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38話 憤怒を消し去る傲慢

残酷描写一応ありです。

そして長めです。

   

「⎯⎯こんばんは、昼間ぶりですねスタッガルド侯爵夫人?」


教会へと足を踏み入れた俺は、1人嗤う女に声をかけた。

昼間見た少し神経質そうな様子とは、正反対の様子。

左目で見るアーシャ・スタッガルドは、ユーリの時と違って人間を逸脱してはいない。

本人の意志だからか、長年積りに積もったものだからか、それとも悪魔ごとに別種の能力を持っているのか、黒い靄みたいなのは顕現していなかった。


ゲームではどうだったのだろうか?

完全に契約を交わした時点でシナリオが発生するのか、それともその後何年も擬態した上で発生しているのか。


「…………貴方」


声に反応して、アーシャ・スタッガルドが俺の方へと振り返った。


「僕は⎯⎯」


「知ってる、私、貴方の事を知ってるわ。貴方、リュート・ウェルザックでしょう? 有名だもの、勿論知っているわ。ウェルザック、そうよ。そう言えば、あの女は今ウェルザックの所にいるのだっけ? いるのよね、私知ってるから隠さなくていいのよ。確か、貴方は強力な空間魔法を使えるのでしょう? 丁度いいわ、私を貴方の家へと連れて行ってくれないかしら?」


昼間は挨拶も出来なかった事を思い出し、名を名乗ろうとしたが、アーシャ・スタッガルドは知っていると矢継ぎ早に話を続けた。


「……何の為に?」


答えは分かっている。

けれど、あまりに楽しそうな笑顔で頼んでくるので、聞き返さずにはいられなかった。


「そんなの、決まっているわ。あの女とアレ(・・)を殺す為よ。殺して殺して殺すの。当然でしょう? だって、あの女は私にそうしたもの。だから、私も同じだけの苦しみをあの女に与えるの。まぁ最も、あの女はアレ(・・)を殺したところで、別に何とも思わないかも知れないけれどね。でも、絶対に殺すわ。安心して。今の私には力があるもの。その次は、シュトロベルン公爵ね。あの穢れた血を引くものは、全て殺さないと……ねぇ、私早くあの女とアレ(・・)を殺したいの。早く連れて行ってくれないかしら?」


「……アシュレイは兄様、レイアスと仲良くしたいと思ってますよ」


アーシャ・スタッガルドは、最早それしか頭にないのだろう。

瞳を狂気的に爛々と輝かせるだけで、アシュレイや将軍の事は完全に頭から消えている。


アレ(・・)を、アレ(・・)をその名で呼ぶなっっ!!! レイアスは、あの子のモノだっ!!」


アーシャ・スタッガルドは、いきなり怒鳴り散らした。

先程まで俺に笑みを浮かべていたのに、今は憤怒と憎悪を向けている。


……あの子(・・・)


アシュレイの話をしようとしたのに、アーシャ・スタッガルドは兄様の、レイアスの名に反応を示した。


「あの子が誰かは存じ上げませんが……僕は兄様達の方が大切なので、そのお願いは聞けませんね」


交渉は決裂。

向こうが引かないのなら、戦うしかない。


「そう……邪魔するなら貴方も死んでっ!!」


アーシャ・スタッガルドの腕から、激しい炎を纏った何本もの剣が俺を指し貫こうと飛来してくる。


「っ、“シールド”」


予想していなかった攻撃に、俺は咄嗟に無属性の防御壁を張った。

防御壁によって阻まれた剣が、カランカランと音をたてて床に落ちる。


ユーリの時みたいな、黒い靄じゃないのか……っ!?


ユーリの時と同じなら、靄に対し光属性の魔法は有効であったが、アーシャ・スタッガルドの腕を突き破って現れたあの剣は実態がある。

光属性のホワイト・サンクチュアリも効果はあるだろうが、実態を持っている以上完全に防ぎきれない。

完全に結び付いている悪魔は、思った以上に厄介であった。


「あら、固いのね……でも、私の、私達の怒りは、憎悪は、もっともっと強いのよっ!」


詠唱なしの攻撃が、続けざまに放たれる。

どうやら先程の攻撃は、全力ではなかったらしい。

先程よりもずっと、炎の勢いが激しい。


「“シールド”っ!?“テレポート”」


俺の出した防御壁に亀裂が入り破られようとしたのを、寸前で転移魔法を発動させて何とか回避した。


「危なっ!」


俺が居た場所には何本もの剣が突き刺さり、火柱が上がっている。


「避けるなっ!」


いや、避けるから。


避けなければ、間違いなく致命傷だ。

休む暇なく、放たれ続ける攻撃をテレポートを発動して避けた。

教会の中は、最早ボロボロだ。

いつ倒壊してもおかしくない程に壊されている。


……将軍に気付かれないように、大きい魔法は使わないようにしてたけど。


これだけバカスカ暴れられればそれも無意味だ。

もう既に気付かれていても、不思議ではない。


邪魔をされる前に……一気に片をつける!


