〈14〉確かめたいこと
「それはまた、とんでもないことに――」
翌朝になってレイルからユーリの正体を聞いたルナスは、愕然として顔を手で覆ってしまった。
「なんだ、あっさり信じるのか?」
レイルが呆れて言うと、アルバが眉間に皺を寄せてぽつりぽつりと語った。
「俺の父はあの戦いの時、海戦に参加していました。後方の甲板から先発の船がアリュルージの海域で転覆するさまを眺めるしかなかったって話ですが、ひとつ妙なことを言っていました」
「え?」
リィアも首をかしげる。アルバは続けた。
「丘の上から一人の少女がペルシ軍を見下ろしていたそうです。目撃者は何人かいるらしいのですが、もしやそれがその――」
言葉を曖昧に終わらせたアルバに、デュークは深く嘆息した。
「なあ、その軍師をベリアール様が拉致した。これはペルシ王国に戦意があると受け取られても仕方がないことだよな?」
ルナスは苦々しい面持ちで声を絞る。
「ようやく落ち着きかけた国家間に、再び漣程度でさえも波風を立たせてはいけない」
「……なあ、今、王子様が弟のところに出向いてユーリを救い出せば、その問題は解消できるよ」
あまりにもあっさりとレイルは言った。ただ、その途端にルナスの表情は凍り付く。
「そ、それはつまり、ベリアール様を……その……」
ユーリを拉致したのはベリアールの独断であったと、彼を犠牲にして許しを請う。そうすれば、国は救われるだろう。レイルはそれをほのめかしているのである。
「どうした? 何か迷うことがあるのか?」
淡々と、レイルは問い詰める。
「国と弟、大事なのはどっちだ?」
「レイル!!」
デュークの怒号に、レイルはにやりと笑って返す。
「ベリアールは自分で判断したんだろう。裏で何があったとしても、判断したのは当人だ。罪は罪。違うか?」
レイルはまるでルナスを試したかったとでも言うように、楽しげに見えた。彼の選択を楽しんでいる。
「どうせ不仲なんだからいいだろうに」
その一言に、ルナスは咎めるような目を一瞬レイルに向けた。けれど、すぐにその目を伏せて嘆息する。
「そうした手段しか残されていないのならば、そうするよりない。けれど、まだ回避できるのならば私はその手段を探そう」
すると、レイルはにやりと笑った。
「お手並み拝見といこうか」
護衛陣に睨まれても、レイルは動じない。
「……実際問題、どうされますか?」
アルバがそう訊ねると、ルナスは落ち着いて首肯した。
「まず、もう一度グラン殿下にお会いしようと思う」
「そんな悠長なことをしていると、間に合わなくなっても知らないからな」
ハッと吐き捨てるようにして言ったレイルに、ルナスはそっと微苦笑する。
「グラン王子にしてみても、軍師などという要人が消えたのなら、このまま捜さずにいるわけがない。けれど、私にはそのことをひと言も漏らされなかった。まずはグラン王子の考えを知らねばならないと思うよ」
グラン王太子がこの地へ出向いた理由とは、実際のところペルシの出方を見たかったのだと思われる。今後どのように動き、アリュルージにとって友好的な国へと生まれ変わるのかどうかを見極めに来たのだろう。
そこでアルバがぽつりとこぼした。
「……まさかとは思うのですが、その軍師は餌、なんてことは?」
「餌とはどういう意味ですか?」
リィアが訊ねると、アルバは神妙な面持ちで言った。
「アリュルージの軍師をペルシが捕らえたとすれば、各国は黙っていないでしょう。今度こそ、決定的に諸島の中で我が国は危険視されます。例えばレイヤーナがここへ攻め込んで来た時、アリュルージはペルシを滅ぼす手助けをするのではないでしょうか? 危険要素であるペルシを抑える口実ができた。それを作るため、軍師はわざと隙を作ったのかも知れません」
アリュルージ王太子来日の真の目的は、友好関係を築くことではなく、ペルシに対する防衛策を強固にするためのものであったということだろうか。
「そう、ですね。軍師なんて重要人物が護衛もなくフラフラと捕らえられる隙を与えたというのも、考えてみればおかしな話です」
デュークも腕を組んでそう唸る。
レイルはははは、と笑っていた。
「頭が痛いなぁ」
「そういう割には楽しそうじゃない」
ぼそりと言ったリィアの言葉は流されてしまったけれど、ルナスは室内に差し込む日差しの中でつぶやいた。
「やはり、まずは確かめねばならない」




