【第1話】異世界
子供の頃、俺はゲームが好きだった。特にRPGが大好きだった。
勇者になって魔王を倒したい!までは言わないが『そう言う世界を体験してみたい』程度の想いは、きっと心の何処かにあったんだろうと思う。
だが、これはない。この入り方はない。
スマホを拾って届けた先が、異世界への入り口とか勘弁して欲しい。
更に言わせて貰うなら…。
「はぁ…」
「それが何に対して落胆している溜息なのか、よろしければ朝まで二人で語り合いませんか?」
「遠慮しておく」
「そうですか、残念です。外見だけではわからない、私の魅力を懇々と教えて差し上げようかと思ったのですが…」
そう言いながら、残念そうに目を伏せた。
その幼い外見に反して、彼女の落ち着いた言動や仕草は『少女』ではなく『女性』の雰囲気を漂わせる。
「君がロリババアだと言う事実は置いといて、とりあえず俺の置かれている状況を説明して貰いたいんだけど」
「誰がロリババアだ、私の外見について言いたい事があるならゆっくりと語り合おうじゃないか」
此方をジロッと睨みながらそう言った。
「悪かったよ、騙された感が強かったからちょっと仕返ししたい衝動に駆られたんだ。まぁ、こっちが勝手に勘違いしてたってのもあるんだろうけど…で、俺の事を運命に選ばれし者とか言ってたけど、それは…」
子供相手に大人げない事をしてしまった事に反省し、一応の謝罪を述べる。
「あ、あれは適当にソレっぽく言っただけです」
「ふざけんな、やっぱり騙してたんじゃねーか」
運命に選ばれし者とか言われて、ちょっとした優越感に浸っていた俺の気持ちを返せ。
「コホン、それはともかく貴方が置かれている状況でしたね」
何事もなかったように話を進めようとする。第三者視点で見ると嫌いなキャラ性ではないが、当事者として見ると非常に腹立たしい。
「先程も言ったように此処は剣と魔法の幻想世界…貴方が暮らしていた場所から見ると『異世界』と、言う事になります」
「異世界って、あの廃屋の先が異世界に繋がってたって事なのか?」
「正確にはちょっと違います。あの場所には、我々が『外の世界』と呼んでいる貴方の居た世界と此の世界を繋ぐ『門』のような物を設置しているのです」
「…どう違うんだ、廃屋の扉を潜ると此の世界に転移するって事に違いはないんだろ?」
「ただ潜るだけでは駄目なんです、二つの世界を繋ぐ『モノ』を持った者だけが転移される仕組みになっています」
そう言って、俺が家の前で拾ったスマホに視線を向ける。
「それは、外の世界の『モノ』に此の世界の『魔力』を込めたもの…貴方はそれを持っていたから『門』を潜り此の世界へと来る事が出来たんです」
「ひとつ聞きたいんだけど、これが俺の家の前に落ちてたのは意図的な事なのか?」
「…意図的と言えばそうですし、違うと言えば違います。それは外の世界のあらゆる場所にばら撒かれました。ですが、それを視覚し私の声を聴く事が出来る人間は限られています。…そう言う意味では、貴方は『運命に選ばれし者』と、言えますね」
ニコリと笑ってそう言った。
「なるほど、そう言う事ならとりあえずは納得しよう。理不尽にも異世界へ連れて来られ、元の世界へ戻る事も出来ず、挙句に誰でも良かったなんて言われた日には、どんな手を使ってでも君に復讐するところだぞ」
俺の言葉を聞き、不思議そうに首を傾げる。
「何だその顔は、俺みたいな一般人にやられる程落ちぶれてはないとでも言いたそうだな」
「そんな事はありませんよ、状況次第では私が貴方に不覚を取る事もあるでしょう。私はこの国で最高位の魔導師でしたが、今は力を失ってますから…とは言え、貴方を一撃で消し去る程度の事は造作もありませんが…ああ、今のところそんな気は毛頭ありませんのでご心配なさらないで下さい。いえ、私が言いたいのはそんな事ではなくてですね…」
