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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
密約の章

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〈19〉密約

 そうして、主のいなくなった居住棟の前でルナスは立ち尽くしていた。そんな彼を心配する側近たちと、その場から動かないアリュルージの賓客がいる。

 グランは難しい面持ちで遠くを見つめ、リトラは腕の中のユーリだけを見つめている。彼の腕の中のユーリはというと――冷ややかなレイルの視線を感じたのか、急にぱちりとまぶたを開き、紅い瞳を見せた。


「……やっぱりな」


 レイルがぼそりとぼやいた。

 ユーリは周囲を窺うと、自分を抱きかかえる夫を押しのけるようにして起きた。


「ふぅ。もういいよ」


 険しい目をしているリトラにまるで頓着せず、ユーリは平然と立ち上がる。その様子は、弱々しく儚げに倒れてみせた先ほどとはまるで別人のようだった。


「お前ってやつは……」


 感情の整理がつかないといった様子のリトラに構わず、ユーリはグランに顔を向ける。


「勝手を致しました」

「ユーリ、お前の判断ならばそれでいい。けれど、これは一体どういうことだか説明だけはしてもらえるか?」


 ユーリはこくりとうなずくと、振り返ってルナスに目を向けた。

 ルナスは、その瞳の鮮烈さに一瞬圧倒された。女性でありながら、強く自分を持つ瞳だった。


「お初にお目にかかります、ルナクレス王太子殿下。私はアリュルージ軍軍師、ユーリ=マリアージュと申します」

「ベリルは私の弟だ。私にも知る権利はある。私にも話してはもらえないだろうか?」


 すると、ユーリは微笑んだ。

 けれどそれは、挑むような微笑であったように思う。


「もちろんです。ですが、ここでは……。場所を移してお話致しましょう」



 ルナスは自らの居室にアリュルージの三人を招いた。席に着いたのはルナスとグラン、ユーリの三人で、他の面々は円卓の周囲に立つ形となった。


「まず、今回のことは誰が裏で糸を引いていたのか、ルナクレス殿下はすでにお気付きでしょうか?」


 あまりにも直接的なユーリの言葉に、ルナスの方が困惑した。けれど、これを言わねば先へは進めない。だからこそ、ルナスは意を決してその名を口にする。


「……宰相スペッサルティン、か」


 すると、ユーリは再び微笑んだ。その表情は、先ほどよりも柔らかさを増したように思う。


「ええ、そうです。彼が私を自軍に引き入れるために画策したことでした。けれど、私が承諾するはずもなく、かと言って私を消してしまえばアリュルージ本国が黙っていません。話は大きくなり、収拾がつかなくなります。そこで利用されたのがベリアール様ですね」

「つまり、君は自分が無事に戻されるためには真相をおおやけにするわけには行かなかったということか」


 控えめに言うと、ユーリは苦笑した。


「ベリアール様を犠牲にしたとは仰らないのですか?」


 ユーリがあの場で真相を口にすれば、状況はこじれた。けれど、ベリルだけが犠牲にはならなかった。それも事実だ。けれど、ルナスはつぶやく。


「……ベリルに隙があった。それは否めない」


 そして、とルナスはまっすぐにユーリを見据えた。今度はユーリがその視線を受けて動きを止める。


「あなたは少なくとも自らの事情だけで動いている風には感じられない。もっと大局を見据えて動いている。そのために必要なことであったと私は認識した。そうではないだろうか?」


 ようやく、ユーリはホッと息をついた。たったそれだけのことだけれど、その場の空気が一変した。


「それがおわかりになるのであれば、あなた様は十分な目をお持ちです。安堵致しました」


 あの場でユーリが真相を口にしたところで、誰もスペッサルティンを追い詰めるだけの力を持たなかった。王に信頼される彼の権限は、今となっては王太子であるルナスよりも強いのだ。

 ことを荒立てれば、被害は増える。もし、ルナスが口を挟めば間違いなく巻き込まれたことであろう。


「彼は今後、この国の形を歪めてしまうかも知れません。それほどまでに、国に深く食い込んでしまっている。あなた様は王太子であらせられるのならば、彼を退ける力を持たねばなりません。そうしなければ、先はないのです」 


 ユーリの言葉は、ルナスだけに向けられたものではない。彼の背後に立つ者たちにもである。

 そんなルナスを支え、共に歩む覚悟をしろ、と。それが伝わるからこそ、デュークたちの表情も厳しく締まった。


「もちろんだ。私は私が思う平和な世へとこの国を導く義務がある」


 はっきりとしたその口調に、ユーリは納得したようだった。ユーリのそんな様子に、グランもうなずく。そして、言った。


「私もいずれ、王位を継ぐ人間です。だからこそ、あなた様のお気持ちをお察しします。私は、あなたのような方が王になる国ならば、我が国にとってもよい関係が築けると思うのです。まだ、お互いに王太子の身ですから、表立った結び付きは避けるべきかとは思います。ですから、今から申し上げることは秘密裏にお願い致します」


 ルナスは真剣なグランの言葉に大きくうなずいた。そうして、その先を待つ。


「まずは、ルナクレス王太子殿下――」

「はい」

「私の友人になっては頂けませんか?」

「え?」


 あまりに突拍子もない発言に、ルナスは思わず声を上げ、それを恥じ入るように小さく咳払いした。そんなルナスに、グランの瞳は優しかった。


「今は秘密裏に諸島の和平を目指す友人として――そして、お互いが王位を継いだ暁には確かな同盟を締結致しましょう。これは、密約です」


 そう言って悪戯っぽく笑うグランが、本来の彼なのかも知れないとルナスは思った。


「では、親愛の証として私のことはルナスとお呼び下さい。敬称も敬語も要りません。友人だと仰っていただけるのならば」


 グランはこくりとうなずく。


「了解したよ、ルナス――」


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