23話 血罪
最後の方は別視点です。
「リュー君、大丈夫? 最近、学校から帰っても疲れた顔をしてるけど……」
食後、ぼぅっとしているといつの間にか母様が此方を心配そうに覗き込んでいた。
「大丈夫です……ちょっと眠いだけですよ」
「そう? リュー君がそんなになるなんて、珍しいね。やっぱり周りとは2歳も離れてるし、ついていくのは大変なのかしら?」
母様は俺の前髪をかきあげて額に手をあてると、熱が無いかを確認した。
「……いえ、そういうわけではないです。……実技の先生が代わって……その先生がとても真面目な方なだけです」
そう、真面目なだけだ。
打ち合いの中、俺に余裕があるのが分かるのだろう。
本気で剣を打ち込んで来る。
そのせいで帰宅後も体力を残していた俺は、今ではヘトヘトになってぼぅっとする事も多くなっている。
「リュート、あまり無理はしないようにしなさい。ただでさえ、お前は周囲より2年も幼いんだ。疲れが溜まるようなら、たまには学校を休んでも構わない」
今まで俺と母様のやり取りを見守っていた父様が、俺を優しく諭す。
俺の事を心配している事がその表情からありありと分かり、それがほんの少しくすぐったく感じた。
「……はい、体調が悪い時はそうします」
「……悪くなる前に休めと言ってるんだがな……お前は少し負けず嫌いが過ぎるな」
俺の曖昧な返事の真意を読み取ったのか、父様は苦笑いを浮かべると俺の髪をくしゃりと撫でた。
う……、自覚はしてるよ。
俺は自尊心が強いせいか、時々融通がきかない。
体力的に考えると休んだ方がいいのは頭では分かっているが、ここで休むのは何だか負けな気がして引くに引けない。
全く持って面倒な性格だと思う。
「ふふっ、そこがリュー君の良いところでもあるんですよ、ヴィンセント様? たまに心配にもなりますが、リュー君はとっても真面目な私達の自慢の子です!」
「……そうだな、私達の自慢の子だ。けれど、本当に無理はしないように。私達はお前が倒れてしまう事が何より心配だ」
母様と父様が冗談ではなく、真面目に話すから。
俺は気恥ずかしさで、顔を上げる事が出来なかった。
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「っ!!?」
木剣であるにもかかわらず岩でも砕けそうな重い一撃を、威力を殺すことでなんとかやり過ごす。
「流石に、ちょっと大人気ないんじゃ、ないですか?」
俺は荒い息を吐きながら、眼前の相手に皮肉気な笑みを無理矢理浮かべた。
「………は、まだ、余裕があるようだな?」
しかし、俺のそんな態度が癪に触ったのか、キリリィク・ブロウルは笑みを深めると木剣を振り下ろした。
その日も結局、負けないように手を尽くすのがギリギリで、相手を負かす事なく何時も通り授業は終わった。
「……リュート・ウェルザック、話がある。着いてこい」
「……何でしょうか、ブロウル先生?」
だが、その日は何時もとは違い、息を整えている俺に声がかけられた。
何だ?
もしかして、ロゼアンナ・ディールと同様にアシュレイと関わるなとか言うつもりなのか?
俺は警戒をしながらも、ユリア達に先に行くように促し、キリリィク・ブロウルの後へと続いた。
「……そう、警戒するな。不本意だが、貴様とアシュレイの交友を止めるつもりはない。アシュレイも幼い頃から軍に入り浸っていたせいで、今まで同年代の友人は居なかったからな」
人気の少ない教室に共に入ると、キリリィク・ブロウルはその口を開いた。
「そう、ですか……僕も止めるつもりは無かったので、それは良かったです」
キリリィク・ブロウルの発言には肩透かしを喰らったが、俺はその言葉に引っ掛かりを覚えた。
……止められないのは良かったが、今のはどういう意味だ?
