【第5話】御三家
「…折れてるんじゃないか、これ?」
デビルファングを撃退し、気が抜けると同時に全身をとんでもない痛みが襲ってきた。
「凄いじゃない、お兄さん!あんな強そうなモンスターを一撃で倒しちゃうなんて!」
「あ、あの…ありがとうございます。お怪我の方は大丈夫ですか?」
座り込む俺に駆け寄りながら、二人が口々に声を掛けて来る。
「いや、倒したのは俺じゃないよ…後、怪我の方は何とも言えないかな?ざっと見た感じは擦り傷くらいしか見当たらないけど、何か体中が痛いし何処か折れてるかも…」
「気休め程度の回復魔法しか使えませんが…」
コヨミちゃんが俺の傍に膝を付き、何やら回復魔法を使ってくれた。
整形外科のリハビリテーションで受ける温熱治療のようなポカポカした感じが心地良い。
「ねぇ、お兄さん。倒したのは俺じゃないってどう言う事?…何か凄い強そうな魔法撃ってたよね、青白い炎が『ボワワワァー!』って…」
「ああ、それは…」
うーん、ここはどう対処すべきだろう。
ルリの存在を大っぴらに明かしてしまって良いものなのだろうか?
俺がそんな事を考えていると、不意に後ろから声が聞こえた。
「見つけたぞー、3人とも無事みたいだ!」
屈強な冒険者が数人、此方へと向かってくる。恐らく、デビルファング討伐の斥候部隊だろう。
「とりあえず、詳しい話は街に戻ってからにしようか。受付のお姉さん…確かリンさんだっけ?君達の事を凄く心配してたみたいだから、早く顔を見せて安心させてあげた方が良いと思うしね」
さっきより少し楽になった体を起こしながら、俺は二人にそう言った。
「無事で良かった、二人とも…!」
冒険者ギルドの扉を潜った瞬間、受付のお姉さんがガバッと二人を抱き締める。
どうやら俺達3人の無事を確認した後、すぐにギルドの方へ伝達されていたらしい。
「ちょ、ちょっとリン姉ちゃん!?…皆、見てるから!恥ずかしいから!」
「リン姉さま、心配掛けてごめんなさい。心配してくれてありがとう」
「本当に無事で良かったわ…貴女達の向かった場所にデビルファングが現れたと知った時は、もう生きた心地がしなかったんだから」
そう言いながら、二人をぎゅっと抱き締めた。
「…え、デビルファング?」
「あのモンスターは、特別指定モンスターのデビルファングだったのですか?」
呆然と呟く二人に、お姉さんが驚いた表情で問い掛ける。
「貴女達、デビルファングに遭遇したの!?」
「依頼品の収集をしてたら、赤黒い巨体のモンスターが近付いて来たからコヨミと一緒に逃げたんだけどさ」
「追い付かれそうになったところを、この方に助けて頂いたのです」
「そうそう、お兄さんが一人で倒しちゃったんだよ」
そう言って、二人は俺の方へと視線を向けた。
「デビルファングを倒した…!?」
お姉さんの言葉に、ギルド内に居た全員の視線が俺へと注がれる。
(あー、多分これ面倒くさい事になるやつだ…)
「デビルファングを倒したと言うのは、本当なんですか?」
「えっと、それはですね…」
どうしたものかと俺があたふたしていると、思わぬところから助け船が出された。
『私が説明致しましょう。ハヤト、私の声が皆に聞こえるようにスマホを操作してください』
「皆に聞こえるようにって、スピーカーの設定を弄れば良いのか?」
ルリに言われ、通話音声をスピーカーに切り替える。
「多分、これで良いと思うんだが…」
『………』
俺の言葉を受け、スマホの向こうで大きく息を吸い込むような気配がした。
『冒険者ギルドの皆様。今回の件と彼の素性について、私から説明致しましょう』
突如としてスマホから発せられたルリの声に、ギルド内は更にざわつく。
しかし、続くルリの言葉を聞いた瞬間、ギルド内に居る全ての人間が一斉に静まり返った。
『…私の名前は『トオノ ルリ』コベルコ皇国御三家の一つ、遠野家当主『遠野 瑠璃』と申します』
コベルコ皇国御三家。
以前、ルリに聞いた事がある。
この国に於いて、国王に次ぐ権力を持つと言われている3つの家柄。
ルリは自身の事を、その御三家の一つである『遠野家当主』だと名乗りを上げた。
「「「………」」」
ギルド内が静まり返る中、ルリは言葉を続ける。
『彼は外の世界より『魔獣討伐』の為、私が召喚した『異世界の勇者』なのです』
此処に来て、俺の肩書きが急に大変な事になってきた。
『今回の件…魔獣にも匹敵する凶悪なモンスター『デビルファング』の出現は、私にも予想外の事でした。彼には出来る限り魔獣討伐のみに専念して貰う為、他の事には関わらないよう引き留めたのですが…彼の持つ優しさ。誠実さ。正義感がそれを許さず、激闘の末にデビルファングを討ち滅ぼしました』
おい、どんだけ話盛る気やねん。
『今後、彼には『魔導武器』作成の為、私の代わりにあらゆる素材を集めて貰う事になると思います。その折、是非とも冒険者ギルドの皆様方にお力添えをお願いしたいのです』
ルリの言葉が途切れ、その場は沈黙に支配される。
誰一人として言葉を発せられない雰囲気の中、沈黙を破ったのは二人の少女。
「私、協力するよ!お兄さんは命の恩人だし、私に出来る事があれば何でも言ってね!」
「わ、私もお手伝い致します。…まだまだ未熟者ですが、是非とも協力させて下さい」
二人の言葉を皮切りに、他の冒険者達も次々と惜しみない協力を申し出た。
『皆様の御厚意に深く感謝致します。…彼と共に必ずや全ての魔獣を討ち滅ぼし、この国に真の平和を齎しましょう!』
「…どうかしましたか、ハヤト?浮かない顔をしていますね」
俺は依頼品を受け取った後、冒険者ギルド総出の見送りを受け、ルリの屋敷へと戻っていた。
「当たり前じゃないか、あんなすぐボロが出るような嘘を吐きやがって…」
「あら、嘘ではありませんよ?…貴方が外の世界から来た事は本当ですし、魔獣討伐の協力も約束してくれました」
「大体、デビルファングを倒したのはルリだろ?…それに『異世界の勇者』とか言う肩書きは何処から出て来たんだよ」
「トドメを刺したのは確かに私の魔法ですが、貴方がデビルファングの動きを止めてくれなければ魔法を撃つ機会すら無かったのです。傍で見ていたあの二人も、貴方の素晴らしい活躍をギルド中に触れ回ってくれていたではありませんか」
あの時は、何とかデビルファングの動きを止めようと無我夢中だった。
傍目にどう映っていたかは知らないが、どうやらあの二人の中ではかなり美化されているようだ。
「それに、異世界の勇者と言うのは…」
そう言って、ルリが俺の顔を見ながら可笑しそうに笑う。
「…何だよ?」
「だって、異世界から来た『勇気ある人(勇人)』じゃないですか、ハヤトは…♪」
「駄洒落かよ!」
「ふふ、これからも期待していますよ…勇者様♪」