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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
密約の章

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〈20〉兄たちと

 そうして、アリュルージの三人は自分たちに用意された王城の部屋へと戻って行った。

 そこで、ずっと押し黙っていたレイルが吐き捨てるように言った。


「あいつ――ユーリが言ったことは嘘じゃない。でも、胎のうちを全部吐露したわけでもない」


 ルナスにもそんな気はした。けれど、問い質したところで彼女は微笑と共に煙に巻くだけだっただろう。


「それはきっと、仕方のないことだよ」


 そうルナスがつぶやくと、レイルは顔をしかめた。そんな彼に、リィアが言う。


「レイルだって秘密主義じゃない。そんなこと言うならわたしたちにちゃんと自分のこと話してよ」

「それとこれとは話が別だ」

「別? 何その都合のいい話!」

「うるさいな」


 と、レイルはそっぽを向く。リィアは釈然としない風に嘆息すると、そうしてぽつりとつぶやく。


「あの方……ユーリさん、ですか? 強い女性ですね」

「お前みたいにうるさいだけじゃなくて、ちゃんと筋の通った強さだな」


 ぼそ、と言ったデュークと、隠れて笑ったアルバを睨みつつ、リィアは嘆息した。


「羨ましいな」

「え?」


 聞き取れるか聞き取れないかといった小さな声を耳聡く拾ったルナスに、リィアは慌てて両手を振った。


「あ、いえ、なんでもないんです」


 ルナスはそれ以上追及せず穏やかに微笑んだ。その心中はそう穏やかでもないのだが。



     ※ ※ ※



 翌日、ベリルに対する父王からの処罰が下された。

 王城から離れたクリオロ領の南東、いくつかある要塞のひとつ、エセフ砦での蟄居だった。この地は宰相スペッサルティンの生家がある地方である。作為を感じずにはいられなかった。


 もしこれが軍師を拉致したとされたのなら、王位継承権の剥奪にまで発展しただろう。そうならず、ただの醜聞で片付けたのだから刑は軽い。

 ただ、ベリルはやはり何も言わない。

 スペッサルティンが裏で何か手を回しているのだろうけれど。


 ベリルがスペッサルティンに心酔し、彼のやり方を信じているのならばまだいい。それがもし、裏切られて切り捨てられたのだとするのなら、どうだろう。

 あの虚ろな瞳は、絶望の証ではないだろうか。

 王城の一室に閉じ込められているベリルへの面会を、ルナスは父王に頼み込んだ。その時、スペッサルティンは傍らで言うのだった。


「ええ、ベリル様のお心をお慰め下さいませ。何も、悪意があってのことではないのですから」


 のうのうと、スペッサルティンはそう口にする。ルナスは一瞬表情をなくしてしまったけれど、それをすぐに取り繕って父王に告げる。


「では、お許し頂けますね」

「好きにせよ」


 仮面のように表情のない父王の顔。まるで興味など湧かぬように言い捨てる。

 息子のことであるのに、まるで一兵士の身に起こったことだとでも言うような様子だった。ルナスは寂寥を感じつつも拝礼する。そしてきびすを返した時、無言で控えていたコーラルが口を開いた。


「私も参ります」

「コーラル……」


 彼にとってもベリルは弟だ。それも当然のことかも知れない。

 スペッサルティンは二人に笑顔を向けた。


「出立まで時間がありませぬので、お急ぎ下さい」


 その底冷えする瞳に、ルナスは確信するのだった。

 メーディも、彼のささやきに心を支配されたのだと。



 ベリルが謹慎中の一室は、王城の小塔の一室であった。


「ベリル、入るよ」


 見張りの兵が開いた扉に、ルナスとコーラルは踏み入る。コーラルは、ここへ到達するまでルナスとひと言も口を利こうとはしなかった。

 部屋にぽつりと置かれた椅子に、ベリルは無気力に座り込んでいた。その様子に、ルナスは寒気を覚えた。


「ベリル」


 そっと気遣うように、壊れ物を扱うかのように弟を呼んだルナスを、コーラルの荒々しい靴音が追い越した。

 コーラルは無言のままでベリルの胸倉をつかみ、椅子から吊るし上げる。ヒッとベリルが小さく悲鳴を上げた。それでもコーラルは容赦などしなかった。牙をむく勢いで吐き捨てる。


「愚かな貴様など弟なものか。二度とその面を私に見せるな」


 怒りに震える声。ガタガタと震えるベリルに、コーラルのやり場のない感情が向かう。ベリルの怯えた瞳がコーラルの苛立ちを倍増させた。

 その振り上げられた拳がベリルの顔に沈められる直前に、パシリと大きな音を立ててルナスの白手袋の手がその拳を受け止めた。

 思いのほか力強いルナスの手に、コーラルは瞠目する。ルナスは弟たちに見せたことのない鋭い目を初めてコーラルに向けた。


「コーラル、君はこの程度のことでベリルを見捨てるのか?」


 それは、明らかなほどの怒気であった。その声は、はっきりと弟たちに届く。


「罪は罪。けれど、君がベリルの何を知っている? どんな事情があってのことなのか、それを聞きもせずに愚かだと決め付ける。それもまた愚かなことではないのか?」

「何を仰っているのですか?」


 コーラルは、同じ血が通った二人をまるで汚らわしいものでも見るかのような目で眺め、それからルナスの手を振り払った。それでも、ルナスはその怒りを静めなかった。


「ベリルは弟だ。君と、私の。それは何があろうとも変わらない」


 穏やかなはずの長兄が、猛々しい次兄に意見する。それが、自らのためであることにベリルは呆然としていた。ベリルもまた、この長兄を頼りないと馬鹿にして来たのだ。


「兄上、あなたはやはりどこまでも甘い。――これ以上、話すことなどない。失礼する」


 コーラルは唾棄するように言い放つと、颯爽とその部屋を去った。取り残されたルナスは、脱力して今にも倒れそうなベリルに向けて表情を和らげて見せた。せめて、安心させてあげることができれば、と。

 訊きたいことは山のようにあるけれど、それを問い詰めてしまえばベリルは壊れてしまいそうだった。だから、ルナスはそっとささやいた。


「ベリル、君にとって私は頼り甲斐のある兄ではないのだと思う」

「大兄上……」


 弱々しいその瞳は、ルナスの周囲を忙しなく動く。ルナスは、不安げに揺れるその目を直視するのではなく、そっと弟の体を支えるように抱き締めた。


「それでもね、私はずっとベリルと一緒に遊びたかったよ」


 王太子であるルナスと、次兄のコーラル。二人を意識するあまり、共に遊ばせようとしなかったベリルの母。ベリルは、いつもその母の意向を大事にした。そうして、二人とも距離を置いた。

 その本心は、どうであったのだろう。


 ぽろり、とこぼれた涙がルナスの首筋に落ちた。うめき声がルナスの艶やかな黒髪に絡む。

 ルナスは声を上げて泣く弟の背を摩り、大丈夫だと声をかけて慰めた。

 きっと、あの兵士はここでの会話をスペッサルティンに報告する。それがルナスにもベリルにもわかるからこそ、二人は多くの言葉を交わせなかった。

 それでも、ルナスはこの弟が希望を持って生きて行けることを願わずにはいられなかった。


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