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神道捕縄  作者: 猫大好き
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一:爽やかな朝の登校

「行ってきまーす」

 朝6時半。出しなに家の中に声をかけながら、紺のジャージ服姿に大きなスポーツバッグを肩に掛けた天海あまみ榊はガラガラと引き戸を開けて、神社の境内にある大きな古びた和風屋敷から外に出た。

「行ってらっしゃい」

 廊下の脇の和式の居間から母和子が応えて送り出しの声をかける。

 右肩に掛けたスポーツバッグの肩掛けの部分を、親指で軽く浮かせ、首に近い方に押し込んで支えながら榊がパッと駆け出すと彼の顔に初夏の早朝の清冽な冷気が、走る勢いで叩き付けられてくる。緑に囲まれたここでは特にその冷たさは鋭い。しかし早くもその強さを増し始めている太陽の送り出す熱気の中では、彼が速度を増すことにより一層強くぶつかってくるその冷気は心地よいものであった。


「あ、お兄ちゃん、行ってらっしゃい」

 彼がむき出しの地面に点々と置かれた玄関前の長い敷石の列の上を走り抜けると、長い黒髪を頭の後ろで結い束ね、巫女服姿で箒を使って境内を掃き浄めている妹のみそぎが、前を走り抜けようとする榊に声をかけた。禊は高校一年の榊の一つ下の中学三年生だが、もう小学生の時分からこれが毎朝の日課になっている。

「おう、行ってくる」

 手刀のような形で指を伸ばした手の腕を軽く持ち上げて妹に挨拶しながらそのまま走り抜ける。挨拶の時右手が肩掛けから放され、中に荷物を詰められた青のスポーツバッグが支えを無くして安定を失いずり落ちそうになり、榊は慌てて右手で肩の奥に押し込み、支える。その際走る動きも加わってバッグが一時榊の体から距離を置いて浮かび、また戻ってきて榊の腰にバグっという音を立ててぶつかった。榊は一瞬姿勢を崩しながらもそのまま体勢を取り戻して走り続ける。神社の息子である彼は幼い頃より妹共々父にしつけられた通り、参道や鳥居の真ん中を通ったりはしない。


 彼は所属しているバスケ部の早朝の朝練のために今基礎体力作りのランニングがてら走って登校する途中で、鳥居をくぐって道路に出ると、彼が住む屋敷を含んだ広い敷地を持つ神社を中心として、やや点在がまばらになった住宅地の一方の道を学校に向けて走り(そもそもこの辺りは緑の多い敷地を広く塀の内に囲っている家が多い)続けると、やがて徐々に住宅の密度が増していき、ぎっしり家が建て込んでくるようになる。彼がその辺りに入ったところで、横道から同じく駆けてきた、彼と同じ学校指定の紺に白いラインが入った長袖のジャージ服を着ている女子生徒とばったり出くわした。


「お、榊じゃん、おっはよー」

 小学校時代からの女友達で、高校に入学した今も同じクラスの沢口美幸だ。彼女は陸上部所属で、榊と同じく、朝練に参加するため学校に走って向かっている。彼女も榊と同じくピンク色のスポーツバッグを走りながら肩にやった手で支えている。

「おう、美幸。おはよう」

 挨拶を交わして、人気の少ない早朝の道路を共に走って学校に向かう二人。時々通勤中らしき車や、犬の散歩をする人たちを見かけるぐらいだ。特に待ち合わせするわけでなく、早朝の登校中にはたまたま鉢合わせするだけの二人だが、こうやって出会うと並んで一緒に走るのが暗黙の了解のようになっている。と、いっても、入学してからほぼ毎日繰り返すこの習慣の内に、どこかお互い間合いが取れるようになってきたのか、最近は早朝に出くわすことがしばしばになってきていた。


 榊は短く切り揃えた髪を茶髪に染め、軽くツンツン突き立てている。顔はやや角ばっており、眉が太いが、全体で見るとかなり整った顔をしており、身長は179センチで、成長期でまだ伸びる余地を残していた。肩幅はやや広めで、肉の付き具合はがっちりというのではないが、引き締まっている。美幸の方は身長162センチほど。スポーツ少女らしく、髪は邪魔にならないように短めで、眼は大きく、鼻筋は通っており、美人といっていい部類だが、やや丸みを帯びた顔の輪郭が人に親しみやすさをわかせる愛敬を備えさせていた。


「あっついねー」

 美幸が閉じ込めた熱で圧迫するように首周りを覆うジャージの襟を指でつまんで開き、煽ぐようにぱたぱたやった。

「まあもう夏だからな」

前を向いて走り続けたまま返事する。

「だよね~っ。まだ5月だってのにこの暑さ。地球温暖化ってやつ? でも家を出たばっかりで体動かす前はまだ朝はちょっと寒いし、それに人目に付くしね」

「ああ」

 二人とも下には、学校に着いた時すぐにも部活の練習に参加できるようにそれぞれの部活で使用する服を着ている。榊はバスケット着、美幸は学校の体操服でどちらも半袖短パンだ。


「禊ちゃん元気ー?」

 ややあって、美幸がこちらに首を振り向けて言った。

「まあまあな」

 榊は美幸の方を向かず適当にあしらうように答えた。

「もうつれないんだから~。私だったらあんな可愛い妹いたら毎日でも可愛がっちゃうけどなっ」

「いや、仲いいよ」


 榊は前を向いたまま答える。彼の言うことは本当で、家でも――家族と一緒でも二人だけの時でも――よく二人で遊んでいる。思春期の妹が兄を嫌うか興味を無くすかして疎遠になる話はよく聞くが、彼ら兄妹に関してはそれはない。むしろ成長による精神の成熟でより深く分かり合えるようになっている気がする。実際、彼にとってもよく出来たいい妹だと思っている。

 素っ気なく答えることにより真実性を感じたのか、美幸はそのまま黙りこくって走り続けた。もっとも、彼女にとっても二人が仲がいいのは承知で、彼女を交えた三人で今まで何度も遊んでいるのだ。

 やがて学校に着いた二人は、走るまま、朝早くから開け放された校門をくぐって中に入った。

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