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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
喪失の章

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〈1〉取引

 【喪失の章】は全25話になります。

 お付き合い頂けると幸いです。

 世界の片隅にひっそりと存在する島国の集まり、ブルーテ諸島。

 その六国のうちのひとつ、最大の国土と軍事力を持つ最北のペルシ王国。

 ――その国は今、中を蝕まれた大樹のようであった。小さな衝撃でさえ、この大樹を倒すには十分である。それほどまでに脆く、中は腐りうろとなり果てている。

 宰相であるスペッサルティンが実質上、王をも凌ぐ権限を持ち、王太子や他の王子たちさえも彼を排斥することはできない。


 それでも、すでに手遅れであると思いたくはない。

 王城の一角で、ルナスという愛称で側近たちに親しまれる王太子ルナクレスは宰相スペッサルティンに対抗するべく力を備える覚悟をした。


 隣国アリュルージへの侵略に対する賠償金を払い終え、ようやくペルシにも明るい兆しが見え始めたと思えたが、それは新たな幕開けに過ぎなかった。ルナスが自らが目指す軍事に頼らぬ国を作る時期を待っているように、スペッサルティンも同じように時を待ちわびていたのだ。

 着実に、水面下で蠢くように。

 そして、今になって自らの弊害となる者を排除しにかかった。スペッサルティンの思惑通りにことが運ばぬ時もあったが、彼の罠を乗り越えられぬ者もいた。


 すべてが後手に回るその前に、ルナスは諸侯の力を集めることを決めたのだ。

 まず、自らの祖父である前宰相ゼフィランサス――彼に会いに王国西部のフォラステロ領へ赴くのである。


 ただし、表立っての訪問はスペッサルティンに要らぬ警戒心を抱かせる。ここは秘密裏に行動したかった。

 そこでルナスが頼ったのは、商人スピネルである。

 各方面に顔が利き、その手腕は確かなものなのだ。表立ってルナスを連れ出す理由も何か考えてくれるのではないだろうかと。


 さっそく呼び寄せられたスピネルは、すでに何かの頼みごとをされる予感がしていたのか、ニコニコと上機嫌でやって来た。

 それを見た途端、ルナスはどうしようもなく不安になってしまった。けれど、後へは引けない。

 事情を説明すると、スピネルはうなずく。


「了解しました。手筈を整えさせて頂きますが――」


 ちらりとルナスを見るスピネルの視線に、ルナスはやはり寒気がする。

 スピネルはそれでも満面の笑みを浮かべた。


「その前に殿下、私の見立てた衣装を御身にまとって頂けますか?」


 ぐ、とルナスは一瞬言葉に詰まった。

 ルナスは民衆から『美しき盾』とからかい半分に呼ばれてしまうような、|

夭々《ようよう》たる美貌の持ち主である。艶やかに背中に流れる黒髪とぺリドットを思わせる若い緑の瞳、その中性的な容姿を飾り立てることがスピネルの楽しみなのだった。ただし、ルナスにとっては苦痛以外の何物でもない。


 それでも、一時我慢すれば済むことではある。そう思ってルナスは堪えるのだったが、今回のスピネルはいつもと少しだけ違った。

 わざとらしく小さく嘆息する。


「私も殿下にご不快な思いをさせてしまっていると気付いていないわけでもないのです。ただ、つい誘惑に勝てずにいるだけで」

「そう言いながらも勘弁してくれないんだから、お前もいい性格だよな」


 と、ルナスの護衛隊隊長のデュークがぼやく。右目に眼帯をした隻眼の青年で、剣と鞭とを使い分ける器用な軍人である。


「けれど、こちらも要求をする以上、無償というわけにはいかないでしょう?」


 そう淡々と返したのはデュークの副官、アルバである。副官でありながらもデュークの上を行く剣の腕前と図太い性格をしているのだが。

 スピネルはにこりと微笑んだ。


「まあ、今回で最後にしますよ。殿下は今後ご多忙を極められるはずですから、私の目の保養に付き合って下さるほどお暇でもないと思われますし」


 最後。

 その言葉にルナスは目を輝かせた。


「そうか、わかった」


 こくりとうなずくルナスに、護衛隊の新参兵であるリィアが笑顔を向けた。ふわりと波打つ髪をひとつにまとめ、女性らしい丸みを帯びた体を軍服で包んでいる。


「よかったですね、ルナス様」


 最初は毛を逆立てた仔猫のようだった彼女も、今ではすっかり打ち解けて笑顔を向けてくれる。男社会の軍に飛び込んだ彼女を心配し、ルナスは自らの権威の証として懐剣をリィアに下賜している。その懐剣があれば、多少の危険からは彼女を守れるだろうと思ってのことだった。


 それも彼女には余計なお世話のようだったけれど、それでもほうってはおけなかったのだ。

 次第に肩肘を張った様子もなくなり、自然体の彼女がルナスたちにとっては場を明るくする救いとなっている。 

 ルナスもこうした何気ない瞬間に、なんとも言えず柔らかな気持ちになるのだった。


 ほんわかとした空気の中に滲むスピネルの思惑に、この時点で不穏なものを感じ取ったのはアルバだけであったとか。

 それでも止めないのだからひどいものだ。


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