今のところって何だ、今のところって…。
「そんな事が言いたいんじゃないなら、一体どんな事が言いたいんだ?」
「帰れます」
「は?」
「いつでも帰れますよ?貴方が来た時と同じく『ソレ』を持った状態で、此方から『門』を潜れば元の世界に」
「え、普通こう言うのって魔王を倒して世界を救わないと戻れないとか言うのがセオリーじゃ…?」
「そもそも、此の世界に魔王なんて居ませんから」
「………」
「貴方にも貴方の生活と言うものがあるでしょう?…確かに、此処に連れて来る為に騙まし討ちみたいな真似はしましたが…。自分で言うのもなんですが、あんな胡散臭い状況にも関わらず、厚意で協力してくれた優しい貴方にそんな仕打ちは断じて致しません」
そう言って、真剣な目で真っ直ぐに俺を見つめる。俺は大きな勘違いをしてたのかも知れない。
「じゃあ、俺はいつでも帰って良いの?」
「はい、私がこれからお話する『願い』を聞いて貰った上で、貴方が協力してくれると仰られるならそれに越した事はありませんが…協力出来ないと仰られるのであれば、それはそれで構いません」
「あ、良いんだ」
「協力して頂ける場合も、貴方の都合に合わせて頂いて大丈夫です。仕事の後や予定の入っていない休日だけで構いません」
「何と言うホワイトな異世界転移」
「勿論、協力して頂いた暁には『貴方の願いを何でもひとつだけ』叶えましょう。まぁ、私の出来る範囲に限りますけど」
ピクッ。
「早速、本題に入ろうじゃないか」
貴方の願いを何でもひとつ…と、言う行に反応し、俺は話の続きを促した。
「貴方にお願いしたい事、ひとつは『魔獣』と呼ばれる魔導生物の討伐。そして、もうひとつは魔獣の討伐に使用する『魔導武器』作成に必要な『材料』の収集です」
「あ、無理っぽいので諦めます」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
即拒否した俺を引き止めに掛かる少女。断るならそれでも構わないと言ってたのは何だったのか。
「魔獣とか無理ゲーでしょ、例え武器があったとしても魔獣どころか猛獣の類でも倒せる自信ないわ」
「とりあえず、とりあえず最後まで話を聞いて下さい!」
「わかった、わかったから!服が伸びるからあんまり引っ張らないでくれ」
縋り付くように上着を引っ張られ、俺は渋々その場に座り直した。
「話を戻しますね。まずは先程の魔獣討伐の件についてですが、素人の貴方一人に全て押し付ける訳ではありません。討伐の際には、私も同行しますし他に仲間も居ます。むしろ、貴方はオマケみたいな…ああ、悪気はないんです!悪気はないので帰ろうとしないで下さいっ!」
「…で、オマケの俺は何の為に付いて行く訳?」
「申し訳ありません、私の言葉に語弊がありました。謝ります、謝りますから…だからそんな投げやりにならないで聞いて下さいね?…魔獣は非常に危険なモンスターで、普通の剣撃や魔法では殆どダメージが通りません。更に体内に組み込まれている『魔導臓器』を破壊しない限り、どれだけダメージを与えても致命傷にはなりません」
「やっぱり無理ゲーじゃねーか」
そこまで聞いたところで、俺はクルリと背を向けそう吐き捨てた。
「話は最後まで聞いて下さいと言いましたよ?」
見た目に反した凄い力で、そっぽを向いた俺の顔を自分の方へと向け直す。
「確かに魔獣は非常に危険なモンスターですが弱点があります。魔獣は魔導臓器を破壊されない限り死にません、つまり裏を返せば魔導臓器の機能を停止させてしまえば死ぬと言う事です」
