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閑話 乙女ゲームの真実④

残酷描写ありです。

アシュレイ√のハッピーエンド後の話……バッドエンドです。

安定のヒドインっぷり……(-_-;)

断片ピース:憤怒√ アシュレイ・スタッガルド



私は正しいことをした筈だった。

何一つ間違っている事なんてしていない。

なのに─────


「どうし……て?」


ピシリと足の先から、段々と身体の感覚が失われていく。

抗えない死のカウントダウン。


どうして私は今この瞬間、死の間際にいるのだろう?


私の瞳から、一筋の涙が頬を伝った。









◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆










「⎯⎯お義父様、何のお話かしらね? 私達の結婚のお祝いかしら? まだ、3ヶ月も先なのにね!」


私は今にもスキップしだしそうな程上機嫌に、アシュレイへと話しかけた。


全てが上手くいった。

彼を縛る醜悪な化け物(オバサン)は死んで、私達の前にはもう何一つ障害はない。

物語で化け物を倒したお姫様と王子様の結末は、ハッピーエンドと決まりきっているのだから。


「……そう、……だな……」


けれど、そんな私と反対にアシュレイは暗い顔をしたままだ。


まだ、オバサンの事(終わった事)を気にしているのかしら?

折角、私があの化け物を倒して、解放してあげたのに……。


彼の母親は過去の憎しみに囚われて、憤怒の悪魔に取り憑かれていた。

シュトロベルンを憎んで、アシュレイにまで辛くあたっていたのだ。

酷い話だ。


「もう、アッシュもあんな事はもう忘れて、未来に目を向けなきゃ! 私達、3ヶ月後には夫婦になるのよ?」


アシュレイの腕に手を絡めて、頬を膨らませて上目遣いで見上げる。


「……分かっている」


いつもなら少し照れたりするのに……つまらない。


今日の彼は、いつになく素っ気なかった。

そのまま会話もなく、スタッガルドの屋敷へと辿り着く。

私の提案で、屋敷の門から玄関まで歩く事にしたのだ。

聖女である私は、もう街中を自由に歩く事は出来ないから。


少しだけでも、アッシュと一緒に歩きたかったのに……。


そんな私の純粋な思いを無下にするなんて、アシュレイは本当に酷いと思う。


「……お待ちしておりました、アシュレイ様。……旦那様は森の教会にてお待ちしております」


玄関まで辿り着くと、スタッガルドの執事らしき男性が私達を迎えた。

歓迎されるかと思ったが、執事は一切私に目を向ける事なく坦々とアシュレイだけに事務的に話しかけた。


何なの……この人。

聖女である私に対して、失礼なんじゃない?

貴方達が長年放置してきた頭のおかしいあの化け物(オバさん)も、私が片付けて上げたって言うのにっ!

こんな人、私がこの家に嫁ぐ前に居なくなって貰わないと。


「……そうか」


しかし、私が執事の心無い態度に傷付いているのに、アシュレイは特に気にする事なく、指示された場所へと踵返した。


何よ、アッシュたら……私、歩き疲れているのに。

お義父様に、此方に戻ってきて貰えばいいのに……。


「…………アシュレイ様、我々は貴方の選択を……──非常に、残念に思っております」


私達が踵返した後、執事からそんな言葉をかけられた。

アシュレイは一瞬立ち止まったが、何も言う事なく歩みを進める。

私は失礼な執事の態度を咎めようと振り返った。


だって、それだけは許せないもの!

まるで、私達が間違ってるみたいな言い方っ!!

貴方達の尻拭いを、私がしてあげたのに。


「っ!?」


私は思わず、息を飲んだ。

執事は先程とは打って代わり、これでもかと言うほどの憎悪を込めて私を睨み付けていたから。

それでも無理矢理怒りを抑え込もうとしているのか、噛み締められた唇の端から血が流れている。


「アッシュ、早く行きましょう!!」


私はそんな執事に何も言い返せず、先を歩くアシュレイに小走りで駆け寄った。


怖い……やっぱり、あんな頭のおかしい化け物と関わっていたから、あの人もおかしくなったんじゃないかしら?

……それなら、私の力で何とかし(消し去ら)ないとね。

私は聖女なんだから!






私はまだ知らなかった。

この物語の結末を。




───悪魔はまだ死んでは居なかった。









◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆










「……来たか」


執事に言われて来たのは、薄気味悪い教会。

その中に、アシュレイの父親であるジークフリード・スタッガルドは一人たたずんでいた。

ここ数ヵ月は隣国との小競り合いのせいで戦線に出ていた事もあり、会うのは今日が初めてであった。


将軍って聞いたから、どんな筋肉達磨かと思ってたけど……お義父様格好いい!


良かった、これなら仲良く出来そうだ。

沈んでいた気持ちが少し上昇する。


ここは、愛想良く挨拶しないとね!

最初が肝心だって言うし。


「初めまして、私は────」


「アーシャの事が、そんなにも憎かったのか?」


そんな私の思いを切り捨てるかのように、お義父様は私を無視してアシュレイへと話しかけた。

まるで、アシュレイを責めているかのような物言いだ。


もう、本当に何なのよ!?

