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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
密約の章

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〈10〉晩餐会

 アリュルージ王太子グランは数日間このペルシに滞在する予定だという。

 グランのための華やかな晩餐会には当然、王太子であるルナスも参加するのであった。コーラルとベリルもいる。けれど、パールは心労のため欠席である。


 どうやら、グランの妃は身重であるらしく、大事を取って国に残して来たのだそうだ。

 そんなわけで、晩餐会という場でありながら女性が少ない。王妃と側室であるベリルの母、公爵夫人や令嬢はいるものの、何か抜けたような印象であった。来賓側に女性が全くいないせいだろう。


 グランの供と言えば、必要以上に目付きの鋭い青年が控えているくらいである。デュークと同じ年頃であると思われるが、にこりともしない。まるで手負いの獣のような青年だが、主であるグランが敵国とも言うべきこの地にいるのだから、気が抜けないのは仕方がないのかも知れない。グラン以外のすべての人類は敵だとでも言いたげである。


 それでも、当のグランはにこやかであった。ルナスは楽曲の流れる絨毯の上を歩み、賓客を逆撫でしないようにほどよく隙を作ってのんびりと微笑んでみせた。


「グラン王子、私は第一王子のルナクレス=ぜフェン=ペルシと申します。お会いできて光栄です」


 差し出した手に、供の青年が射るような視線を向けた。けれど、ルナスは鈍感な振りをしてそちらに目を向けない。グランはそんな青年を苦笑気味に咎めるのだった。


「社交場でその顔は止めろ。失礼だぞ」

「その顔とは?」

「目だけで人を射殺せそうな顔だ」

「……」


 自覚がなかったのだろうか。青年は眉間の皺をようやく緩めた。

 グランは小さく嘆息すると、ルナスに向き直る。そうして、ルナスの白手袋をした手を握り締めた。


「供の者が不躾で申し訳ありません、ルナクレス王子。同じ王太子であるあなたとは、今後の国交をゆっくりとお話したいものです」


 キュッと力が込められる。にこやかなグランの表情に反し、その目は笑っていない。

 やはり彼は聡明だと、ルナスは内心で感じるのだった。

 あのお飾りの王太子が話したところでどうにもならない、周囲の目はそう語っていた。けれど、グランはルナスに何かを感じたのだろう。だからこその反応だ。


「ええ、是非にも。よろしければ明日にでも私の居室においで下さい」


 ほんわかとした空気を保ったまま、ルナスは微笑む。離れた手が、ゆっくりと下がった。


「それならば、お言葉に甘えさせて頂きます」


 周囲が何を言いたいのかはわかる。

 グランには、この国は賠償金を支払い終えた今でも豊かであり、統率の取れた国であるとアピールしたい。そんな狙いが、ペルシ側にはあるのだ。のん気な王太子の部屋で茶を飲ませたいとは誰も思っていない。

 けれど、ルナスは彼に軍事に力を入れるこの国の様子を見せたくはないのだ。だから、ここはとぼけておけばいい。


 コーラルがグランの供の青年とそう変わらないような視線をルナスに投げかけて来るけれど、今はそれに答えていられない。

 コーラルだけではなく、この場のすべての人間が二人の会話に注目していたと言ってもいいだろう。音楽も料理も、何もかもがまやかしのようだ。


 ただ一人例外があるとするのなら、それはベリルであった。

 どこか上の空で、果実の香付けをした水が入ったグラスを片手に窓辺に立っている。テラスに出るでもなく、ぼんやりと夜の空を見上げる姿は、彼らしくもなかった。

 その様子に、ルナスはやはり不安を覚えるのである。心ここにあらずといった具合のベリルに、ルナスはそっと近付く。


「ベリル?」


 背後から声をかけると、ベリルはルナスが思った以上の動揺を見せた。その手にしていた水を誤ってこぼしてしまう。水は、ベリルの礼服に染み込み、藍色を黒く深く変えた。


「すまない、驚かせたね」


 ルナスが謝意を示すと、ベリルは緩くかぶりを振った。


「いえ……」


 けれど、そのグラスを持つ手は微かに震えている。ルナスは目ざとくそれを拾ったけれど、追求してはいけないと判断した。


「ベリル、夜空は見とれるほどに美しかったのかい?」


 苦笑しつつそう訊ねてみると、ベリルは皮肉を込めたように顔を非対称に大きく歪めた。


「闇夜ですよ。大兄上の方がよほどお美しいかと」


 そう言って、ベリルはルナスの側をすり抜ける。その後で、係の者がベリルの塗れた礼服を拭き取ろうとするのだが、ベリルはそれを手で制した。そして、こっそりと退出する。着替えに向かったのだろうと思われた。


 けれど、ベリルはその後、再び晩餐会に顔を出すことはなかった。

 それでも、第三王子のベリル一人がいなくなったとて、どこにも影響など見当たらなかった。

 気にしていたのは、ルナスとベリルの母くらいのものではないかと思う。そうした立ち位置のベリルだからこそ、闇が広がるばかりの空を不安げに見上げていたのだろうか。


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