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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
密約の章

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〈1〉欠けた風景

 世界地図の片隅にひっそりと描かれた、六つの島国から成るブルーテ諸島。

 その最北に位置する、諸島最大の国土を持つペルシ王国。諸島一の軍事力を誇る軍事国家でありながらも、その威光は衰退の色を見せつつある。


 そんなペルシ王国の城の一角に、一人の王子がいた。三人いる王子の中の第一王子であり、王太子の位にある青年ルナクレス=ゼフェン=ペルシは、自らの居室の中で側近たちと円卓を囲むのであった。

 護衛隊長のデュクセル、副官アルバトル、その部下リジアーナ、そして、文官見習いレイルーン。


 本来、ここにもう一人いるべき人物がいた。

 男爵位を持つ文官、アルメディである。

 けれど、彼は先日死去した。最悪の形で。

 その穴は、埋まることなく彼らの心に凍て付くような風を通す。傷口が塞がるまで、まだしばしの時間を必要とするのも致し方のないこと。

 それほどまでに、アルメディことメーディの存在は彼らにとって大きく、あたたかであったのだから。



 側近からはルナスという愛称で呼ばれる王子は、惨劇の舞台となった自らの居室にて、客人を迎え入れた。それは、商人スピネルである。

 まだ年若くも、王国でも指折りのやり手であるスピネルは、情報収集力に長け、ことが起こる前からメーディの異変に気付いていたという数少ない人間である。

 スピネルは、いつになく沈鬱な面持ちで告げた。


「違和感はほんの些細なことで、初めはどう言葉にしたらよいのかもわかりませんでした。けれど、私はメーディ様のご子息にもご贔屓に預かっております。その関係で相談されたりもしておりましたので、内々の事情を知る機会もあり、メーディ様の何気ない行動が奇行であると薄々……」

「けれど、彼を信じ切った私に何を言ったところで、逆に君の立場が危うくなっただけだ。そうしたならば、尚のこと事実は伝えられない。明確な言葉を使わずに私にそれを伝えようとしてくれたのだね」


 心には深く消えない傷を負ったことは間違いない。それでも聡明に微笑むルナスに、スピネルは深く感じ入った。


「あまりに婉曲だと思われたでしょう。けれど、私はウヴァロに手を入れ始めたことで、少々各方面から注視されてもいますので、大きくは動けないのです。……それに、私にも迷いがありました。あのままメーディ様が正気に戻られて殿下を今まで通りに守り立てて下さる可能性も否定はできませんでした。それを、私が騒ぎ立てて台無しにしてしまってもいけないと。私がもう少し早くに決断していればよかったのです……」


 ただ、と言ってスピネルは息をつき、それからそっと笑みを見せた。


「それでも、殿下がこうしてご自分を強くお持ちになって下さっていることに心底溜飲が下がりました。あなた様は本当にお強い方です」


 その一言に、ルナスはゆるくかぶりを振った。その仕草は、自分を嘲笑うかのようでもあった。


「私がこうしていられるのは、皆の支えがあってのこと。一人では到底堪えることなどできなかっただろう」


 デュークにアルバ、そしてリィア。

 ルナスの中では大きな存在である。もし、彼らによる裏切りがあるとするのならば、その時こそは堪えられないことだろう。結束は、信頼は強さとなる。けれど、同時に脆さともなる。

 スピネルがそんなルナスを通し、まだ見ぬ未来に思いを馳せると、ずっと大人しく座っていたレイルがうっとうしそうに嘆息した。


「まあ、あんたは堪えたけどな。あの姫さんは未だに部屋にこもりっきりらしいじゃないか」


 大人しい少年の変貌振りに、あまり動じないはずのスピネルも目を白黒させた。そんな様子に、ルナスは苦笑する。


「慧眼のスピネルでさえ、レイルのことまでは見抜けなかったか」

「え……あの、それは一体?」


 すると、レイルはどこか乱暴な仕草で眼鏡を外して円卓に放った。なくても見えるのだ。むしろ、邪魔なだけなのだろう。


「お前らがそろいもそろってぼんやりしてるだけだろ。気配や気の操作、目線、仕草、隙、ちゃんと意識してればそれくらいは変えられる」


 デュークもアルバも、敬意の欠片もないレイルの言動に表情を硬くしたけれど、その場の空気がぴりりと険しくなっただけで、彼らが何かを口にすることはなかった。

 ルナスは事情の飲み込めないスピネルにそっと告げるのだった。


「レイルがパールの命を救ってくれた。レイルはそれでも私に正体やここにいる目的は明かしてくれないけれど、私はレイルに深く感謝しているよ」


 その言葉を、レイルは鼻で笑う。そんな彼をリィアも睨むけれど、まるで効果がない。


「そ、それはまた……大丈夫、なのですよね?」


 おずおずと、スピネルは誰に向けたのかもわからないようなことをもらした。レイルは頬杖をつくと猫のような目をして笑った。


「別に、王子様に危害を加えることは僕の仕事じゃない。ただ、勘違いしてほしくないのは、僕はここにいる連中みたいに忠誠心なんか持ってないってこと。利害が合えば協力してやることもあるけどな」


 謎多き少年は、そう言って眼鏡をかけ直した。その瞬間に、彼はもと通りの気弱な文官見習いにしか見えぬのだった。



 スピネルはその後、ウヴァロの事業の話を少しだけした。他の事を考えていた方が気が紛れるだろうと思ったのだ。ウヴァロの人々は、心機一転、指導も熱心に聴き、集中して覚えてくれるのだ。搬送のための馬車の御し方さえ知らなかった彼らも、今では公道ならば行き来もできるようになった。

 明るい報告に、ルナスの顔も綻ぶ。そのうちにジャスパーを連れて行こう、と。


 そうした報告を終えて退出するスピネルは、ルナスの中に小さな変化を見た。ほんの少しの、些細なことである。

 あの少女兵、リジアーナ=ヴァーレンティンを見るルナスの瞳が、以前にも増して優しく穏やかであった。何気ない彼女の仕草にその眼差しが向けられる。

 当の本人がそのことに気付いているのならばよいのだが、とスピネルは複雑な思いだった。

 

 【密約の章】は全23話です。

 お付き合い頂けると幸いです。

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