【第2話】スイーツ(笑)
「ありがとうございましたー」
日曜の朝。例の廃屋への道すがら、コンビニで頼まれていた物を買い揃えた。
「…しかし、コンビニに売ってるような物で本当に魔導武器が作れるのか?」
正直、腑に落ちないが頼まれたからには仕方がない。
「大体、苺大福なんて何に使うんだ?」
ルリから用意してくれと頼まれた物に『苺大福』とあったのだが、何に使うか見当も付かない。
「まぁ、異世界だしな…」
考えるだけ無駄だと言う結論に達し、俺は通い慣れた道を歩いて行く。
自宅から徒歩15分、俺は異世界の入り口へと辿り着いた。
「ルリ、居るか?」
廃屋の扉はルリの部屋に直通しているので、少し開けて隙間から声を掛けてみる。
外見は中学生程度の子供とは言え、女の子の部屋にズカズカと上がり込むほど無神経ではない。
「ルリ?…居ないのか?」
返事がないので、少し開いた扉の隙間から中を覗いてみた。
「Zzz…」
人に頼み事しといて、幸せそうに寝てんじゃねーよ。
「おい、もう9時過ぎてるぞ?いつまで寝てるんだよ」
惰眠を貪る幸せそうな表情が、無性に嗜虐心を刺激してくるので揺り起こしてみる。
眠たそうに目を擦りながら抵抗していたルリだったが、続く俺の言葉を聞いて跳ね起きた。
「年寄りってのは朝が早いもんじゃないのか?」
「おい、誰が年寄りだ。私は魔力の一部を剥奪された時から成長が止まっていると、つい先日も話したところだろう。つまりは永遠の1●歳だ。それが理解出来てないようなら、このベッドの中で優しく教えてやろうじゃないか」
掛け布団の裾を持ち上げながら手招きしてくる。
「遠慮しとく」
「そうですか、残念ですね。…ところで、頼んで置いた物は手に入れる事が出来ましたか?」
やっとこさベッドから降り、何事もなかったような顔で問いかけて来た。
相変わらず、この切り替えの早さだけは尊敬に値する。
「ああ、頼まれてた物は買って来たけど…」
そう言って、ルリに頼まれていた物を手渡した。
「ありがとうございます」
満面の笑みを浮かべながら、コンビニ袋の中身をガサゴソと探る。
俺はそんなルリを尻目に、ずっと疑問に思っていた事を問いかけた。
「だけど、そんな物で本当に魔導武器なんて作れるのか?…だいたい、苺大福なんて何に使うん…だ?」
「ひょうかひまひたか(どうかしましたか)?」
苺大福を口いっぱいに頬張りながら、不思議そうに首を傾げる。
「食うのかよ!?」
「?…何を言ってるのですか、苺大福は食べ物でしょう?」
「いやいやいや、食べ物だけど!苺大福は食べ物だけど!違うだろ?そう言う事じゃないだろ?」
「勿論、ただ私が食べたいからと言う理由で苺大福を買ってきて貰った訳ではありません」
頬張っていた苺大福を食べ終えると、真面目な顔でそう言った。
「口の周りを粉で真っ白にしながら言っても、全く説得力ないんだが…」
「魔導武器作成には膨大な魔力を必要とします。以前の私ならば兎も角、魔力の一部を剥奪された今の私では少しばかり魔力容量が足りないのです」
口元を拭きながら説明してくる。
「その事と苺大福を食べる事に何の関係が?」
「甘いものを食べる事は、魔力を補うのに非常に効果的なのです。この世界にも甘い食べ物はありますが、外の世界のように食品加工技術は進んでいませんから…より効率よく魔力を吸収する為には、外の世界の様々なスイーツを摂取するのが一番なのですよ」
「え、と…それじゃあ、もしかして外の世界で俺に集めて欲しいものって言うのは…」
「はい、私の魔力を補う為に必要なスイーツです。一口にスイーツと言っても色んな物がありますよね?…どのスイーツがより効率的に魔力を吸収出来るのか、それを見極める為にもハヤトには色んな種類のスイーツを集めて来て貰うつもりです♪」
口の端に涎を垂らしながら、恍惚とした表情でルリが言った。
「…で、当然これだけで魔導武器が作れる訳じゃないよな?」
