転生メイドは若様に懐かれたようです
ノクタ連載中の話書くのがちょっと手こずってるので、息抜きに短編でも
前世日本人の平凡な女子大学生であった私は、歩きながらスマホ操作してたせいで事故に遭い、20年の短い生涯を閉じました。
薄れゆく意識の中「ああ、私死んだんだな」と、他人事のように納得した瞬間、いきなり目の前が明るくなり……
「オギャーオギャー」
あれ? なんで赤ん坊の泣き声が? ここは病院でしょうか? 事故った私が運び込まれた病室の隣は、産婦人科なんでしょうか? それにしては声が近いような、ぶっちゃけ私の口から泣き声が出てるような……
「わぁ女の子ですよ旦那様! 私の赤ちゃん……あぁ無事に産まれてくれてありがとう!」
若い女性の喜びの声が聞こえる、何語だか分かりませんが、少なくとも歓喜の感情は声色で分かった。後はほっぺやおでこにちゅっちゅとキスの嵐。どういう状況なんでしょうか? 誰か教えてください。
目を開いてみると、高校生くらいの可愛い感じの女の子のドアップだった。あれ? なんか尺がおかしいような? 謎言語が聞こえたから日本じゃないっぽい? 目の前の女の子は、綺麗な金髪の白人っぽい。いやぁ外人さんは背が高くて力持ちだなぁ、成人女性の私を軽々抱きかかえるなんて。
えーと……背が高くてパワフルな外人の女の子……よね? 私は病院に運ばれて助かったのよね?
まさか……ねぇ、可能な限り視界に入れないようにしてた自分の丸っこい手を動かし……うん、間違いなくこの赤ちゃんみたいな手は私の手だなぁ。女の子以外にも人がいたようで、ほっぺを突っついてくる指を掴む、指のサイズがおかしいのは気にしない事にしよう。
「おおお! 俺の指を掴んだ! あったかい、あったかいな……ううう、うぉぉぉぉぉん良くやったぞメアリー」
分ったことは、この私を抱きかかえる巨人のような女性はメアリーちゃんらしい。あと感激して泣いてる大男が彼女の旦那みたいだ。認めたくないが認めるしかないだろう、私はどうやら赤ん坊になってしまったようだ。
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人間とは環境に慣れる生物だと言ったのは誰だったか? 赤ちゃん生活にも適応し、言葉が分からないながらも分かったことは、この家はそれなりに裕福みたい。そのまま一年が過ぎ言葉が分かるようになると分かることが増えてくる。
まずこの家はベル家で、私の名前はヘレナ・ベル、家で働いてる人からお嬢様とか呼ばれるのでやっぱりお金持ちみたいだ、っていうか貴族だった。ベル男爵家の領地はちょっとした町一つだけだけど、特産品のシルクのお陰でかなり儲かってるみたい。
だからって庭一面桑の木畑なのは貴族としてどうなんだろうか? 部屋のどっかには必ず蛾がいるの何とかしようよ、養蚕所から逃げた蚕蛾だよね? 飛べないと聞いたことがあるけど、実際飛んでるんだから逃げないようにしてよ。
まぁ虫が多いことを除けば実に快適な、不自由のない赤ちゃんライフだ。お乳なんかはメアリーちゃん……もといお母さまが飲ませてくれる。
乳母を雇おうと父―――私から見えれば高校生くらいの少年―――が言っても、自分の母乳を飲ませると頑として譲らない。
それでも出産直後の奥さんの世話に、複数のメイドさんが甲斐甲斐しくお世話するように手配する当たり、流石貴族だ。朝早くから出かけて、日が落ちる頃に帰ってくる父とはあまり会えないが、忙しく働いてるのは分る。ほっぺスリスリすると泣いて喜ぶのでお仕事頑張ってほしい。
「ヘレナはお父様が好きなのね。うふふ、やっぱり私と娘は殿方の好みが似てるのかしら?」
ところでお母さま、赤ちゃんに話しかけるのは確かに普通なのだけど、延々と惚気話を聞かせるのは勘弁してほしい、話せなくても言葉は分るので、我が両親のイチャイチャぶりに胸やけしそうです。
そんな仲良し夫婦の愛情を一身に受けながら、スクスクと成長し、14歳となった私はある日突然、家を出なければならない事になった。あ、別に没落したとか両親の破局とかじゃなくて、お父様の上司に当たる大物貴族の家にご奉公に出ることになったそうだ。
その上司とはなんと公爵様だ。要するに日本の江戸時代で例えると徳川御三家レベルに凄い家だ。下手したら物理的に首が飛ぶのでしょうか?