さっきの執事といい、この人といい、私達を蔑ろにしてっ!


私の寛大な心を持ってしても、もうこんな扱いをされて我慢など出来なかった。


「当然よっ!! あの化け物は、アシュレイに酷い事を沢山していたのよっ!! 死んで当然よっ!」


私は叫んだ。

血が繋がらないからって、アシュレイにこんな冷たい事を言うなんて。

アシュレイは私に教えてはくれなかったけど、本当はこの人にも虐げられていたのかもしれない。


「……確かにアーシャは、お前に厳しくあたる事もあった……だが、アシュレイ。それだけではなかった筈だ」


「……っ父上、俺は…………」


「だから、あの女は化け物に取り憑かれて、トチ狂ってたって言ってるじゃないっ!!? 私達が正しいのっ!! それを貴方達は、意味の分からない事ばかり言って……皆が私達に感謝してるのがその証拠よっ!! あの化け物が死んで、皆喜んでるわ! 貴方達が間違っていて、私達が正しいのっっ!!」


私達は正しいのに、何故このような事を言われなければならないのか。

酷い言葉に、言い返さないアシュレイにも腹が立った。


私が貴方を選んであげたのに……。


彼を選んだのは、失敗だったかもしれない。

こんな思いをするなら、オズやレイを選べば良かった。


「正しい、か……そうだな、世間的には間違っていたのは私達なのだろうな……」


私の言葉が届いたのか、アシュレイの父親は頷いて自嘲的な笑みを浮かべた。


「そうよ! 貴方達が間違ってるのっ!!」


やっと分かってくれたのね!


「……だが、間違っていたとしても、私は……私達は赦さないよ」


「は、何を言って──」


まだ分かっていないのかと、私は呆れた目を向けた。

私はこのように言われても、まだ何処かでこの人の事を信じようとしていた。

アシュレイの父親なのだから、最後には理解してくれるだろう、と。

それが────


「“終焉を刻め、アイギス”」


目の前の男の瞳が光る。

その眼には、魔法陣が浮かび上がっていた。

ジークフリード・スタッガルドの魔眼の効果は──


「どうし……て?」


こんな人を信じるべきじゃなかった。


本来は一瞬の出来事、けれど死の間際にいるせいか刻が流れるのがスローモーションに感じる。

私の足の先から、動かなくなっていくのが分かる。

ピシリ、ピシリと身体が石化していく。

力を使って抗おうと、到底間に合わない。

もう魔法は発動してしまったのだから。


私の瞳から、一筋の涙が頬を伝った。


最後の瞬間、男の後ろに倒した筈の憤怒の悪魔が見えた。

私を見て嘲笑っている。

それが、私の最後の記憶だった。









◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆











「っ、!!?」


彼女が死んだ。

あれだけ大切に想っていた、彼女が死んだ。

父上が殺した。


「……漸く、静かになったな」


けれど、父上はそんな彼女を気にも止めずに、俺だけをただ見ていた。

俺と彼女で殺した筈の悪魔が、そこにはいた。


「……父上、彼女は聖女です。こんな事をしてただでは」


おかしい。

彼女が死んだというのに、俺の中に悲しみはわいてこない。

母上をこの手にかけた時は、もっと心臓を握られたように苦しかったのに。

それどころか、彼女を手にかけた父上の事を俺は今気にかけていた。


「済まないだろうな……だが、それでも私はお前を赦せそうにない……だから」


父上の目に迷いはなかった。

俺は今日、死ぬのだろう。

でも、それでいいのかもしれない。

あの日から、俺はずっと後悔していた。


「俺は……母上の事を憎んでいました……けれど、それと同じくらい愛してもいました」


俺は母上に、自分の事を見て欲しかった。

ずっと過去に囚われて、憎しみだけを糧に生きる母上を憎んでいた。


けれど、それだけではなかった。


母上は俺が体調を崩した時、寝ずに看病をしてくれていた。

俺の誕生日には、欠かさずに贈り物をくださった。

歪んではいたけれど、そこには確かに愛があった。

俺は知っていたのに、何故それを見ない振りをして無かったことにしたのか。


「…………抵抗をしないのか?」


父上が俺に静かに問い掛けた。

本心では抗って、自分を止めて(殺して)欲しいのかも知れない。

父上も血の繋がらない俺の事を、確かに愛してくれていたから。


「はい、父上……俺は間違えてしまいました。だから……いいんです」


不思議と抵抗しようとは思えなかった。

父上の手にかかるなら、本望だと本気でそう思った。


「そうか……すまない、アシュレイ」


俺は間違えてばかりだった。

だから、死の際で後悔ばかりが溢れ出すのだろう。


もっと、母上に寄り添って上げればよかった。

血の繋がらない事を理由にしないで、苦しくなる前にもっと父上に頼ればよかった。

アイツの事も……、もっと知ろうとすればよかった。

そうすれば、きっと、もっと────


俺は静かに目を閉じた。



次も閑話です。

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