「……今から、俺の固有魔法で貴方のその力を消し去ります」


こうして態々宣言する必要は本来ない。

けれど、ユーリの時とは違い、アーシャ・スタッガルドには恐らく代償が必要となる。


「けす? 消すですって、やっと、やっと、復讐出来るだけの力を持ったのに、屈辱に耐えなくてもよくなったのに!? それを、消す? あなたに、貴方にそんな資格なんてないわ!!!」


俺の言葉が更に火に油を注いだのか、全方位へとアーシャ・スタッガルドは攻撃を放った。


「っ、貴方は自ら望んで、その力を手にしました。故に──」


なんとなく、予感はあった。

アーシャ・スタッガルドを見た時から。


「五月蝿いっ、死ねっ!!」


滅茶苦茶に放たれた剣をテレポートでも交わしきれずに、左腕をかする。

ジュワッと肉の焼ける音がして、腕に激痛が走った。

ほんの少しかすっただけで、この威力なのだ。

直撃したら、ただでは済まない。


「────貴方は、その悪魔と結び付いた感情、記憶を全て失なう」


そして予感は今、確信に変わった。

自分の魔法だから分かる。

悪魔と深い所で結び付いたアーシャ・スタッガルドは、その記憶と感情まで失なう。

つまり、アーシャ・スタッガルドの最愛の人の記憶も消えてしまうと言うことだ。


「貴方は、お前は、お前も私から大切なものを奪うというのっ!? 何も、何も知らない癖に、何不自由なく育ったお前が私から奪うと言うのかっっ!!?」


アーシャ・スタッガルドが、血反吐を吐くような叫びを上げる。

その姿は実に憐れだ。


「えぇ……貴方のその怒りは最もだと思います。逆の立場なら、俺もそうするでしょうから」


「ならっ!」


「でも、俺は貴方ではないし、絶対に譲れない……守りたいものだってある」


だから、俺は固有魔法を使う。

俺の行動は間違ってはいないが、実に非道で傲慢だ。

既にボロボロのアーシャ・スタッガルドに、更なる追い打ちをかけ止めを刺すようなものだ。


それでも、それでも俺はこの選択が最善だと信じているから──


「“我は清廉にして潔白、白き魂を持つ者”


“我は公正にして純白、邪悪を祓う者”


“今ここに星の導きのもと、邪悪を焼き払わん”


“アストラル・ファイア”」


教会内が、白い焔で包まれる。

アーシャ・スタッガルドは何とか防御しようとして、それが出来ないと悟るとその顔を絶望で染めた。

この魔法を使うのは、2度目だ。

悪魔に対して、この魔法は非常に有効であった。


「いや、いや、止めてっ! 止めてよっ!!? 消えてしまう、あの人が、あの子(・・・)がっ! やめて、奪わないでっ、スレイ、スレイヤっ!!」


アーシャ・スタッガルドは焔に包まれながら、必死に懇願した。

けれど、俺が魔法を止める事はない。


「……恨んで、憎んで、赦さなくていいですよ。僕は貴方にそれだけの事をしたのだから」


俺は自分の望み、兄様やアシュレイの為にアーシャ・スタッガルドを犠牲にした。

それは間違いなく咎められるべき事であるし、赦されない事だ。


「やめ、やめて……スレイヤ、奪わないで、……レイアス……」


アーシャ・スタッガルドに根付いた悪魔を燃やし尽くしたのか、糸が切れたかのようにパタリと床に倒れた。

俺はアーシャ・スタッガルドを運ぶ為に、彼女にそっと近付く。


「⎯⎯彼女に触るな」


伸ばした腕を、男の声で俺は止めた。


「スタッガルド将軍……早いですね」


将軍は祭壇の奥、裏口からその姿を見せた。

既に就寝していたのだろう、寝着にガウンを纏っただけの姿であった。

そして何より、以前は身に付けていた眼帯をつけてはいなかった。

俺の背中に、冷たい汗が流れる。


次は将軍との闘いになるのかな……話を聞いてくれるといいんだけど。


「……別に貴殿と事を構える気はない。悪魔に取り憑かれる人間には、破滅しかない。アーシャは……彼女は命があるだけましだろう」


将軍はアーシャ・スタッガルドの頬を伝う涙を拭うと、そのまま彼女を抱き上げた。

此方から将軍の表情は見えない。

本心からそう思っているのかは、判断しがたかった。


「……ずっと見ていたんですか?」


将軍の口振りからすると、今来たばかりではないようだ。


「アレだけ派手に暴れればな……私は彼女の気持ちが、痛い程によく分かる。私も同じ思いを抱いているのだから……だが、アシュレイの気持ちも分かるからな……スレイヤは私にとってもかけ換えのない友であった────だから、決して感謝などしない」


「……当然です。貴方達にはその権利があります」


将軍の言葉に俺は頷いた。


当然だ。

俺は、アーシャ・スタッガルドの大切なものを奪った。


「……もう夜中だ。貴殿の親も心配するだろう。早く外に居る者(・・・・・)と共に帰るといい」


「……外?」


俺は首を傾げて、入ってきた扉を見る。


誰か外に居るのか?


「……アシュレイの、あの子の親としては感謝している。私はずっとアーシャにも、あの子にも何もしてやるが出来なかったのだから……」


将軍はそう俺に言い残すと、アーシャ・スタッガルドを抱き抱えたまま裏口から出ていった。

その背中はひどく寂しそうだ。


「……俺も帰ろう」


あの家に。

母様達の所に。


俺は入ってきた扉から外へと出た。









◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆









此処に入る直前はポタポタと降る位であったのに、いつの間にかザーザー降りへと変わっていた。


「…………外に居るって、兄様の事だったんですか」


扉の横に立っていたのは兄様だった。

雨に濡れるのも構わずに、教会の壁へと背を預けていた。


「……リューが心配でね。迎えに来たんだ」


「そう……ですか」


「うん」


兄様は俺に何も言わないし、聞かなかった。

そのまま2人の中に、沈黙が流れる。


「……帰りましょうか?」


「そうだね……帰ろう」


俺達はその後言葉を交わす事なく、屋敷へと2人で帰ったのであった。



明日はお休みです。

土日が過ぎるのって早いですよね( TДT)

エピローグ的なのを挟んで、閑話と番外編へ。

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