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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
調停の章
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〈8〉怪しい行動

 リィアがアルバに手合わせを願い出たその翌日。リィアはあまりよく寝付けなかった。気が昂っていたせいだ。

 そして、眠れないままに朝を迎えた。その眠れない夜に、リィアは昨日の自分を恥ずかしく思った。

 仮にも上官に対する態度ではなかった。改めてひと言詫びるべきかも知れない。


 そう思い立ち、ベッドから起き上がる。寝衣を脱いで軍服に身を包み、髪をまとめた。兵舎の井戸で水を汲み上げて顔を洗うと気が引き締まる。

 まだ早朝だ。迷惑になるかも知れない。けれど、遅くなると軍務に差し障る。


 ただ、リィアはアルバの部屋など知らなかった。彼の居場所としての心当たりは、あの王子のところしかない。あまり気は進まないけれど、とりあえず近くまで行くことにした。

 そこにいるのならば謝る。いないようなら諦めて別の機会にする。そう決心してルナクレス王子の居住棟へ向かうのだった。



 まだ、城の侍従たちも動き出すか出さないかという時間だった。人はまばらだ。

 さすがに早すぎたかと思うけれど、とりあえずそのまま進んで行く。

 供廊アーケードを歩くと、朝の日差しと鳥のさえずりがのどかだった。この棟は、いつも穏やかな時間が流れているのだろう。ここの主によく似た雰囲気だ。


 軍事国家としての顔を持たない場所。


 ルナクレス王子の弟君二人は、積極的に軍事に関わるという。ペルシの王子としての責務を理解している。

 どうして、彼だけがああなのか。よりによって、王太子である彼だけが。


 すぐ下の第二王子は、ルナクレス王子と同年である。ほんの少しの差で、彼は王太子となった。

 これが逆であればよかったのだとささやく声を、当人は耳にしていないのだろうか。

 していたならば、もっと認められるように振舞うはずだ。



 考え出すときりがない。リィアは頭を振って思考を振るい落した。

 今は王子に会いに行くのではない。アルバに謝りに来たのだから。


 ただ、そんな時、リィアの視界で何かが動いた。青々とした茂みの裏だ。

 早朝のことだから、庭師辺りだろうと思った。けれど、その茂みから飛び出している後ろ頭は、庭師にしては背が高く、がっしりとして肩幅もあった。ふと、その人物が振り返る。


 リィアは何故だかとっさに供廊の柱の陰に隠れてしまった。そこからちらりと覗き見ると、それはリィアの上官であるデュークだった。

 ただ、すぐにそれと気付けなかったのは、服装のせいだ。軍服を着ていないのだ。


 早朝で、仕事前だと言えばそうなのだが、妙な違和感がある。普段着にしても地味だ。目立たないことを意識した服装に思えた。

 リィアが訝っていると、彼は小さな声で誰かを呼んだ。


「今なら大丈夫です。お早く」


 小さな声だけれど、鳥のさえずりくらいしか音がしない中でははっきりと聞き取れる。

 彼に従って、二人の人物が足音を忍ばせながらやって来た。

 一人はデュークと同じほどの長身。それは、リィアが探していたはずのアルバだった。


 ただ、アルバもまた目立たない格好だった。地味な茶色のベストを着込んでいる。そうして、二人に庇われている人物は――。

 こちらを振り向かなかった。


 けれど、あのひとつにまとめた艶やかな黒髪は、他の人物であるはずもない。彼らの主だ。

 その後姿もまた、落ち着いた色合いの粗末なものに見えた。

 明らかに、普通ではない。

 今から何が起こるのか。何を企んでいるのか、リィアは物陰で息を飲んだ。


 そうしていると、デュークはレンガの塀の一角に手を添え、少し上に押し上げるような動きをした。それから、そこを押す。すると、レンガの塀の一角がずれて奥へと動いた。レンガの塀は回転扉のように隙間を作り、三人はその中へと消えた。


 ただ、しんがりのアルバだけが最後に注意深く周囲を見渡し、リィアの方にも目を向けた気がする。リィアが身を硬くしてそれをやり過ごすと、アルバもまた塀の中へと潜った。

 しばらくそのまま身動きせず、リィアは冷や汗をかきながら考えた。


 王城には緊急用の隠し通路がいくつも存在する。その中のひとつがあれなのだろうか。

 だとするなら、あの三人はそれを使ってどこへ行ったというのだろう。

 この通路の先は、十中八九城下だ。城下だとして、そのどこへ向かったのか。


 あんな風に、人目をはばかって、変装までして向かう先はどこなのか。見当も付かない。

 ただ、きっと褒められたことではないのだろう。


 城の中から出て来ないはずの王子。それが、実際にはこうして居室を空にしている。

 本当は、いると思われていただけで留守であることが多かったのではないか――あれを目にした以上はそう思われた。


 あの王子が向かった先がどこであるのか。リィアは、それがひどく気になった。

 城下で身分を隠し、遊び惚けているのだろうか。そう考えると、どうしようもない嫌悪感が湧いた。


 そうして、かぶりを振る。

 さすがに、そんなことはないはずだ。そこまで落ちぶれているはずがない。

 ほんの少しだけ残っている希望の火を消してしまってはいけない。そう考え、リィアは決断した。


 一人うなずくと、三人が消えた塀に向かう。確か、デュークは上に向かって押し上げていた。

 同じようにリィアが塀を押すと、重たいながらも何か手ごたえがあった。そして、そっと押すと塀が動く。リィアはそこへ素早く滑り込んだ。すると、まず目に入ったのは、薄暗いレンガの壁にある張り紙だった。


 『戸締り忘れずに』


 ――忘れてる気がする。あっさり開いた。

 無用心な、とリィアは中にあった閂を彼らに代わってかけてやった。

 そうして、はるか上方にある穴から差し込む光が照らす中、リィアはその通路を進むのだった。

 

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