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神道捕縄  作者: 猫大好き
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六:帰宅

 夜7時半。初夏から夏にかけては日が出ている時間が伸び始めるとはいえ、まだ5月の時期のこの時刻には日が完全に落ち切り、部活が終わった榊は街灯と、空にかかる雲の間から時々顔を覗かせる満月が近い十三夜月の照らし出す淡く柔らかい光の下、家に帰り着いた。


「ただいまー」

 鳥居をくぐって参道を上り切り、本殿を奥に抱いた拝殿から逸れて自宅の屋敷に着く。境内に入ってからは参道に数本立つ柱灯と、拝殿前の広場の二本の灯籠があるが、屋敷へと通じる林の木立の細い道には灯りがなく陰鬱と薄暗い。家にたどり着いても、辺りを照らし出す玄関の電灯と、屋内から漏れる照明の弱い光は、近くまで迫っている樹々が周囲のあちらこちらに作る濃い陰の夜の陰鬱な雰囲気に掃かれるようだ。強い風が上の方で吹き、ザァッと樹々のてっぺん近くの枝が大きく揺れ、互いにこすれた葉がざわめく音がした。


 ガラガラと引き戸を開けて入ると、屋敷の玄関の明るく、暖かい光が榊を照らし覆う。広い土間に立ったまま上がり框の方にどさっと大きなスポーツバッグを投げ出し、同時に自分も座り込む。毎日のことながら、榊はへとへとだった。中学も自主練習含めて相当こなしてきたが、やはり高校の地区強豪校ともなると練習の量が違う。朝は体力作りのランニングがてら走って学校へ向かうが、先ほどの7時の最終下校時刻に日が落ちるまで練習をこなした後では、スポーツバッグを持って参道を上り切るのもきつい。明日のためもあり、さっさと夕飯を食べて眠りにつこうと思う榊であった。


「お兄ちゃんお帰り」

 禊がピンク調のTシャツに控えめなフリルの縁飾りのついた薄手の白いブラウス、水色の膝上丈のスカートの格好で走り寄ってきた。背は小柄で156センチほど。卵型の頭に小さなよく整った鼻にこれも小さな口。眼はクリクリとしてよく輝き、細いサラサラした黒髪は肩甲骨の下あたりの高さまで背に伸びている。愛し、心が通じ合っている妹のクリクリと輝くと輝く瞳を見ると、心の疲れが癒されるようであった。

「おう、ただいま」

 榊は彼女の顔を見上げて答えると立ち上がった。いつものことながら、妹に元気をもらっている気がする。靴を脱いで、スポーツバッグを肩に掛け直し、家に上がる。禊は兄の帰還に軽やかな足取りで榊の先に立って廊下を歩いた。


「あら、お帰りなさい」

 長い廊下の突き当たりの左手の部屋がダイニングキッチンだ。禊が引き戸を開け中に飛び込み、榊が後に続くと、母親の和子が火にかけた味噌汁の鍋をかき混ぜているところだった。テーブルの上には皿が用意されており、夕食の準備はすっかり整っているようだった。彼女は細く白い顔に、目尻が下がった、穏やかな光を湛えた細い眼をしている。娘の禊に受け継がれた小鼻と小さい口をしており、四十歳だが実際はそれより若く見える。


「ただいまー」

 ドサッと肩に掛けたスポーツバッグをダイニングの床に置き、椅子を引いて、体をテーブルの自分の席に投げ出す。背もたれに寄りかかる形で大きく仰向けになって、両腕をだらんと両側に投げ出した。軽く口を開け眼を閉じ、身体を完全に椅子にゆだねたその様が傍から見た疲労のほどを物語っている。禊はいそいそと榊から向かって左辺の席に着く。これから行われる楽しい団欒の食事への期待で目が輝いている。部屋には味噌汁と焼き魚の香ばしい臭いが漂っていた。もうすぐ母が炊飯器の蓋を開けたらそこに炊き立ての白米のかぐわしい匂いが加わることだろう。


「――そうそう、榊。疲れてるとこ悪いんだけど、妙子伯母さんにこの前の旅行のお土産のお返しの品渡してくれる? あまり遅れるのもなんだから」

 茶碗に味噌汁を注ぎながら母が口を開いた。妙子伯母さんとは母和子の姉で、ここ響美神社の自宅から学校やその延長上にある繁華街の向かっての方向とは反対側の小高い丘の上の住宅地に家がある。その辺りは一戸辺りの敷地が広くて住宅の密集度が低く、居住している住人達の平均年齢もここいら低地部よりやや高い。


「えー、今からぁ?」

 榊は椅子の上に体を投げ出したまま、眉をひそめいかにも嫌そうな声を出す。

「お父さんも出張でいないし――。これ食べ終わって一休みしてからでいいから。でもあまり遅くなっても失礼だから9時半頃までには着くようにしてね」

 榊はちらと壁に掛けられた時計を見た。7時45分。伯母の家までは歩いて2~30分というところだから、食事の後1時間くらいは休める。


「――わかった。食べたあとちょっと休んで行くよ」

 禊は不満そうな兄の姿をつぶらな瞳でじっと見ていたが、榊が頼みごとを受け入れたように答えたのを認め、続けて母が炊飯器をパカッと開け、そこから炊き立ての白米の香りが漂いだすと、再び前に向き直り、これからの楽しい夕食時間への期待に目をキラキラさせ始めた。

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