22話 無垢なる贄
俺達は制止の声をあげたが、黒い靄はトーリに襲いかからんとした。
飲み込まれる、そう思った時だった。
「「ユーリ!?」」
今度は、俺とトーリが叫び声をあげた
靄に飲み込まれたのは、トーリではなくユーリだった。
ユーリが父親を庇い、トーリと黒い靄の間に割って入ったのだ。
「ぁああ! ぅわぁああ゛あ゛あ゛っ!!?!」
靄に飲み込まれたユーリの叫び声が聞こえた。
その声は苦痛に満ち溢れている。
「くっ、“ホワイト・サンクチュアリ”」
俺はすぐさまユーリを助けるべく、光属性の広域浄化魔法を唱えた。
しかし、大した効果はなく一瞬和らいだだけで、すぐさま闇が辺りを覆ってしまった。
「…と゛ぅさ…ま゛……?」
父を呼ぶユーリの声が聞こえた。
既に靄で体が見えなくなっているが、手を伸ばしているようにも見える。
日に焼けていない白かった手が、今はどす黒く染まっていた。
「ユーリ!! どうしてっ!? おい、止めろっ! 息子じゃないっ! 私だっ! 私が対価だっ!! 息子には手を出さないでくれっ!」
トーリは叫び声をあげると、ユーリの伸ばした手を取ろうとした。
「ぐぁがぁあっ!?」
瞬間、トーリは叫び声を上げた。
トーリは腕を押さえて激痛に呻いた。
トーリの伸ばした手はユーリに触れた瞬間、激しい傷みを受けのだろう。
触れた所が汚染されたかのように、黒く染まっていた。
「“ハイ・ヒール”」
俺はトーリの腕に回復魔法をかけた。
上級魔法の筈なのに、治りが悪く中々完治しない。
コレが悪魔の力か!?
「すまない、リュート君!」
「いえ、それよりユーリがっ!!」
ユーリを覆う靄は益々膨れ上がり、苦痛の声も大きくなっている。
残された時間はそう多くないのかも知れない。
「うわぁあ゛゛! お…どぉ…ざま゛…、りゅぅ゛…と…に…げ…て!」
`おとうさま、リュートにげて!´
ユーリは自分が酷い状態にあるというのに、俺や父親の身を案じて逃げるように叫んだ。
実際に身に宿しているからこそ、感じ取っているのかもしれない。
通常の光属性の浄化魔法では対抗できないと。
事実、書物やゲームでは女神の加護を受けた者しか、悪魔は倒せていない。
「なぜ……なぜ、こんなことに? ……私は、私は唯民を、人々を救いたかっただけであったのに……何でユーリが……?」
トーリもユーリの言いたい事が分かったのだろう。
目から涙を流し、その場を動かず自分を責め続けている。
「あ゛あ゛あ゛゛っ!?!! ぐぉオア゛!?」
ユーリの苦悶の声と共に、靄が触手のようにトーリに向かって伸びる。
しかし先程と変わらず、トーリはその場から動かないままだ。
まるで覚悟を決めて、裁きを待つ罪人のようだ。
「私は……」
「“ホワイト・サンクチュアリ”」
俺はトーリの前に立ちはだかり、浄化魔法を防御魔法として靄を防ぐ。
すぐに闇の力に打ち消されてしまうので、重ね掛けをし続ける。
「しっかりしろ! アンタ父親だろ!? これはアンタが招いた結果だ。アイツがアンタを庇うのは当たり前だろ!? アンタはアイツの唯一の家族なんだ。アンタにとってもそうだろ!? それを簡単に捨ててんじゃねぇっ!!」
俺は剥き出しの感情のまま、トーリを怒鳴り付けた。
今は悲嘆にくれている場合じゃない、ユーリを救う事が優先だ。
「くっ、ユーリ!」
トーリは俺の言葉で冷静になったのか、立ち上がりユーリを見据えた。
「何が弱点やら、効く魔法はないのか!?」
「古では、女神の加護を受けた聖女の力では滅したと聞くが……ここ数百年、聖女はいない!」
俺は打開策をトーリに尋ねるが、以前本で読んだ内容と全く同じであった。
ここにヒロインはいない。
くそっ! どうすればいいんだ!?
打開策を思い浮かべる事も出来ずに、ただ刻々と時が流れた。