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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
密約の章

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〈11〉心配の種

 その晩餐会の翌日、グランは本当にルナスの居住棟へやって来たのである。にこにこと友好的な笑顔で颯爽と。


 けれど、やはり供の青年はギラギラと獣のような瞳をしていた。その険しさに、デュークも睨み返したほどである。アルバとリィア、レイルは席を外している。グランが連れている護衛の数が一人であるのに、ルナスが大勢の家臣を侍らせているわけにもいかないのだ。


 ただ、この護衛たちは睨み合っているだけなのだが。

 そんな様子に気付いたグランは小さく嘆息すると、供の青年の脇腹を肘で小突いた。


「リトラ、お前にそういう顔をされると友好関係にひびが入る」


 主にそう言われてしまえば、彼もさすがに困惑した。


「……申し訳ありません」

「お前の不安もわかってはいる。けれど、ここは信じろ」

「はい……」


 そんなやり取りを、ルナスは真剣な面持ちで聞いていた。


「ここはあなた方にとっては危険極まりない場所なのかも知れません。そちらの武官の――リトラ殿が心配になるのも無理からぬことでしょう。けれど、ここは私の私室。私に害意はないと信じてはもらえぬでしょうか?」


 慇懃にルナスがそう頼むと、リトラはばつが悪そうな顔をした。


「あなた様を疑っているわけではありません。ご不快に感じられたのなら申し訳ありませんが」


 目付きは鋭いものの、礼節を弁えていないわけでもない。グランはルナスに苦笑を向けた。


「こちらにも少々込み入った事情があるのですよ。そのことが、このリトラの心配の種なのですが、まあ動き出したものは今更どうにもなりません。だから、どうかお気になさらず」


 気にするなと言う。

 確かに国の中枢にいる以上、常に心配事は尽きない。問題は、次から次へと起こるのだ。


「そうですね、了解致しました。こうしている時間は限りあるものです。せっかくグラン王子とお話できる貴重な時間ですから、私としても有意義に過ごしたいと思います」


 ルナスがそう答えると、グランは大器を思わせる笑みを見せた。


「やはりあなたは話のわかる方です」

「そう仰って頂けて光栄です。さあ、茶を運ばせますから、お座り下さい」


 促されるままに円卓に腰を据えたグランは、鷹揚な仕草で顎に指を添えた。そうして、まっすぐに正面に座ったルナスを中央の花瓶越しに見据える。


「あなたは面白い方ですね」

「え?」


 そのひと言に思わず首をかしげると、グランはクスクスと笑った。


「握手をした時、すぐにわかりましたよ。あなたの手は手袋で覆っていても硬かった。その手は剣を握り続けた人間のもの。優美に微笑み、荒事とは無縁だというお顔をされながらも、裏では剣術に勤しんでいるのですから、面白い方だと申したのですよ」


 ルナス当人よりも、背後のデュークの気配に警戒が滲む。だからこそ、ルナスは微笑した。


「それでも、私は剣術は嫌いです。剣術どころか、争いは嫌いです。そんなものはなくなればいい。武力で貴国に攻め入ったペルシの王太子がこのようなことを言ってはご不快かも知れませんが」


 それでも、これこそがルナスの本心である。グランもまた穏やかにうなずいた。


「あなたのそのお心が反映される国となったならば、それは素晴らしいことだと思いますよ」


 けれど、とグランは言葉を切る。その先を、今度はひどく険しい面持ちで口にするのだった。


「あなたにそれを成し遂げる力がおありでしょうか?」


 ざくりと、心の柔らかなところへ突き刺さる。けれど、ルナスは笑顔で答える。


「それが困難だということは承知しています。それでも、始める前から諦めてはいませんから」


 グランは小さくうなずく。


「貴国には、深い闇があります。それはまだくすぶり続け、五年前の戦いの時と変わりありません。あなたはまずそれを払い、戦わねばならないでしょう」


 この他国の王子は何を知っているのだろう。ルナスが知らない何かを知っている。そんな気がしてしまった。


「……そうですね。我が国の問題が内々で解決できなかったからこそ、貴国に多大な損害を与えてしまいました。今後二度とそのようなことにならぬよう、善処致します」

「あの戦を推進し、決定したのは王であったとされ、戦犯の引渡しはされませんでしたね」


 不意に鋭いひと言が発せられた。ルナスは口の中に苦いものが広がりつつもそれを飲み込む。


「ええ」


 ルナスがうなずくと、グランは言った。


「けれど、本当はどうであったのでしょう?」

「何を……」

「王にささやいたのは誰であったのか、ですよ。本当はおわかりなのではありませんか?」


 本当は。

 そう、わかっている。予感がある。

 言いよどんだルナスに、グランは苦笑する。


「少々性急すぎましたね。申し訳ありません。けれど、少なくともあなたは関わっておられないようだ。それだけはわかりました。ですから、この地において私はまずあなたを信ずることと致しましょう」

「グラン王子?」


 そうして、グランは組んだ手を円卓に乗せた。


「とりあえず、茶を頂きます。茶も飲まず熱心に話し込んでいたと思われると、あなたも後々やりづらいでしょう」


 やはり、聡明な方だとルナスも笑った。


「お気遣い、痛み入ります。では、すぐに」

「それから、私たちはもうしばらく滞在させて頂く予定なので、よろしくお願い致します。少しだけ騒がしいことになるやも知れませんが」


 グランがそう言った途端に、控えていたリトラが心底嫌そうに顔を歪めたのだった。


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