幕間 舞台の裏側で②
????視点です。
グシャリ、と何かが潰れる音が聞こえた。
瞼を開けると何処までも続く白。
何一つ変わらない景色。
けれど、そんな変わらない筈の景色を黒が汚していく。
白い布に黒い絵の具をぶちまけたように、じわりじわり、と。
「……随分とご機嫌斜めのようだね?」
何かあったのかな、と少年は黒い染みの中心にいる少女に声をかける。
勿論、理由は聞くまでもなく分かっている。
今夜の少年は気分がいい。
だから、忌み嫌い、憎んでいると言っても差し支えないこの白い少女にも笑顔を向けられた。
「……あら、随分と意地の悪い事を言うのね」
分かっている癖に、と少年に気付いた少女は皮肉げに笑う。
この黒い汚れが何かは分からないが、白い少女は相変わらず色を持たないままその姿は変わらなかった。
「お前の蒔いた種はあの子が刈り取った……残る種は5つ、少しは危機感でも感じているのかな?」
やはりあの子は特別なんだと、少年は思う。
少年には何も出来なかった。
少年には何も変えられなかった。
少年には何も救えなかった。
けれど、あの子は救われない未来を変えて、少年には出来なかった事をやって見せた。
そして、その事に自分は救われたのだ。
「そうね……確かに、私の描いた運命をことごとく潰されたのは腹立たしい事だけれど……それが何かしら? 所詮、暴食も憤怒も未熟な種。それを始末した位で調子に乗らないで貰いたいわ。だって……知っているでしょ? 何よりも貴方が」
少女は嗤う。
まだ少女の優位は揺らがない。
盤上には、半分以上少女の駒は残っている。
少女の切り札であり、強力な手駒も。
「貴方のお気に入りは、傲慢や色欲どころか強欲や怠惰にもかなわないっ」
「…………」
少年は何も答えない。
今はそうやって嗤っていればいいと、少年は思う。
「……あぁ、もう時間みたいだね。次はその余裕が何処まで持つのか楽しみにしているよ」
視界に歪みを感じ、自分がこの空間から目覚めようとしている事に少年は気付く。
「…………あら、もう行くの……そう言えば、私貴方に聞きたい事があったの。ねぇ、」
そして、目覚める前の最後の瞬間。
「──どんな気持ち? 大切な者に忘れられるのって」
交差した視線上で白い少女は残忍な笑みを浮かべていた。
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「本当に、忌々しいわ」
まだ足掻こうとするなんて。
少年が居なくなり、1人になった少女は先程の笑みを消して眉間を寄せた。
「あの子の因子を持つ者は皆堕とすか、排除してきたっていうのにっ……何故アレは私の運命に逆らえるのよっ!」
アレも本来は少女の目論み通り、堕ちる筈であった。
8つ目の種として、全てを闇に呑み込む運命の筈だったのに。
「全てを奪われてもなお、貴女は私の邪魔をするっていうのね」
苛立ちのあまり視界に落ちてきた髪を強くを引っ張る。
忌々しい色だ。
これはまだ抗っているという証。
全てを奪った筈なのに、あの子はまだ諦めていない。
何処までも少女を認める事はない。
「……いいわ。貴女がそのつもりなら、私が何度だって教えてあげる」
まずはあの子の因子を色濃く受け継いだあの子供からだ。
何も知らない無垢な子。
自分が、自分の周囲が平和で幸福だと勘違いしている愚かな子。
「私が全部壊してあげるっ!!」
少女を歪に嗤う、嗤う。
その手の内には、少年が先程気付かなかった少女の変化。
真っ白い筈の少女の長い髪は2房、漆黒へと染まっていた。




