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神道捕縄  作者: 猫大好き
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十二:霊縄

「じゃあどうすれば……」

 榊が切迫した声で尋ねると、比恵は両手をお互い強く押し付けるように組み、頭を俯けて何やら小さな声でぶつぶつと唱え出した。さっきまでとは違って低く、腹に良く響く声だ。


 呪文らしきものを唱え終ると、比恵は俯けた頭に強く入っていた首の力を抜き、続けて肩、腕、手と力を抜いていって、両手をゆっくりと離していくと、パァッとその間に白く光る紐のようなものが現れ出た。両手の平内部にその端が発しているように見え、両手の間隔を徐々に広げるにつれ、紐はどんどん長い姿を現していく。やがて、40センチほどの長さになると紐はその先端をそれぞれ両手から現し出し、みるみる光を失うと、ポロリと両手から離れ落ち、あらかじめ比恵が下の方に下げていた左手で地面に落ちる前にひょいとキャッチした。光を失った紐を月明かりでよく見ると、両端が結ばれた太さ1.5センチほどの藁縄だ。


 彼女はその縄を持った左手を手の甲を上にして榊の方にグイと突き出した。榊の方に真っ直ぐ向けた顔の眉が厳しく吊り上がっている。

「これが私の本体である銀杏の神木に、過去代々結ばれてきた注連縄しめなわを撚り直して作った霊縄です。これで奴らを捕まえて下さい」

「え?」

 唐突な話の展開に戸惑いを見せる榊。どうすればとは訊いたが、まさかいきなり自分がナミカゲというものを退治する役目を申し付けられるとは思わなかった。比恵は続けて言う。


「奴らに襲われた時、変わったことはありませんでしたか? こちらから触れることができないというような――」

 榊の頭の中にさっきの恐ろしい攻防のことがよぎって思い出された。あの時二度目に入れた必ず当たると思ったサッカーボールキックを初めとして、あちらからは掴むことはできたのにこちらからの攻撃はことごとく空を切ったのだ。右足、左手を掴まれた状態で必死にもがいていた先ほどの絶望感のことが思い出され、榊の背中は改めてゾッとした。


 比恵は、体を硬直させ顔を歪めた榊の態度から彼の受けた体験を察し、そこから肯定の結論を導き出した。

「奴らは取り憑いた体の各部位を自由に実体化させたり、そうでなかったりすることができるのです。実体化されている間はこちらから触れることもできるのですが、たとえどんなに完全に抑え込んでも、最終的に空体化されては目に見ることは出来ても捕えることはできずに逃げられてしまいます」

 一息ついた。やや下がっていた左腕を改めて榊に対して突きつけ直すと、

「しかし、この霊縄に霊力を込めれば奴らを縛ることが出来ますし、この縄を通した霊力で奴らに衝撃を与えることも出来、それが出来るのはあなたのように日夜八百万の神々の霊力の影響を受け、内部に蓄積されている方だけなのです」

 先ほどより眉を吊り上げ、キッとした声で言った。依然戸惑っていた榊だが、彼女に圧される形でおずおずと両手で縄を受け取る。


「ぎゅっと力を込めてみてください」

 榊は言われるままに強く握った。何も起こらない。

「ぎゅっと!」

 比恵は両手を拳に握り締め、両腕を引き付ける形で肘を曲げ持ち上げた。着物の長い袖が垂れ下がり、彼女の細い前腕が露わになった。榊は思わず顔を赤くして見とれてしまう。その白い細く華奢な腕が彼の心を捉えてしまった。今まで年下(のように見える)の女性に対してこんな感情を抱いたのは初めてだった。彼女の期待に応えたい一心で力を込め直すが、何も起こらない。


「あなたが過ごしている響美神社の境内でのことを思い出してください。神事のことでも、普段の生活のことでもいいです」

 彼女はさらに肘を曲げ、ググッと自分の方に引き寄せた。ついに袖がだらりと下がり、肘の部分が見えた。榊の心臓はどぎまぎいい、ますます見とれるが、真面目に彼の方を見据えている彼女の思いを汚してはいけないというのと、相手に気づかれてはという療法の思いからぶんぶん頭を振り、響美神社の広場に立って拝殿の方を見渡した光景を思い浮かべた。両側に狛犬が立ち、上方には拝殿に隠れて見えない本殿の屋根に付いた千木ちぎが見える――


 ――パアアァッ――。縄が白い光を持って輝いた。触れた手の奥深いところから霊力を通して縄と通じ合い、まるで榊自身の体と一体化したように感じられる。奇妙な感覚だ


「そのまま念を込めて両手で縄を引っ張っていってください」

 比恵が腕をまた元のように体の横に下げる。袖もばさりと一緒に落ち、手の半ばほどまでを覆い隠した。榊は少し残念だと思った。霊力を通じた感覚を維持しながら、慎重に両手を広げてゆくと、榊が握って引いた間の縄の部分が太さを保ったままぎゅぅっと伸び広がっていく。榊は目を見開いて、そのまま両腕を広げていくと、その縄を握った両手の間は1メートル30センチほどまでも広がった。


「その縄はいくらでも伸ばすことが出来ます。特に制限はありません。それでナミカゲに取り憑かれた宿主を縛ってこちらに連れてきてほしいのです」

 黙って見守っていた比恵だが、榊が上手く縄を伸ばしていく様子を見ると、安心したように体全体をくつろげ、一息ついてしゃべった。驚異を目の当たりにしたように、目を見開いて夢中になって縄を伸ばしていた榊だが、その声を聞くと驚いて比恵の顔を見やる。

「――え? ここに連れてくる?」

 榊の注意が逸れて縄の光がやや弱まった。比恵はこくりと頷く。

「そうです。すっかり荒れ果てたとはいえ、まだここは霊場としての力を持っており、ここで私がその取り憑いたナミカゲを祓うことが出来るのです。奴らを祓ってしまえば、取り憑かれた人たちもまた元に戻ることが出来ます。祓うにはこの霊場としての力が必要ですが、私は基本ここから離れることが出来ませんので――」

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