〈8〉リィアの悩み
「……何か、リィアの元気がないように見えるのだけれど?」
自らの居室の中、ルナスは円卓に伏せってため息ばかりをつくリィアを眺めつつ、こっそりと腹心の二人に言った。デュークとアルバも壁際でちらりとリィアの様子を窺う。
「食い過ぎじゃないですか?」
デュークはあっさりとそんなことを言う。真面目に考える気がなかったのかも知れない。
「なんでしょうね? まあ、考えられることはいくつかありますが、変な憶測をこじらせてしまう前に当人に訊いた方が手っ取り早いですよ」
アルバも平然とそんなことを言う。二人のデリカシーのなさに、話を振ったルナスの方が戸惑った。
「それは駄目だ。私たちに相談できることならばそうしているだろう。できないことだからこそ、ああして悩んでいるのではないか?」
「あいつ、そんなにデリケートですかね?」
と、デュークは密かにひどいことを言ったが、幸いにもリィアには聞こえていなかった。
アルバはひとつ嘆息する。
「まあ、あの調子が続くようならその時に考えましょう。放っておくというのもひとつの手ですよ。自分で解決できることに手を出しては、彼女のためにならないかも知れませんし」
その意見が真っ当であったので、ルナスはそれ以上何も言わなかった。小さく嘆息する。
「そう、だな」
「――王子様はリィアのことを気にしすぎじゃないのか?」
突然背後からレイルがつぶやいたので、ルナスは驚いて声を上げそうになった。とっさに口を押えて堪えたけれど、デュークがぎゃっとでかい声を出したので意味がなかった。
レイルはにやりと意地悪く笑っている。どうやら、アルバだけはレイルが音もなく室内に侵入して来たことに気付いていたようだ。
ぼうっとしていたリィアもデュークの声で我に返っていた。立ち上がって皆の方に顔を向ける。
「あれ? レイル、いつ来たの?」
「今」
平然と答える。それからレイルは再びルナスに顔を向けると、口の端をつり上げてから言った。
「王子様が考えなきゃいけないことはもっと他にあるんじゃないのか?」
「それはそうだけれど――」
と、ルナスは苦い顔付きになる。
事実、考えなければならないことはたくさんある。目下、最優先すべきはアリュルージからの賓客、グラン王太子のこと。間違ってもリィアではない。
「で、例のベリアール王子のことだけどな」
唐突にレイルがその名を口にする。ルナスはハッとしてレイルを直視した。
「ベリルは……」
「別に、普通だったぞ。姫のことも気にはしてて様子を見に行ったみたいだし」
その言葉にホッと胸を撫で下ろしたルナスだったけれど、レイルは厳しい面持ちで告げるのだった。
「少し覗いて来ただけだ。それが全部じゃない。だってな――」
くすり、とレイルは嗤う。
「もし僕が何かを画策するなら、あいつが一番利用しやすいと思うから」
思わず言葉に詰まったルナスを、デュークとアルバは心配そうに見遣った。リィアもそこに加わる。
「レイル、そんなにはっきり言っちゃ失礼でしょ?」
咎めるように言うけれど、そんなリィアにレイルは呆れたような目を向けた。
「言わないだけで思ってるなら同じだろ?」
「う。レイルって、素直で真面目でいい子だと思ってたのに、実はそんな性格だったなんて……」
すると、レイルはケケケと嫌な笑い声を立てた。
「お前にとったら、大人しくて弱々しい可愛い弟って扱いだったよな。おかしくておかしくて、時々吹きそうになったぞ」
「そ、それは……」
「俺のこと男だとか意識してなかっただろ。いきなり抱き付いたりして」
「そ、そんなことした?」
「した。武術大会の応援の時」
応援に夢中になっていて覚えていないのだろう。リィアは赤くなった顔を両手で隠すように包む。そんな彼女に、レイルは追い討ちをかけるのだった。
「お前、何気に出るとこ出てるよな」
次の瞬間にリィアは絶叫していた。甲高い声が室内を駆け巡り、デュークは盛大に顔をしかめたけれど、レイルとアルバは平然としていた。ルナスは困惑するばかりである。
いたたまれなくなったのか駆け出したリィアは、すぐに足がもつれた。
「あ!」
とっさに手を差し出したルナスが、リィアが転ぶ前に受け止める。
「大丈夫?」
気遣うようにそっと言ったルナスを、リィアは羞恥から赤くなった顔と潤んだ瞳で見上げた。その表情に、ルナスはどきりとしたけれど、リィアは更に複雑な面持ちになって嘆くのだった。
「わたし、わたしって、なんでこんなに人を見る目がないんでしょう!?」
「えぇ!?」
唐突過ぎてリアクションに困ったルナスの手を離れ、リィアはそこを逃げ出すのだった。
ぽつりと取り残された男四人は首をかしげるしかない。
「やっぱり、あいつの考えることはわからん」
デュークのぼやきは、全体に共通することでもあった。




