06話 手加減
「ちょっと、リュート君。本気!? アシュレイ様は剣術の天才だよ!? チートなんだよ!? 絶対危ないよっ!」
俺がアシュレイの申し出を受けたことに、ユリアは動揺し、また止めるように言った。
……まぁ、普通はそうだよな。
この授業では、魔法の使用は認められていない。
ジュナンの時とは訳が違う。
つまり、身体能力が勝敗に多分に影響してくる。
俺とアシュレイとの体格差を考えれば、ユリアの心配も頷ける。
しかし────
「問題ないですよ。剣術は身体能力だけで、決まるわけではないですから。技術で何とかしますよ。それに僕も公爵家として、無様な真似をするつもりはありません。……今後の事を考えると、引き分けくらいに持ち込む位がいいでしょうか?」
ここで俺が勝ってしまうと、益々関係が悪化してしまうだろう。
だからと言って、負けるつもりも毛頭ない。
「……何か心配して損した気分。というか、リュート君って結構負けず嫌いだよね?」
ユリアはヤレヤレといった風に、溜め息をついた。
……何か、腐王女にやられるとムカつくな。
普段は、俺が散々苦労をかけさせられてるんですけど?
「別に負けず嫌い何かじゃありませんよ? ただ、態々負ける必要もないだけです」
「負けず嫌いは前世からかもねー。敗北したことが無いからこそ、そっちには回りたくないのかな?」
「…………」
俺が違うと言っても、ユリアは聞く耳を持たない。
俺はこれまでの経験則から、これ以上言うのは諦めた。
この1年で、腐王女との付き合いにも慣れてきた。
この王女は、存外頑固だ。
腐った趣味についても、俺がいくら燃やしても何度でも書き上げてくる。
腐魂は、今世でも不滅のようだ。
俺も諦めて、1人でコッソリやってる分には放って置くことにした。
俺の精神衛生上、これ以上腐った妄想に触れるのはよろしくないのだ。
「リュート・ウェルザック、アシュレイ・スタッガルド前へ!」
そうこうしているうちに、俺達の番が回ってきたようだ。
周囲のクラスメイトが、俺達に好奇の眼差しを向けているのが分かる。
初日に揉めたのもあるから、その続きだとでも考えているのだろう。
「本気でいくぞ!」
アシュレイが剣を構える。
その姿はとてもさまになっていて、一朝一夕の努力ではこうはならないだろう。
まだ未熟な面もあるとはいえ、その剣には天賦のものがあった。
「僕も負けるつもりはありません」
俺も、アシュレイに合わせて剣を構える。
「始め!」
教官の声を皮切りに、俺達は動き始めた。
「くっ!」
開始早々、木剣同士が激しくぶつかり合った。
予想以上に重い一撃に、俺は数歩下がって威力を受け流した。
だが、それだけでは終わらない。
「小さい体で何処まで持つかな」
次々に浴びせられる剣撃に、俺は防戦一方になった。
……凄まじいな。
攻略対象者ってのは、伊達じゃないってことか。
「防戦一方かよ!?」
アシュレイの苛立った声が、場内に響く。
俺はアシュレイに攻撃を入れることなく、ヒラリヒラリと躱したり、受け流したりを繰り返していた。
俺の理想は、引き分け。
このまま時間一杯まで、引き延ばさせて貰おう。
俺は本気を出すつもりはなかった。
本気のアシュレイに対して、手加減を加えていた。
つまり、アシュレイ・スタッガルトに対して、本気で向き合ってはいなかったのだ。
そろそろ、かな……?
授業の時間や、他の組の対戦の時間を考えると、そろそろ終了の声がかけられる事だろう。
チラリと視線を向けると、教官が手を挙げて終了の声をかけようとしていたところだった。
終わりだな。
無難に終わ───
「ふざけるなっ!!!!」
教官の声を、打ち消すような怒号だった。
その表情は怒りに満ちており、俺を一心に睨み付けていた。
「……え?」
俺は何故そのような感情をぶつけられるのか分からず、一瞬キョトンとしてしまう。
……何故?
何でこんなに怒ってるんだ?
「お前も、お前も俺を愚弄するのか!? リュート・ウェルザック!!」
アシュレイは叫んだ。
以前の八つ当たりとは違う、確かな怒りを伴って。