父親の上司の家は評判が良いそうなので、クビ(物理)はないと信じよう。母もちょっと寂しがってるが、特に心配した様子はない。まぁまだ小さい弟と妹達―――熱愛夫婦は夜もラブラブで、弟一人と妹が二人生まれた―――の世話に忙しいですからねお母さまは。
前世二十歳の日本人の知識があるせいで、私は年の割にしっかりした賢い娘だと近所の奥様方から評判で、その評価のお陰か大貴族の若君のお世話係に抜擢されたみたいだ。
「アルス様は8歳で、あまり我儘も言わないで真面目に教師の出した課題に取り組む子だ、使用人からの評判も良い」
若様の評価を一言で表すと「良い子」だ、二言だと「素直な良い子」になる。それでも大人ばかりに囲まれて生活すると、息が詰まるのでは? と、公爵様は考えた。
そこで大人ではなく、さりとて分別の無い子供でもない、14歳の私が丁度いいという理由で、白羽の矢が立ったのだという。父がそれなり以上に公爵様に信用されてたことも選ばれた理由の一つだが。
公爵家の若様こと、アルス様について教えて貰った幾つかの事を纏めると。まず母親が現国王の姉らしく、現在王位継承権5位を持つ。剣術も魔法も―――なんとこの世界は魔法があるのだ、私は使えないが―――8歳としては優秀で、誰からも可愛がられるとても良い子。
6歳になる腹違いの弟もいて、率先して面倒を見るような優しい子。ここまで聞くとご奉公先として物凄く恵まれてるのだが……なんか懐かれちゃって周囲の嫉妬バリバリなのは、どうしたら良いんですかお父様?
何故だ? アルス様のお勉強って、本の内容を暗記するとかがメインの詰め込み教育っぽいので、休憩時間に日本の昔話や童話を、この国風にアレンジしたやつを聞かせたり。なぞなぞとか、お手製パズルとかで遊んであげただけなのに。
あとはアルス様に好き嫌いは無いが、それでも子供らしくお肉とかが好きなので、公爵家の料理人はそればっかり作る、それではいけないと野菜を練り込んだクッキーとか、おやつに用意してあげたら、若様のおやつ係に任命され料理人にも睨まれた、解せぬ。
必ず毒見が入るので、公爵様御一家の食事はいつも冷めた物なので、木箱に鉄板敷いて熱した石を入れた簡易コンロ用意したら、ご家族にも気に入られ、使用人の皆さんとは一線引かれ仲良くできない。解せぬ。
毎晩夜遅くまで仕事してる公爵様に頼まれ、夜食にお粥―――ろくに食材が無かったから大根の葉とか食べられる野草とかがメイン―――作ったら体調良くなったと褒められ、お抱え医師からすれ違うたびに舌打ちされる。解せぬ。
14歳だというのにほかのメイドたちと仲良くできない、そんな私に懐いたアルス様は、お勉強の合間の休憩時間とかになると、まっすぐ私の所にやってくる。やって来るから他の人と一線引かれるんだよね。
「ヘレナ! 今日は歴史の授業でね……」
こんな感じで無邪気にひっついては、今日の出来事を嬉しそうにお喋りしたり。
「聞いて聞いてヘレナ! さっきのなぞなぞの答えは……」
誇らしげになぞなぞの答えを答えたりする。てーかお勉強の間なぞなぞの答え考えてたの? 余計な事考えながら、勉強もしっかり聞いてる辺りホントこの子頭良いのねぇ。20+14歳のお姉さんはびっくりです。
そんな感じで美幼児―――アルス様はなんというか将来勝ち組確定な容姿の8歳児です―――を独占してるものだから、ちょっと他の奉公人の皆さんの目線が痛いです。ちなみに公爵様とご夫人は私に懐く息子を、微笑ましそうに眺めていらっしゃいます。
なんでも言われたことに唯々諾々と従うだけだった息子が、熱心に学ぶ姿勢を見せてるのだから親としては嬉しいのでしょう。
ご夫人は国王様の姉君で、この国で最も尊い血筋の方ですが、驚くほど気さくな方で一介のメイドに過ぎない私に、目をかけてくださってます。とてもありがたいです、周囲の目線が無ければですが……
さて、そんな感じで公爵家で忙しく働いている私ですが、ずっとお屋敷に中にいるわけではありません。非番の日は街に出ることができます、一緒に出掛ける友人とかはいないですけどね……はぁ。
公爵家のお屋敷がある街は流石の都会で、ベル男爵家の治める小さな町とは活気が違う。公爵家のご奉公はかなりの高給で、将来の為の貯蓄分を別にしても自由に使えるお金が十分にあります。今日も買い物をしに街に向かったのですが……
「ヘレナ! ヘレナ! ほら見て、あそこの劇場はお父様が出資したものでね、僕たちは自由に入れるんだ一緒に見に行こう!」
