《2》生き写し
スピネルが誰の目にも付くようにルナスを迎えにやって来た。
そこへ行き着くまでに、スピネルは王太子殿下の次の誕生祝賀会に着用する服を選んで頂くのだと触れ回って来た。この場へ持ち込むこともできないほどの品揃えであるから、一度自宅に招いてお選び頂くのだと。
スピネルの邸宅は王都の中にある。いかにルナスが居室から外へ出ないと思わせていたとしても、この至近距離ならばそう疑われることもなく外へ出られる。
実際、断りを入れた王からの返答は好きにしろとそれだけであった。スペッサルティンが黙ってルナスを泳がせておくのは、いない方がコーラルに近付きやすくなるからだろうか。コーラルならば大丈夫だと信じて、今は自分のすべきことをするしかないとルナスは心を決めた。
今回の旅に同行するのは、デューク、アルバ、リィアの三人の護衛に加え、文官見習いレイルである。眼鏡をかけ、真面目そのものといった風貌のレイルだが、実のところその正体は不明というとんでもない存在である。ただし、ルナスの敵ではない。今はその言葉を信じるしかない。
何かにつけて手助けをしてくれるのは確かなのだから。
そして、もう一人。
ジャスパー=ロームという厳つい中年男性である。
彼は王都のそばにある貧民窟のまとめ役であった。窃盗の罪により服役中であるのだが、ルナスの護衛隊に所属することとなり、上官の監視下でならば外へ出ることもできるようになった。
今回、ようやく彼をウヴァロに連れて行ってやろう、ともののついでのようだがそういう話の流れになったのだ。
ルナスの正体を知らない時は荒れ狂っていたジャスパーも、今では穏やかなほどであった。ウヴァロの面々から慕われている彼の本来の姿がそれなのだろう。
ルナスたち一行は、スピネルの邸宅へ向かう。その豪奢な佇まいに、貧しい暮らしをして来たジャスパーは顔を顰めたが、スピネルにも感謝していないわけではないので不快感を口に出すことはなかった。事実、この豪邸はスピネルの努力によって建てられたものでもあると理解したのかも知れない。
そうして、スピネルはルナスをそれはそれは嬉しそうに迎え入れると、彼の背を押して奥へと消えた。護衛たちは隣室で待たされることとなったのだが、しばらくして今までに聞いたこともないようなルナスの声が轟いた。
「そんなことは聞いていない!」
その怒気すら孕んだ声に、リィアはびくりと肩を跳ね上げ、それからおろおろと上官たちを見上げた。
「な、何があったのでしょうか? どうしましょう!?」
厳しい面持ちのデュークに対し、アルバはどこか苦笑気味だった。
「ここで待つしかないだろう?」
レイルもククク、と意地悪く笑っている。
「よっぽどな服を出されたんじゃないか?」
心配どころか、明らかに面白がっている。ひどい連中だ。
リィアとデュークは真剣にハラハラと隣室のルナスを心配した。時折聞こえる低く落とした声から、渋々納得したかのような様子が窺えた。きゃっきゃ、と楽しげな声がするのはスピネルの奥方だろうか。
「おかわいそうなルナス様……」
思わずそうつぶやきたくなったリィアだった。
ただ、だからといってどんな装いをしているのか、見たくないかといえば見たいに決まっているのだが。
それから、思った以上に長くかかった。さっと素早く着替えられないほど複雑な服なのだろうか。
リィアがやきもきしていると、隣室から再び声がする。
「いやぁ、やっぱり皆さんにも披露しないと」
「断る」
「あら、せっかくお綺麗にされているのですから、笑って下さいな」
「……」
護衛たちは顔を見合わせ、それから誘惑に負けた。
こっそりと部屋を出て、隣室の扉を少しだけ開く。縦に顔を並べてその隙間から中を覗くのであった。
そこにいたのは、スピネルと彼の可愛らしい奥方、そして――。
妖艶なまでの深紅に目を奪われる。大きく広がったその色は、ドレスの裾であった。
艶やかな長い黒髪を結い上げ、宝石の耳飾りとネックレスで輝きを増したその姿は、どこからどう見ても傾国の美女である。絶世と呼ぶべき美貌が振り返りざまにリィアと目が合う。
「……」
「……っ」
羞恥から染まる頬と心なし潤んだ瞳に皆が絶句した。
結局、彼らを代表してデュークが言えたことは、
「――そろそろ、行きましょうか?」
ただそれだけである。
その途端に、ルナスの中で何かが弾けてしまったようだ。見たこともないくらいに取り乱して騒いでいた。
「何も言われない方がかえって傷付く!!」
主が憐れになった一同は顔を見合わせてそれぞれに言うのだった。
「違和感がなさすぎです」
「実は女性だったりします?」
「似合いすぎて笑える」
本当に正直に言うなんて、と彼らのデリカシーのなさにリィアは呆然としてしまった。ジャスパーだけはちゃんと遠慮してくれた。
ルナスはどう見ても深く傷付いている。言われなくても傷付くけれど、言われても傷付くのである。
ふるふると震えているルナスのそばで、スピネルはのん気な声を出した。
「本当に殿下は母君に生き写しですね。あのお方も赤がよく似合った」
「スピネルさんはルナス様のお母様をご存知なのですか?」
リィアが思わず問うと、スピネルは嬉しそうにうなずいた。
「はい。と言っても、遠くから拝見したことがあるという程度ですが。絶世の美女でしたから、すべての男性の憧れの的であったと言っても過言ではありません」
ルナスの容姿を見るだけでそれは容易に想像できた。本当に綺麗な女性だったのだろう。
ただ、奥方の前で他の女性を褒め称えるのはいかがなものかとリィアは思う。可愛らしいスピネルの奥方のこめかみに青筋が浮いていたように見えた。
真の鬼畜はここにいた?
実はスピネルの最終目標はこれでした。女装させてみたかったんですね。その他はそのための前振りです(笑)
ちなみに奥さんは前回の登場時には怪しさを出すためにあんなでしたが、実際はただのおしどり夫婦です。
挿絵のイラストは結城様からの頂きものです。
私が描くよりも美人度が数段増しております。
おかげで女装させてみたかったスピネルの気持ちがよりおわかり頂けたかと(笑)
結城様、いつもありがとうございます!!




