのは魔獣討伐に関しての事柄でしょうか?」
「ええ、詳しくは言えませんが…」
俺の答えを聞き、暫く考え込んでいた彼女だったが、やがて此方に笑顔を向けた。
「わかりました。ギルド長は多忙な方ですが、魔獣討伐の件であれば時間を空けてくれると思います。早急に手続きを致しますので暫くお待ち頂けますか?」
「はい、よろしくお願いします」
手続きの為、その場から立ち去ろうとした彼女だったが、急に立ち止まり俺の方へと向き直る。
「…あの、ハヤトさん」
「あ、はい…何でしょう?」
「ハヤトさんは、魔獣と戦うのが怖くないんですか?」
「え…?」
「あのデビルファングを一人で倒してしまう程の方にこんな事を言うのは烏滸がましいかも知れませんが、魔獣の恐ろしさと言うのは次元が違うんです」
「………」
「…魔獣の本当の恐ろしさは、相対した者しかわからない」
彼女は元冒険者だと言っていた。ひょっとすると、彼女は魔獣と戦った事があるのだろうか?
「リンさんは、魔獣と戦った事があるんですか?」
「戦うだなんて、そんな大それた事はしていません。私はただ見ていただけなんです」
「見ていた?」
彼女は自ら震える身体を抱き締めながら語る。
「どれだけ斬っても、いくら魔法を撃ち込んでも、何度その体を貫いても、魔獣は倒れませんでした。疲れ果て、力尽き、絶望する者達。その先に在ったのは一方的な蹂躙と殺戮。私の目の前で無慈悲に殺されていく冒険者達。何故、私だけが助かったのかわかりません…気が付いた時、私は魔獣の森の外で倒れていました」
「………」
「以来、私は戦う事が怖くなりました。誇りを棄て、仲間の元から去り、逃げるように冒険者を辞めたんです」
彼女の話は俺の魔獣に対する認識を改めさせ、それと同時にひとつの明確な答えをくれた。
「話してくれてありがとう、お陰で決心が着きました」
ルリは言っていた、魔獣を倒せるのは俺しか居ないのだ…と。
「え…?」
だとするならば、俺が出すべき答えはひとつしかない。
「魔獣は、俺が倒します」