見るからに強そうな護衛の方々に護られて、アルス様がやってきたと思ったら、手を握られ連れ去られてしまいました。あぁ有名店の新作の口紅買う予定なのに、午前中にお店に行かないと売り切れてしまう。
かといって若様の手を振り解けるわけもなく、お昼まで劇場でアルス様と演劇を見ることになった。劇場前は長蛇の列だというのに別の入り口から入って、調度品だけで我がベル男爵家の屋敷が買えるんじゃないかと思えるような豪華な部屋で演劇鑑賞。
座り心地がよく大きなソファで、若様を膝の上に乗せていたことを除けば、劇は面白いし、出されたドリンクは今まで飲んだこともないような超高級ワイン、運ばれてきた昼食は絶品でとても満足でした。
そして手を繋いで徒歩で帰宅、非常に上機嫌なアルス様の姿に護衛の皆様もほっこりした様子だ。なんでも非常に珍しいアルス様の我儘で、今日だけ勉強は休みにして貰ったそうだ、うんうん、やっぱり勉強漬けだと男の子はストレス溜めるよね。
「そうだヘレナ! デートした女の子にプレゼントすると喜んでもらえるって先生が言ってたんだ! ヘレナは何か欲しいものがある?」
「欲しいものですか? そうですね今日初売りの口紅でしょうか」
帰り道、不意にそんな事を聞かれ、つい正直に答えると、若様は急に商店の並ぶ区域に方向転換する。あと私が口紅と言った瞬間、護衛の一人がダッシュで化粧品のお店に突撃していきました。
手を繋いでいたアルス様は顔を赤くして、もじもじしながら―――うーん、美幼児のこの仕草はそのケが無くてもグッときますね―――私をじっと見つめ。
「そ、その……僕、ヘレナにプレゼントしたいんだ……だ、だからヘレナの欲しい口紅を贈らせて……」
「駄目ですよアルス様、それは受け取れません」
断られると思わなかったのか、驚いて、そして泣きそうな顔のアルス様に護衛の皆さんも混乱中だ。
「アルス様、プレゼントを買うお金は誰のものですか?」
「えっ……えっと……公爵家の、お父様の……お金……」
「そのお金で買ったものはアルス様から贈られるプレゼントでしょうか?」
まぁお小遣いとか渡されてるのかも知れないけど、この子現金とか持ち歩いてないし。家のお金で女にプレゼントとか、この歳でやらせちゃ駄目だと精神年齢34歳は思うのですよ。
「……ちがう」
「このまま受け取ってしまったら、お父上からのプレゼントをアルス様から渡されるって事になっちゃいますね」
「そんなの……やだ」
「はい、アルス様が嫌なことはヘレナはしません。だから受け取れません」
「ひっく……ひっく……どうしたらいいの?」
「そうですね、アルス様がご自身で手に入れたものをプレゼントということでしたら、喜んで受け取らせて頂きます」
「ぐす……うん……うんっ!」
そのまま手を繋いで帰宅すると、アルス様の涙の痕に大慌てで公爵様の下に向かう人がいたが、私に疚しいことは無いので普通に私室でのんびりしよう。あ、でも若様泣かせたとかチクられたら私クビかな?
その夜公爵様と若様でどんな会話がなされたのかは知らないが……朝アルス様を起こしに部屋をノックすると、珍しく返事が無い、いつもなるすぐ起きるのに。熟睡してるなら揺すって起こすべく合鍵で部屋に入るとそこには。
『心配しないでヘレナ、お父様に紹介してもらった傭兵の人とモンスター退治してお金を稼いでくる』
と、ベッドの上に書置きだけがあった……8歳児に何やらせてんですか公爵様ぁぁぁぁ!! 若様に何かあったら私、解雇じゃなくてクビ(物理)じゃないですかぁぁぁぁ!!
どうして良いか分からず、部屋であたふたしてるところで、開いた窓からひょっこりとアルス様が帰ってきた。やたらと良い笑顔で「僕頑張ったよ!」とか言うので泣くまで説教した。そして奥様に報告したらお尻ぺんぺんされ、公爵様の提案だったと判明。
なんでも「息子が初めて女に贈るプレゼントを安物にするわけにいかない」とか、余計な事を吹き込んだそうで、奥様ブチ切れ。罰として公爵様の夜食に、ひたすら苦い薬草を混ぜまくったお粥を食わせた。
信用できる人間をつけてモンスター退治をするのは領主として義務だそうで、プレゼント代を稼ぐのに丁度いいと提案したらしい。アルス様がその気になって、傭兵と一緒にその日の夜に出掛けたそうだ。即断即決にも程があるでしょ! せめて明るいうちにしてください!
……その後、アルス様の才能は、モンスター退治の方向に開花したようで。国一番の英雄と称されるようになるのは約十年後の事だった。
読んでくれた皆さまありがとうございました