〈13〉囚われの麗人
その晩の出来事を、レイルはルナスに告げる。自分がこのまま秘密裏に動くよりも、ルナスがどう出るのかが知りたかったのかも知れない。
「ベリルのところに?」
柳眉を顰めるルナスにレイルはうなずく。
「ああ。あの状態でも怯えた様子も見せない不思議な女だったよ。しかもあれは人妻だな」
「えぇ!? よ、横恋慕ですか? 駄目ですよ、そんな!」
円卓をバシバシと叩いて慌てるリィアに、ルナス以外の全員が冷ややかな視線を送った。
「お前は少し黙ってろ」
ため息混じりに言うデュークに、リィアはムッとしつつも大人しく待つ。
アルバは少し思案すると言った。
「出してくれと言うのなら、ベリアール様はその女性を監禁していることになります。だとするのなら、ご自分の居住棟に閉じ込めておくのは危険ではないでしょうか? 発覚しても問題がない相手ではないようですし、もしかすると近いうちに場所を移されるつもりなのかも知れません」
「ベリルが……」
ルナスはどうにも腑に落ちない様子だった。レイルは鼻白んだ風に失笑する。
「僕が言うだけでは信用ならないか。それなら、弟を信じてやるといい」
その言葉に、ルナスはそっとかぶりを振る。
「レイルの言葉を疑っているわけではない。ただ、ベリルがそうしたことをすると考えるよりも、誰かに利用されているのではないかと思えてならないのだ」
「ああ……」
レイルも妙に納得してしまっていた。ルナスはスッと息を整え、音楽のように流麗な声で言う。
「まず、その女性が何者であるのか。彼女を監禁する目的は。そうすることでベリルにはどういった恩恵があるのか」
ふむ、とレイルは声をもらす。
「『例のヤツ』もメーディのジジイがいなくなって、王子様の命を握っているとは言えない状況になったからな。ベリアールを使って別方面から動き出したってことかもな」
皆がレイルの言葉にどきりとしたけれど、彼は不敵に笑って見せた。
「どうする、王子様? あんた、思った以上に早く危ないことになるかもよ?」
ルナスは厳しい面持ちでレイルを見つめた。
「私は私の想いを貫くだけだ」
「それが何よりも難しいって知ってるか?」
こくりとうなずくルナスに、レイルはもう何も言わなかった。そんなレイルに、デュークが噛み付きそうな目をして問う。
「お前はその背後に潜む人間が誰だか知っているんだろう? だったら、そいつを警戒すればいい。そいつは誰だ?」
問い詰められても、レイルは鼻で笑うだけだった。
「ことはそう単純じゃない。当人を張ったところで無駄じゃないか?」
ギリ、と奥歯を噛み締めるデュークに、レイルは飄々と言う。
「それにしても情報が少なすぎる。もう一度だけあの女と接触してみるか……」
「レイル、気を付けてくれ」
気遣うルナスの言葉に、レイルは失笑する。
「大丈夫、王子様の名前は出さないよ」
すると、ルナスは少し眉根を寄せた。
「そうではない。君自身、無理をしないようにと言っている。レイルは確かに秀でた能力を持つのかも知れないが、生身の人間であることに変わりはないのだから、怪我などせぬように」
強い口調にレイルは少し押されたようで、ためらいがちに小さく返すのだった。
「ああ」
※ ※ ※
その夜。
レイルは夜目の利く動物が立てる程度の音しかさせずにベリアールの居住棟の隣の木の上までやって来た。そこにはまた、彼女がいた。
「話はまとまったのですか?」
にこり、と彼女――ユーリは微笑む。この状況で笑うのだから、たおやかに見えても修羅場を潜って来たのかも知れない。話はまとまったのかと言うのなら、レイルの背後に相応の権力を持った人間がいることも承知の上のようだ。
「早くして頂かないと、少々面倒なことになるかも知れません」
「どういう意味だ?」
レイルが問うと、ユーリはふぅ、とわざとらしく嘆息した。
「実は私、とある方にお会いするためにここへ来たのですよ。その方にとって、私は利用価値のある人間のようで、こうして少々乱暴なお招きを受けてしまいましたけれど。まあ、私自身が危害を加えられる恐れはないのですが、ことがこじれてしまうその前に抜け出せたらと思うのです」
危害を加えられる恐れがないからこそ、こんなにも平然としているのか。
そう納得しかかったけれど、やはりそれだけでもない。ユーリは紅い瞳を煌かせ、強い光を持ってレイルに向けるのだった。
「あなたがどういった立場の方なのか、多分私は答えを知っています」
「は?」
唖然としたレイルに、ユーリは言う。
「そうですね、だからこそ、あなたにはお教えしておきましょうか。――私はアリュルージの人間なのですよ」
「それはまた……確かに面倒だな」
思わずそうぼやいた。賠償を終え、ようやく友好の兆しが見えた現段階で、アリュルージの人間を拉致したと知れたなら大問題だ。それも、アリュルージの王太子の滞在中に。
そこまで考えて、はたとレイルは気付く。
「あんた、もしかしてグラン王太子と一緒の船で来たのか?」
そう考えるのが自然だった。ユーリは静かにうなずく。
「そう。私は殿下と共にやって来たのですけれど、私の存在は非公式だったのですよ。私はただ、夫に付き添って来ただけですから」
「どういうことだ?」
「私の姿を見て、私に気付いた人はいたかも知れません。私に接触して来る人間の中に、私がどうしても会わねばならない人がいたのです。多少の危険は覚悟の上でしたが、ただ、ベリアール王子を巻き込んでしまったことが心苦しくはあるのです」
ベリアールは、自らの意志でユーリを監禁しているわけではないのだろうか。
話せば話すほどに、ユーリが謎めいて感じられた。だから、レイルは再び問う。
「結局のところ、あんたは何者だ?」
すると、ユーリは艶やかな唇で、その口から到底似合わない肩書きを述べるのだった。
「私はアリュルージ王国軍師。五年前の戦いにも私は深く関わっているのですよ――」




