〈15〉その真意
グラン王太子はその時、王城の室内にいた。そこは来賓のための客室であるのだが、その場所から一望できる風景の中には兵の訓練場も含まれている。ペルシが誇る軍事力の一端を印象付けようという狙いがそこには見えた。
ルナスがその部屋を訪れた時、廊下ですれ違った重臣たちはあまりいい顔をしなかった。それに気付かぬ振りをして扉を叩く。供はあの時と同じでデューク一人だ。
「グラン王子」
そう呼びかけた瞬間に、すぐに中から声が返る。
「ルナクレス王子ですね?」
名乗る前から気付いてくれた。ルナスはちらりとデュークを見遣ると続けた。
「よろしければ少々お時間を頂けませんか?」
「ええ、喜んで」
好意的な言葉の後に、グランが自ら扉を開いてくれた。
室内にはやはりあの目付きの悪い武官、リトラがいる。彼は今日も苛立たしげにしている風だった。
「ありがとうございます」
ルナスはそう微笑むと、デュークと共に中へと入った。
その途端に、何かこの前とは彼らの持つ空気が違うと思えた。リトラはその前からピリピリしていたけれど、その様子にも拍車がかかっている。グランも微笑んではいるけれど、何かが欠けている。そんな風にルナスには感じられた。
勧められるがままに席に着いたルナスは、ふと、リトラの長い指に目を留めた。そこには指輪がはまっている。それを見た瞬間に、レイルから得た情報を思い出し、彼の苛立ちの理由を察したのだった。
「リトラ殿は妻帯者なのですね」
そのひと言に、アリュルージの主従は表情をなくした。何気ないセリフに対するには過剰反応である。だからこそ、ルナスは確信するのであった。
「奥方は本国においでですか?」
わざとそうしたことを口にして、彼らの出方を待った。リトラは口を引き結び、答えようとはしない。自分が答えていいことではないと思ったのか、グランに視線を向ける。グランはふと口もとをつり上げて笑った。けれど、その目は険しくルナスを見据えている。
「彼の妻が何者であるのか、あなたはご存知のようだ」
「……軍師だというのは本当でしょうか?」
その発言に、リトラは牙をむくように歯を食いしばっていた。ルナスはリトラを刺激しないように努めて穏やかな声音を意識した。
「アリュルージ軍軍師――かの有名なラスタール=メトローナ殿はすでにお亡くなりになったと風の噂にお聞きしました。その後任がまさか女性とは……」
アリュルージにはかつて、伝説と謳われた名軍師がいた。けれど、それは過去の話であり、その軍師もすでに老いて死去したという。彼女は、その『伝説』から知識を継承された存在なのだろうか。
グランは静かに問う。
「先にお会いした時からご存知だったのですか?」
その問いに、ルナスはいいえとかぶりを振った。
「私が知ったのは昨晩です。……正直に申しますと、私は彼女の居場所を知っています」
途端に、二人は強張った顔をルナスに向けた。その張り詰めた空気に背後のデュークも張り詰めている。
「あなたが関わっておられたのですか?」
ルナスは再びかぶりを振る。
「そうではありませんが、私が知ることはすべてお話しますし彼女を取り戻すためにご協力致します。……ですから、虫のよいことを申しますが、この件を秘密裏に処理しては頂けないでしょうか?」
グランとリトラはルナスの言葉の裏を探るように顔を見合わせた。
「ようやく先の戦いから和平への道筋が見え始めたこの時に、我が国の者が貴国の軍師を拉致したとおおやけになれば、ただでは済みません。このままでは、その罪を被るのはきっと、私の大切な者なのです」
膝の上で握り締めたこぶしが震える。ルナスは言葉を重ねることしかできなかった。
そんな彼に、グランは慈しむような深い瞳を向けた。
「……我が軍師殿は先の戦いの折、我が国の情報が貴国へ漏洩していたと言うのです。その時も、実を言いますと内通者がおり、軍師である彼女を連れ去ろうとしたのです。未遂には終わりましたが、そのことが彼女にはずっと気がかりなようで、その首謀者が誰であったのかを探ろうとしていました」
当時、子供であったルナスのところまでは届いて来ないような機密だ。愕然として目をむく。
「そのようなことが……」
グランはうなずいた。
「捕らえた内通者も詳しいことは何も知らないようでした。……すでに済んだこと。戦いも終わり、状況も変わったのですから、それを蒸し返しても詮方ないこと――そう、思わなくはないのです。けれど、彼女は納得しませんでした。王太子であるあなたにこう言ってしまうのはためらわれますが、彼女の言い分は、それを突き詰めなければペルシが真にあの戦いを悔いているのかがわからない。それによって防衛の体勢をどうすべきか判断するのだと」
まさかとは思う。けれど、ルナスはその考えを口に出した。
「まさか、彼女はその首謀者を突き止めるためにわざと拉致されるような隙を見せたのですか?」
すると、リトラがひどく苦々しい面持ちで声を絞り出した。
「そうだと……思います」




