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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
喪失の章

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〈3〉それでも側に

「――なわけですよ。それでですね――」


 その話し声を聞くだけならば、一方的な会話に思えただろう。けれど、これは双方の『会話』なのである。


 ここは王城の奥深く、王女パルティナの居住棟であった。まだ八歳の幼い姫は、愛らしい瞳を見開いてその会話に聞き入っていた。そうして、時折大きく相槌を打つ。そのたびに柔らかな銀髪が揺れた。

 そんな何気ない様子を、パルティナことパールの護衛である青年カルソニーは必死で感情を抑えながら見守るのであった。


 パールと会話しているのは、海軍少佐でありながらも気が抜けるほどに穏やかな空気を持つ青年、エルナトルだった。彼の話に耳を傾け、笑顔を見せる。そんなパールにカルソニーは泣き出したいような気分になるのだ。


 ああしていると健やかに見える姫だが、少し前に心に傷を負い、声が出なくなってしまったのだ。それからというもの、部屋にこもりがちなのである。大好きだった兄王子たちにさえ、進んで会おうとはしない。特に、その事件を思い起こさせる王太子ルナクレスの顔を見るだけで取り乱してしまうのだ。


 ルナクレス王子も被害者であり、彼のせいではないのだとわかってはいても、こればかりは心因性のものであって、当人にもどうにもならぬことなのだろう。ルナクレス王子が去った後、パールが寂しげに涙をこぼす様に、カルソニーは無力感を噛み締めるのみであった。


 パールと二人でいる時間がほとんどであるけれど、こうして来客がいることもある。

 例えば、第二王子のコーランデル――彼はパールと同腹の兄である。

 王や王妃がやって来ることもある。

 それから、ルナクレス王子の護衛隊の少女リジアーナ。女性であるためか、パールも彼女だけは受け入れられるようだ。そうして、彼女はパールの状態を主に伝えてくれているのだろう。


 そして、このエルナトルだ。

 彼はカルソニーの友人である。昇級してカルソニーよりも階級は上なのだが、それでも偉ぶったところなどなく、いつでも気さくだった。そんな友人に、いつも救われる。

 エルナトル――エルナはいつも優しい。気遣いのできる人間だ。

 だからこそ、幼いパールのこの状態に心を痛め、見舞ってくれる。それが衒いもなく素の心であるからこそ、パールも笑っていられるのだ。


 そして、エルナが心配するのはパールだけではなく、無力感を噛み締めて過ごすカルソニーのことでもある。カルソニー自身がそれを感じるからこそ、エルナの細やかさに救われるのだった。


 楽しく話をして、パールはあたたかな日差しの差し込む窓際のソファーで気付けばうたた寝を始めていた。エルナは人差し指を口もとに添え、カルソニーに苦笑する。カルソニーもホッとひと息つくのだった。

 エルナはソファーを離れ、テーブルのそばでカルソニーが腰かけている向かいの椅子をそっと引いた。そこへ座った友人に、カルソニーは小さくつぶやく。


「エルナ、君が羨ましいよ。僕ではあんな風に笑わせて差し上げることはできないから」


 傷付いた幼い主に安らぎを与えたいのに、どうしても腫れ物を扱うように接してしまう。要らない力が入って、強張った表情しかできない。逆にパールに気を遣わせてしまっている気がしてならない。

 エルナのように自然体で穏やかに接することができたらよかったのに。そう感じてしまうカルソニーに、エルナは困ったような表情を見せた。


「姫様は少しずつでも回復されていると思うな。お前もあんまり思い詰めるなよ?」


 けれど、あの時、一番肝心な時にそばにいられなかった。護衛でありながら、その心を守れなかった。

 この事実は、生涯忘れることなどできない。

 うなずくことさえできないでいたカルソニーに、エルナは嘆息する。


「お前、縁談も断ったんだろ」


 そんなことと言ってしまっては相手に失礼だけれど、今のカルソニーにとっては小さなことでしかない。


「パール様がこんな状態なのに別の誰かのことなんて考えられない。相手に申し訳ないから」


 そうかぁ、とエルナは穏やかに言った。納得しているのかどうかもわかりづらい。していないのかもしれないけれど、エルナは人を追い詰めるような言動はしないのだ。


 本当はわかっている。自分にできることなんてそう多くない。

 ただ、そばにいることしかできない、そんな役立たずの自分だ。

 けれど、それすら許されない人もいる。それを思えば、自分はまだ恵まれているのだろう。


「今日はありがとう」


 カルソニーが改めて礼を言うと、エルナは気が抜けるほどに穏やかな笑顔でうんと言ってうなずいた。

 

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