〈6〉賓客
その伝達をルナスのもとへ運んで来たのは、一人の文官であった。
以前ならばメーディによってもたらされていただろうけれど、もう彼はいないのだ。ルナスたちは今までほどに簡単に居室を空にはできなくなったのも事実である。
「来賓……か」
ルナスが文官を前に、ぽつりと声をもらす。その声は静かであるものの、側近たちにはそこに含まれる感情を読み取るのだった。
壮年の文官は大きくうなずく。この伝達はレイルのような見習いに託せるものではなかった。レイルは他の職務の真っ最中だろう。この伝達には、それなりの官位を持つ者が抜擢されたのだ。
「はい。五日後に到着されるご予定です。必ずその場にご出席下さいますように。我が国にとって、この機会がどれだけ重要であるか、王太子殿下にもおわかりかと存じますが」
その声には、密やかな侮蔑がこもる。いくらのん気な王子様でもわかるくらい大事なことなのだから、絶対にヘマをするなと言いたいのだ。
「では、陛下のお言葉を確かにお伝えしましたので、私はこれにて失礼致します」
そそくさと去った文官の足音が遠ざかると、ルナスは苦笑した。
「できることならばメーディの家族を訪ねてみたかったが、それはまた折を見てのことになりそうだ。私は当分ここを動けそうにない」
「そのうちに向こうから来るのではないですか?」
アルバはそう嘆息する。ルナスが赴く必要は、ないのかも知れない。
けれど、ルナスにはメーディの背後に見えた影を突き止めたいという理由もあるのだ。
「メーディ殿のことは横に置いて、今は来賓に集中しなければいけないようです」
デュークの声には僅かに動揺が混じっていた。それも仕方のないことだとリィアは思いつつ、恐る恐るその名を口にするのだった。
「アリュルージ王国王太子、グラン=ルパータ=アリュルージ殿下……」
五年前の戦の時、彼こそが総大将であったという。
穏やかな国王とは対照的で、聡明かつ大胆な方だという噂を聞いたことがある。
あの戦の後、初の来訪となる。それは、今後の両国間の関係について話し合うためのものだ。
賠償を終えた今、来るべき時が来たということだ。
「不干渉条約を破った我が国が、殿下へ誠意を見せられるか。それによって、この国の浮沈が決まるのだ。それこそ皆がそれを理解し、一丸となってお迎えせねばならない」
ルナスの声も硬く、事態を重く見ているということがひしひしと伝わるのだった。
「そうですね。絶対に粗相があってはいけません」
アルバも厳しい面持ちだった。
「先の戦いによる戦死者やその家族が逆恨みして何かを仕掛けないといいんですが」
と、デュークはぼそりと恐ろしいことを口にする。リィアはサッと血の気が引く思いだった。
「こ、怖いこと言わないで下さい!」
「絶対にあり得ないとは言えない。けれど、そうしたことは誰もが懸念するところで、警備は万全だろう。……何事もなく終えることができるといいのだが」
そう、ルナスが伏目がちにつぶやいた。心配の種は尽きることがない。
けれど、不意にルナスはくすりと笑った。
「それでも、一度お会いしてみたかったというのも本当なのだ。アリュルージは我が国以上に難しい立ち位置の国。あの国をまとめ上げるには並大抵ではない精神力が必要になるだろう」
「確かに、王太子殿下のお人柄により、今後の外交のあり方も考慮せねばならないところです」
そのアルバの言葉に、ルナスは静かにうなずく。
「我が国ほどの損失ではないにしろ、こちらが攻め入り、アリュルージにも死傷者を出したことは事実だ。それを責め立てられたとしても仕方がない」
「はい……」
しょんぼりとリィアが弱々しい声を出すと、ルナスはそんな彼女を元気付けようとするかのように笑ってみせた。
「過ちは過ちと認め、誠意を持って接する。私にできることはそれだけだよ」
それだけと言う。けれど、それが難しいのだ。
それでも、ルナスは言葉の通りに実行するのだと思う。
穏やかなその性質に隠されたルナスの想いを、アリュルージ王太子は見抜くのだろうか。それとも、頼りないと侮蔑するだろうか。
こればかりは、いざ顔を合わせてみなければわからないことである。