年寄り臭い仕草で、お茶を啜るルリに確認する。
「ええ、まぁ…作成に必要な材料がもう幾つか足りません。魔導武器の形状のベースとなる装備品は、街の武器屋で買えますので問題ありませんが、魔導武器の真骨頂である『魔力』を込めるために必要な『媒体』を手に入れなくてはなりません」
「その媒体とやらは、街に売ってないのか?」
「物に依れば極稀に売りに出される事もありますが、基本的には取り扱っていませんね」
「それじゃあ、どうやって手に入れるんだ?」
返答の内容は薄々と感じながらも、俺はルリに問いかけた。
「勿論、クエストです」
「ですよねー」
「私が集めに行ければ問題ないのですが、以前も話したように私はこの森から出る事が出来ないのです。なので、ハヤトにお願いしたいのですが…」
そう言って、ちらりと此方を窺い見る。
「街へのお使い程度なら出来ても、モンスター的なのを相手にするようなクエスト系は流石に無理だと思うぞ」
「わかっています。私としても、魔獣討伐以外で貴方の身を危険に晒す事は本意ではありませんから」
そう言うと、小さい紙に羽ペンのような物でスラスラと何かを書き始めた。
「…先程の話ではないですが、街までお使いを頼まれてくれますか?」
お使い程度なら…と、言う俺の言葉を受けての事だろう。
ルリは何かを書いていた小さな紙を便箋に入れ、革袋と共にそれを俺に手渡して来た。
「これは?」
「クエストの依頼書と報酬の入った袋です。街の冒険者ギルドに行って、その依頼書を受付に出して来て貰いたいのです」
「ああ、冒険者に必要な物を収集して来て貰うって事か」
「そう言う事です。媒体として必要なのは低級狩場近辺に自生する植物なので、駆け出しの冒険者でも入手は容易な物です。報酬も割高に設定してますので、すぐに希望者が現れると思います」
「なるほど」
「依頼を済ませたら、武器屋に寄って魔導武器のベースとなる装備品でも見てくると良いでしょう。ハヤトが使う事になる物ですから、自分が使い易いと思った形状の装備品を選んで来て下さいね」
「…武器か、やっぱり両手剣とか王道だよな」
「今から出掛けて依頼を出せば、昼過ぎには希望者も現れるでしょう。早ければ夕方頃には依頼品が手に入るかも知れません」
時間は午前10時を過ぎた辺り、クエスト依頼から達成まで半日程度で終わると言うなら、確かに簡単な部類のクエストなんだろう。
「じゃあ、行って来るけど街までの地図とかは必要ないのか?…と、言うかそもそも俺一人で街まで辿り着けるのか?」
俺はまだこの部屋から出た事が一度もない。
よくよく考えたら、ここは魔獣の森の中だった筈だがその辺りは大丈夫なのだろうか。
「ええ、屋敷の玄関から出れば目の前に街道がありますので、そのまま歩いて10分程度で街の入り口まで着きますよ。因みに屋敷の裏口側から出ると森の中です」
「そんな端の方に建ってたのか、この屋敷」
「ある意味、この屋敷自体が魔獣が森から出るのを防ぐ結界のような役割を果たしているのです。私が魔力の一部だけを剥奪され此処に幽閉されているのは、結界を管理する為でもありますからね。…それだけ、魔獣の『存在』は人々から恐れられているんですよ」
そう言って、ルリは何とも言えない寂しそうな顔をする。
「結界の管理を任されてるとか、ただのロリババアじゃなかったんだな」
そんなルリを元気付けてやろうかと、俺はあえて軽口を叩いてみた。
「おい、いつまでその話題を引っ張るつもりだ?…何なら裏口側から出て、魔獣の森で仲良くランデブーと洒落込もうじゃないか」
左手で俺の上着の裾を掴み、右手の親指を立てクイクイと裏口の方を指し示す。
「遠慮しとく」
「そうですか、残念ですね。それでは、気を付けていってらっしゃいませ♪」
ある種の様式美さえ感じさせるやりとりを済ませ、俺は笑顔のルリに見送られながら屋敷を出た。