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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
密約の章

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〈18〉醜聞

 早朝、ルナスは妙な胸騒ぎと共に目を覚ました。

 例のアリュルージ軍師のことなど、解決していない問題があるせいだろう。仕方なくベッドから抜け出すと身支度を整えた。そうして居室の外へ出ると、明るい日差しの中で伸びをする。その瞬間に、またしても供廊アーケードからレイルが降って来るのだった。

 警備兵はそこかしこにいるはずなのだが、レイルにはザルのようなものなのだろうか。


「おい」

「ああ、昨晩はどうだった?」


 真剣な面持ちのルナスに、レイルは面倒くさそうに顔を歪めた。


「どうもこうもない。もうじきわかるだろうよ」

「それは一体……?」


 訊ね返したところでレイルは素早くかぶりを振った。


「僕に説明なんてできない。全部後手だ。もう、なるようにしかならない。黙って受け入れろ」


 唖然とするような言葉にルナスは再び問い返そうとしたけれど、それを感じ取ったのか、レイルは素早く身を翻して去ってしまった。



 デューク、アルバ、リィアの三人がそろうと、ルナスはレイルの言葉を三人に伝えた。


「それはまた……嫌な予感しかしませんね」

「ああ」


 アルバにルナスは深くうなずく。その時だった。

 去ったはずのレイルが気付けば戻っていた。


「おい、始まったぞ。急げ」

「ええ!? どういうこと?」


 リィアが慌てると、レイルは冷ややかに言った。


「説明してる暇なんかない。とにかくベリアールの居住棟だ」


 ルナスたちは顔を見合わせると走り出すのだった。



 息せき切って駆け付けたベリアールの居住棟には、数十人の兵士と宰相スペッサルティンの姿があった。彼らに囲まれるようにして、ベリルが今にも倒れそうな面持ちで立ち尽くしている。

 そうして、その居室の奥から連れ出されたのは、短いけれど美しいチェリーブロンドの髪をした麗人であった。生成りのローブをまとった上品な立ち姿に、兵士たちも一瞬息を飲む。


 彼女の紅玉のような瞳が一点に向けられた。

 ルナスが後ろを振り向くと、そこにはグラン王太子と武官のリトラの姿がある。

 彼女――ユーリはふわりふわりとした足取りで兵士たちの中を抜けると、彼らの方へ近付いた。とっさにリトラが駆け寄り、か細いその肩を抱く。そうして、ユーリは彼の腕の中に崩れ落ちた。


「……余程心細い思いをしていたのでしょうな。申し訳ないことです」


 スペッサルティンの声がグランに向けられた。グランは、スッと目を細めた。


「一体、これはどういうことですか?」


 すると、スペッサルティンは眉を下げて殊勝な声音で言うのだった。


「実は、ベリアール様のもとに見慣れぬ貴婦人がいるとの密告がありました。調べを進めると、それはあなた様の側近の夫人ではないかということに……。今後良好な関係を築いて行かねばならぬ両国間でこのような醜聞はあってはなりません。王は覚悟をされ、ベリアール様の居室に強制的に踏み込む許可を私に与えて下さいました。そうして、このような結果に――」


 ベリルは何も言わない。ただ、蒼白な面持ちでそこに存在するのみであった。

 真相を知るであろうユーリの意識はないようだ。夫の腕の中で身じろぎひとつしない。


「……ベリアール殿下、彼女が何者であるか知ってのことでしょうか?」


 鋭く向けられたグランの眼差しを、ベリルに受け止めることなどできなかった。浅く息を飲むと押し黙ってしまう。

 それを横目に、スペッサルティンは言う。


「殿下は人妻だと気付かれなかったのですよ。美しい女性ですから、後で気付いたとしても手放すのは惜しかったことでしょう」


 そうではなく、という言葉を誰も言えはしないのだ。


「リトラ=マリアージュ殿、ベリアール殿下は奥方に指一本触れてはおられぬそうです。どうか、ご寛恕下さい」


 スペッサルティンは、ユーリが軍師であると知らぬのだろうか。

 妻女を攫ったという醜聞と、軍師を拉致したという事実とではまるで意味合いが違う。

 むしろその事実を知るからこそ、スペッサルティンはユーリをリトラの妻である夫人として扱おうとしているのではないかと、ルナスにはそう感じられた。


 ルナスがスペッサルティンから感じ取るものは、常に底の見えない何かだ。

 彼は、この国の宰相として何を望み、国をどこへ導こうとするのか。

 その先が見えないのは、薄暗い闇の方へと向かっているからではないだろうか、とルナスは不意に寒気を感じてしまう。

 そんな中、スペッサルティンがベリルに声をかけた。


「さあ、殿下、とりあえずは王のもとでお話を。後のことはまた――」


 ベリルは、何も答えない。心が砕けてしまったかのように見えた。だから、ルナスは思わず声をかけた。


「ベリル!」


 兄の声に、ベリルは一度顔を向けたけれど、その瞳にルナスの姿は映っていなかったように思う。

 それはひどく虚ろで、世間のすべてを拒絶していた。

 スペッサルティンはルナスからベリルを隠すように間に立ち、ベリルの背に腕を回して去った。一瞬だけルナスに視線を向けたけれど、その目にぬくもりはなかった。

 グランに向け、スペッサルティンは謝意を込めた声を苦しげに絞り出す。


「グラン王太子殿下、また改めて王のお言葉をお伝えしに伺わせて頂きます」

「……了解した」


 ルナスもまた、兵士たちに囲まれた弟の背中を呆然と見つめ続けた。

 

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