「いや、簡単に言ってるけどさ?体内に組み込まれてる魔導臓器の機能をどうやって停止させるんだよ」
「ふふ、そこで『魔導武器』の出番です」
人差し指を立て、少し前屈み気味になりながらドヤ顔ウインクでそう言った。
「魔獣にはそれぞれ異なる魔導臓器が内臓されています。討伐対象である魔獣が持つ臓器に合わせた魔導武器を使用すれば一撃必殺です」
「そんな簡単な話なら、わざわざ俺なんて連れて来ずにさっさと魔導武器を作って魔獣討伐すれば良いじゃないか」
「それが出来れば疾うの昔にやってます。魔導武器を作成する為の材料の一部は外の世界にしか存在しないんです、そして魔導武器を使用出来るのは外の世界の人間だけ…つまり、現状では貴方が魔獣を倒せる唯一無二の存在なんです」
「………」
何と言う勇者的扱い。
「現在、生存が確認されている魔獣は全部で7体。その7体それぞれの魔導臓器を破壊する為の武器を7つ作成しなければいけません」
「要するに、俺は元の世界でその武器を作る為の材料を仕入れて此処へ持って来れば良いんだな?」
「そう言う事です、良く出来ました♪」
そんな事を言って、背伸びしながら俺の頭を撫でてくる。
「…で、その魔導武器とやらは誰が作るんだ?」
「あれ、言いませんでしたか?私が作るんです、貴方が持ち込んだ材料に魔力を込めて…そう、ちょうど貴方が持っているその『スマホ』のように」
「…へぇ、そんな事も出来るんだな」
「当然ですよ、そもそも『魔獣』を作ったのも私なんですから」
「え…?」
「私がまだ『宮廷魔導師』と言う職に就いていた頃の話ですけどね、国王に請われて作ったんです」
昔を思い出すように語りだす。
「最初は上手く制御出来ていたんですけど、ある日暴走しちゃいましてね。兵士の多くは重傷を負い、城壁は半壊、暴走した魔獣達が逃げ込んだ森は生態系が崩壊…その結果、私は職と魔力の一部を剥奪され此の場所に幽閉されました」
「………」
「あ、幽閉されたと言ってもこの建物から出る事は出来るんですよ?しかし、魔獣が逃げ込み蔓延るようになったこの森…かつての生態系を崩壊させ『魔獣の森』と呼ばれるようになってしまったこの森から出る事は出来ないのです」
ウルウルと涙を拭う仕草をしながら、更に続けた。
「此処に幽閉され五十余年…私の罪が赦される条件は唯一つ。この森に棲む全ての『魔獣』を滅ぼす事…それが成された時、私は全ての呪縛から解き放たれる事が出来るんです!」
熱弁を奮い、何かをやり遂げた清々しい笑顔を浮かべながら此方に向き直る。
「全部、お前のせいじゃねーか…後、やっぱりロリババアじゃねーか」
愛くるしい笑顔を浮かべるロリババアに向け、俺は呆れた口調でそう呟いた。
「誰がロリババアだ、私に言いたい事あるなら二人でゆっくりと語り合おうじゃないか。何ならそこのベッドの中で夜を明かしても構わないぞ?」
俺の両肩を凄い力で掴み、静かな怒りを内に秘めた笑顔で誘ってくる。
「いや、明日も仕事だから遠慮しておく」
その誘いを丁重にお断りし、俺は『門』の方へと歩を進め…ようとして、再び後ろを振り返った。
「…あら、やっぱり朝まで私と語り合いたいのですか?」
「ああ、いや…そう言えばまだ名前すら聞いてなかったなと思って」
「そう言えば、名乗ってませんでしたね。私の名前は『トオノ ルリ』です。ルリと呼び捨てて頂いても構いませんよ」
「ルリ…ね、つーか思いっきり日本名なんだな。えっと、俺の名前は…」
「…知ってますよ」
言い掛けた俺の言葉を遮り、ルリは何処か懐かしいものを見るような表情で俺の名を呼んだ。
「此れから宜しくお願いします、ハヤト♪」