番外編 在りし日の憧憬⑥
更新遅れましたm(_ _)m
「もう、貴方に魔力が無いのはわかっているのかしら! だから、自分の無力さに絶望しながら死んでくれると嬉しいかしら、私はその為に態々姿を見せたのだからっ! キャハハッキャハハハッ!!」
水の魔女であるアルルカ・アクア・マベリアンタが残虐性を秘めた笑みを浮かべると、彼女の瞳の魔法陣が輝き始めた。
まさかっ、ここでもう1度固有魔法を使うつもりなのか!?
「アルルカ様っ! 固有魔法は既に不要です、この男達は捕虜か私達が始末を──」
この無意味な蛮行には、護衛の男達も焦って水の魔女を流石に制止しようとした。
「五月蝿い、お前達も死にたいのかしら?」
水の魔女は本気だ。
先程までの笑みを消して、護衛の男達に殺意を向けた。
「し、しかしジークフリード・スタッガルドを捜索する為に近辺にはまだ自国の兵達が、ぁ?」
尚も引き下がらなかった男の首が、水の刃によって落とされた。
魔法を詠唱したのは水の魔女だ。
「五月蝿いと言ったかしら。それにもう大量に死んでいるのだから、今更少し増えた所で変わらないかしら」
「仲間の兵を……」
顔を見なくても水の魔女の所業に、スレイヤが眉をしかめているのが顔を見なくても分かる。
私達の仲間も、彼女の気紛れで殺されてしまったのだ。
彼女の中では、味方の命も敵の命も大差ないのかもしれない。
「さぁ、邪魔者もいなくなった事だし、始めるかしら!」
「“我は叡智にして起源、蒼き命を持つ者”」
水の魔女による無慈悲な刑が執行が始まる。
逃げ場は何処にもない。
私はもう魔力切れで、固有魔法で対抗する事も出来ない。
止めようにも、護衛達を押し退けて彼女の基に辿り着く前に魔法は発動する。
「すまない……スレイヤ」
スレイヤだけじゃない。
私が不甲斐ないばかりに、多くの隊員の命も散らしてしまった。
アーシャやお腹の子から、父親も奪う事になってしまった。
「“我は純粋にして透明、星を巡る者”」
私は一歩も動かずに、刑の執行を待つ。
わざとらしくゆっくり紡がれる詠唱が、私を絶望の底へと叩き付ける。
私はこの絶望的な状況で、最早抗う意思を失っていた。
「……まだ、まだ、俺は死ぬわけにはいかないっ!!」
動けない私と違って、スレイヤが前へ出たのが見えた。
スレイヤはまだ諦めていなかったのだ。
幻覚か、スレイヤのアイスブールーの瞳が淡く輝きを放っていた気がした。
まるで、私達魔眼持ちのように──
「スレイ──」
「“我は悠遠にして孤独、全てを拒む者”
“我は冷酷にして無慈悲、支配する者”」
スレイヤは唄を紡ぎながらも足を止めず、水の魔女についた護衛達に剣で斬りかかる。
キィィンと金属同士がぶつかる音がして、次の瞬間には男の体が崩れる。
「な、魔眼っ!!??」
護衛達の間に動揺が走った。
そして、それは護衛の男達に止まらず⎯⎯
「っ、“今ここに嘆きを与えよう”」
「“今、刻は凍結し命は絶える”」
水の魔女もスレイヤの瞳に浮かぶ魔法陣に気付き、今までの余裕を捨てて初めて焦りを見せた。
詠唱を終えたのは同時だった。
「“モルテ・ヴォルティチェ”っ!!!」
「“コキュートス”!」
近距離でぶつかり合う固有魔法。
その衝撃は凄まじく、スレイヤを押さえようとしていた男達が弾き飛ばされる。
水と氷、水の魔女の魔法が降りかかる前に、スレイヤの固有魔法が凍り付かせていく。
どちらかが圧しきる事なく、力が拮抗し合っていた。
火事場のバカ力、スレイヤには本来発動に必要な魔力が残っていない。
それに加え、初の発動とあってまだスレイヤは使いこなせていない。
本来、分は水の魔女にあった。
けれど、水の固有魔法が圧しきれないのは、2つの魔法の相性だ。
水よりも氷の固有魔法の方が、優位にある。
それがこの均衡をギリギリで保っていた。
なら、決着を分けるものは──
止まっていた足が動き出した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「なんなの、なんなのかしらっ!!? こんなの、聞いてなっぅあっ!!??」
剣を伝って温かい赤が伝ってくる。
私は2つの固有魔法がぶつかり合っている隙に、水の魔女の背を剣で貫いた。
通常ならこんな簡単にはいかなかっただろう。
けれど、彼女の連れてきた護衛は少数で、彼等は既にぶつかり合う固有魔法の犠牲になった。
スレイヤの魔法を圧しきる事に夢中の彼女は、魔力を切らしている私を警戒していなかった。
「言っておくが、私は魔法の撃ち合いよりも対人戦の方が得意なんだ」
水の魔女の体が崩れ落ちると共に、スレイヤの固有魔法が場を支配する。
私とスレイヤを除く全てが凍り付いた。
絶対零度、世界を白銀へと染めた魔法は伯爵家由来のものだ。
敵が居なくなり張っていた気が抜けたのか、スレイヤの体が前へと傾く。
「……全く、無茶をする」
その体が地につく前に、私はその体を支えた。
どくどくと動く心臓の音が聞こえる。
重度の魔力切れを起こしただけだろう。
顔色が悪く、自力で立ち上がるのも儘ならないようだ。
「ごほっ、ひどい……な。此方は死ぬ気で、やったのに……頭、痛いし最悪だよ……」
スレイヤから不満の声が上がる。
こんな時までスレイヤはスレイヤだ。
「あぁ、お前のお陰だ。ありがとう……でもまさか、お前まで魔眼持ちになるとはな……」
魔眼は本来先天的なものだ。
後天的に開眼するなど、聞いた事がない。
これはまさしく、極限状態が引き起こした奇跡といえよう。
「俺も驚いてる、よ……ジークを死なせる訳にはいかないし、アーシャや子供の所にかえらなきやゃって思っ、…………」
体力の限界だったのだろうスレイヤは、話の途中で眠りついた。
支える腕にぐっと重みがます。
「そうだな、帰ろうスレイ……」
──アーシャの待つあの日溜まりへ。