「それは「だが、アレとの事は断じて認められない」……そうですか」
俺の言葉を遮り聞こえてきたのは、ある意味予想していた言葉だった。
そりゃ、そうか……まぁ、分かってはいたけれど。
「でも貴殿方にその資格はありませんよ? 全部、アシュレイ自身が決める事です」
「…………それは、分かっている」
俺の言葉にキリリィク・ブロウルは、苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。
「……そんなに、憎いですか? 兄様には罪はないのに?」
俺はずっと聞いたかったことを、キリリィク・ブロウルに尋ねた。
キリリィク・ブロウルは大人気ないとは思うが、根っからの悪人ではない。
彼だって、本当は分かっている筈だ。
彼等の気持ちも理解できるが、どうしても許す事は出来ないのだろうか?
それが兄様やアシュレイにとって、最善の道の筈なのに。
「……そうだな、もし僕が関係ない……縁も所縁もない立場だったら、大人達にそう諭す事だろう……けれど、そう言えるのは僕が第三者の立場だったらの話だ……姉上は全てを奪われ、汚名まで被せられた……その女の血を引くアレをどうして許せるというのか。許せる筈がない!」
キリリィク・ブロウルの血反吐を吐くようなその叫びで分かった。
分かってしまった。
キリリィク・ブロウルが兄様を許し、認める事は絶対にない、と。
「……だとしても、僕はアシュレイと兄様を離れさせるつもりはありませんよ」
キリリィク・ブロウルの目的は何なんだろうか?
俺にアシュレイを兄様から引き離すように言われたところで、俺が言うことを素直に聞くわけがない。
それはキリリィク・ブロウルも承知の上だろう。
ならば、一体何の為に俺をこんな場所に連れ出したのか?
「……だろうな。貴様に言いたかったのは、それではない」
「なら、何なんですか?」
「……貴様は警戒しているようだが、私は別にアレを殺すつもりはない。殺したい程、憎んではいるがな」
「……本当に?」
キリリィク・ブロウルの言葉は、俺にとって意外なものであった。
だが、それを素直に信じる程、俺は純粋培養ではない。
キリリィクの兄様を見る目には確かな殺意があった。
俺は普段は透過させているモノクル型の魔導具を、気付かれないように起動した。
「嘘を言ってどうする……アレはこの世で最も憎い女の血を引いてはいるが、あの人の子供でもあるからな……殺す事は出来ない。それはジーク様も同じだろう」
キリリィク・ブロウルの魔力は、夕焼けのようなオレンジ色だった。
この魔導具は嘘発見機ではないが、魔力は感情に影響されやすい。
そしてキリリィク・ブロウルの魔力をじっと観察するが、一切の揺らぎはない。
どうやら、その言葉は本心のようだ。
それでも今のところは、としか言いようがないが。
「そうであるのならいいです。貴方の気持ちが変わらない事を、僕は願うだけです」
敵にまわるというのなら、その時は俺が相手になるだけだ。
「……話はそれだけだ。もう、行くといい」
「それでは失礼します……」
聞きたかった事は聞けた。
ならば、長居は不要だ。
俺はキリリィク・ブロウルに背を向けた。
「それと……兄様は、レイアス・ウェルザックですよ。アレではありません」
俺は最後にそう言い残し、教室を後にした。
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「…………そんな事は知っている」
規格外の強さを持つ子供の背を目で追いながら、独り言ちた。
「だが、レイアスはあの子のものだ……あの子の」
あの子供はまだ幼い。
だから、あんなに真っ直ぐに物を言えるのだ。
もう何年も前、あの人が生きていた頃は良かった。
姉上も幸せそうに笑い、ジーク様もよく笑う方だった。
他人から見たなら過酷な環境ではあったが、僕には何より輝いて尊いように思えた。
けれど、そんなものは一瞬で崩れ去るのだ。
あの子供は自分がいかにめぐまれているのかを、理解していない。
「僕は絶対に赦さない……あの人を、姉上の大切なものを壊したあの女も……」
あの子供に出会って、アシュレイは楽しそうに笑うようになった。
いい変化だと言えるだろう。
あの子供も、アシュレイを裏切るような事はない筈だ。
だから、今は見守る事しか出来ない。
僕達の時のようにならない為に。
願わくば、あの小さな友情が少しでも永く続くことを祈るばかりだ。