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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
密約の章

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〈22〉道しるべ

「宰相スペッサルティン、か――」


 ルナスの居室の円卓で、アルバはその名をつぶやいた。それに対し、ルナスは大きくうなずく。

 レイルはただクスリと笑った。


「ようやくその名に辿り着いたな。で、これからどう出るんだ?」


 そんな彼をデュークの隻眼が睨み付ける。


「どうもこうも、宰相の狙いがわからないだろ。ベリアール様を王位に就けることで実権を握るつもりでもなかったようだし……」

「現国王――父上がすでにスペッサルティンの意向を尊重している。実権はすでに握っているも同然だ。だとするのなら、どうなのだろう。彼の狙いはなんであるのか」


 と、ルナスは自らに言い聞かせるようにして声を漏らした。


「ベリアール様を切り捨てたように見せかけながら、後で呼び寄せるつもりなのでしょうか? それとも、真の狙いはコーランデル様?」


 何気なく呟いたリィアの言葉に、男性陣は瞠目した。


「コーランデル様だとすると、嫌な予感しかしない」

「ただ、そう易々と懐柔されるお方でもないだろう」


 デュークとアルバの言葉に、ルナスは押し黙って目を伏せた。リィアはそんなルナスを気遣わしげに見つめることしかできなかった。


 

 そうして、アリュルージの来賓たちが帰還する日がやって来た。港へと送り届ける馬車の前でルナスはグランと固く握手を交わして別れを惜しんでいる。そんな中、リトラの後ろにいたユーリに物言いたげな視線を送るリィアに、ユーリは気付いてくれた。にこりと綺麗に微笑むと、ユーリは夫へこう告げた。


「少しだけいいかな?」

「駄目だと言えば聞くのか?」

「違いないね」


 仏頂面のリトラにユーリは苦笑し、そうしてリィアの方へ歩み寄る。リィアは驚いて身構えてしまったけれど、ユーリは微笑んでいた。


「あまり時間はないけれど、少しだけなら話せる。君は何か私に訊きたいことがあるようだから」

「は、はい」


 リィアは緊張で紅潮する頬を押えながらユーリとほんの少しだけその場から遠ざかった。

 木々の側で、ユーリはぽつりと言う。


「ええと、君の名前は?」

「リジアーナ=ヴァーレンティンです」


 そう、とユーリはうなずいた。


「軍服を着ているということは女性ながらに軍人なのだね」


 美しい容姿とは不釣り合いな口調でユーリは言う。アイオラもそうだった。彼女もまた軍に身を置いているせいだろうか。


「あの、ユーリ様」


 思い切ってリィアは切り出す。時間がないのだから。

 ユーリの凛とした瞳がリィアに向けられた。その瞳にリィアは問う。


「あなたは今のご自分に納得されていますか?」

「え?」


 リィアの問いかけに、ユーリの方が唖然とした。そんな彼女にリィアは畳み掛ける。


「軍師としてのご自分と、妻であるご自分、どちらに強く幸せを感じますか?」

「それは――」


 意外なことにあの毅然とした姿勢が崩れ、戸惑いを見せる。


「どうか、お教え下さい! 夢を貫くことが幸せですか? それとも、好きな男性の妻になることの方が幸せですか?」


 感情が昂り、涙を滲ませるリィアに、ユーリは困惑しながらも答えるのだった。


「君のそうした迷いに私も覚えがあるよ。だからこそ、何かを言ってあげられたらいいのだけれど、私が参考になるかどうかは……。ただ、はっきりとどちらかと言えないことが答えであるのかも知れないね」

「どういう意味です?」

「うん、昔の私ならためらうことなく答えただろう。けれど今は、どちらとも言えない。どちらの自分にも幸せを感じているのだろうね」


 そう答えたその微笑は、輝くように美しかった。その答えが本心からであることを、リィアは疑うことなく受け入れる。


「好きな男性がいるのかな?」


 ユーリの言葉に、リィアは首がもげそうなほどかぶりを振った。


「そ、そうではありません! でも、結婚した方がいいって言われて……」

「どの選択でもいい。でも、それは他の誰でもない君自身の決断であるべきだ。たくさん悩んで答えを出すしかないよ」


 そうささやくと、ユーリはリィアの手を取った。細く長い指をした手はひやりと冷たい。


「がんばって。私も君が幸せをつかみ取ることを祈っているから」

「ありがとうございます」


 アイオラ中将を自分の理想に当てはめて憧れた。けれど、彼女には彼女なりの事情があった。浅はかなリィアの憧憬が、アイオラには皮肉なものであった。悪意などなかったけれど、傷付けてしまったのではないだろうかと心配になる。


 ユーリは一見して、すべてのものを手にしたような女性だ。

 それでもきっと、その道は険しかったのではないだろうか。

 平然と、何にも動じることなく強い自分を保ち続けることができるのは、それを支えてくれる存在がいるからなのかも知れない。


 そうして彼女たちは去ったけれど、リィアはそうしたユーリの姿をいつまでも忘れることはない。



 そうして後日、リィアは再びアイオラと遭遇した。

 会いたいとただ憧れていた時はそうそう会うこともなかったのに、一度会えた後はこうもあっさりと修練場へ続く道の先で行き会う。

 アイオラはリィアにはた、と目を留めた。この時のリィアの中にはひとつの答えがあった。だから、うろたえることもなく挨拶をしてから笑顔を浮かべて言った。


「わたし、いつかは中将に胸を張って語れる自分になれるように努力します。今はまだ何が正解かもわかりませんけど、しっかりと悩んで答えを探します」


 すると、アイオラはそっと優しく微笑んだ。


「そうか。私もその時を楽しみにしているよ」

「ありがとうございます――」


 晴れた空の下、リィアは清々しい気持ちであった。

  

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