〈23〉先を見据えて
その翌日になって、ルナスは皆に今後のことを話すのだった。
大事な話であるため、外ではなく自室で落ち着いて他の者の耳になど入らぬようにとの配慮だ。
「今、状況はスペッサルティンの望む流れが出来上がっている」
皆、まばらにうなずく。レイルだけはどこか傍観している風に動かない。
「ベリルを失脚させるほどだ。本格的に彼が動き出したのなら、私もあまりゆっくりとしているわけにも行かない。それ故に、まずは祖父を訪ねようと思う」
「ルナス様の亡きご母堂様の父君、前宰相ゼフィランサス様ですか……」
アルバの声に、ルナスは深くうなずく。
「あまり表立って会いに行くのも憚られる。あくまで秘密裏にだ」
「確か、トリニタリオ領からフォラステロ領へ移住され、今は隠居されているのですよね?」
デュークも宙を眺めては思い出しつつ口を開く。
「そう。メーディの男爵家が管理する領地も道中にある。メーディの子息も今は領地で療養中と聞いた。よい機会だからそちらにも足を運びたい」
あの事件があってから、メーディの息子は体を壊して療養中だという。病身を理由に一度もルナスのもとへ顔を見せないことが、彼が何かを知っている理由なのではないかと思えてならなかった。
何か、難しい事態へと発展するのではないかとリィアは一抹の不安を滲ませながらルナスを見遣った。
そんなリィアに、ルナスはそっと微笑む。
「お祖父様にお会いするのは何年振りだろうか。そんな場合ではないけれど、少しだけ楽しみだ。フォラステロ領なら、リィアの生家もすぐそばだろう。余裕があれば寄ってもいいよ」
「ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げると、リィアは少し考えた。
「ところで、留守の間はどうされますか? 前のように留守番をしてくれる人はいませんよね」
以前はメーディとレイルがルナスが留守にしている間、そのことを覚られないように取り計らってくれていた。リィアがちらりとレイルを見遣ると、レイルは嫌な顔をした。
「なんだ、僕に留守番してろとでも言いたげだな?」
「だって……」
すると、アルバが嘆息した。
「今回は居留守もできないでしょう? 何かもっともらしい理由を作らないと。ルナス様が外出してもおかしくないような」
「アルバ、お前に何か案があるのか?」
デュークが訊ねると、アルバは肩をすくめた。
「案と言うよりも心当たりですかね。こういう時、頼りになる人がいるじゃないですか?」
その発言に、ルナスは苦笑した。
「スピネルか?」
「はい」
「ウヴァロの視察のことも話したい。一度、スピネルを呼ぼうか」
「もうそろそろジャスパーを連れて行ってやりたいですしね」
うなずくと、ルナスは複雑な面持ちを見せた。
「父上がスペッサルティンの意見に重きを置くのは、今に始まったことではない。それこそ、即位された時からと言ってもいい。それほどまでに、スペッサルティンは国に深く関わっている。私が改変を望むのならば避けては通れぬ壁だ」
その不安を取り払ってやりたくとも、こればかりは事実である。デュークも現実的にならざるを得なかったようだ。
「スペッサルティンは軍においても参謀……政にも軍事にも強力な権限があります。そうして、過去には数々の実績もあり、国内には支持者も多いですから、厄介は厄介ですね」
そんなやり取りに、リィアはふと心配になった。
「あの、宰相の狙いははっきりとしませんけど、ルナス様が留守の間にコーランデル様を抱き込むようなことになったらどうしましょう? コーランデル様を王位になんて考えていたら……」
すると、それに対してアルバは首を横に振った。
「そう簡単に懐柔される方でもないだろう。大体、スペッサルティンがそう動いたとしたら、今の俺たちには防ぎようがないな」
確かに、コーラルはルナスの言葉も聞き入れない。アルバにしてもそれは無理だろう。
「起こるか起こらないかという問題よりも、先にこちらを固めておいた方がいい。私にはいざという時にすぐに動いてもらえる後ろ盾が必要だから」
厳しい面持ちのルナスはそうつぶやく。そんな彼に、レイルは不敵に笑った。
「精々がんばってもらわないとな。王子様が王位に就かないと、せっかくの密約が無駄になるじゃないか」
アリュルージとの同盟。
それを夢で終わらせぬために。
「ああ、本当だね」
ルナスは力強く交わした握手と共にその約束事を噛み締めるのだった。
人と人との結び付きで国は平和を保てる。戦いなど必要ないと信じたい。
その想いを胸に、ルナスは動き出すのであった。
【 密約の章 ―了― 】
以上で【密約の章】終了です。
次章は2月9日開始予定です。
お付き合い頂けると幸いです。




