〈22〉それは緩やかに
それ以上はその場に留まることもできず、ルナスとデュークはパールの居室を去った。
「カールには折を見て俺から真相を話します。パール様の護衛として、知らねばならないことですから」
デュークの言葉に、ルナスは上の空でうなずいた。
「彼は、自分を責めぬだろうか……」
肝心な時にそばにいられなかった自分を。自分の無力さを。
「きっと責めるでしょう。俺だったら、そうなります」
薄闇の中、そう答えたデュークの表情は見えなかった。
戻ってみれば、部屋は惨劇の跡形もなく、あれは夢か幻かという心地がした。そんなルナスの心を読んだかのように、いつの間にやら戻っていたレイルがアルバと共にいた。レイルのその外見は変わらないものの、表情の作り方が以前とまるで違う。
「まさか庇い立てするとは、オメデタイ王子様だな」
侮辱の言葉にデュークとアルバの神経が逆撫でされたけれど、ルナスは今更動じなかった。レイルは小さく笑う。
「まあいい。僕が知っている情報を少しだけ教えてやるよ」
「情報?」
「アルメディ=ファーラーについてだ」
その名に、ルナスの表情が強張る。そうして、レイルは淡々と語り出した。
「ヤツには三人の孫がいたんだ。けれど、そのうちの一人は、幼いうちに死んだ。その死んだ孫は、王子、あんたと同じ歳だったんだよ」
すでに大きな孫がいることは知っていた。けれど、夭折した孫がいたという話をルナスは初めて聞く。
「知らなかっただろ? その孫が死んだのは、あんたに仕える前のことだからな」
ルナスはその言葉の先を無言で待った。
「そりゃあ可愛がってたらしくてな。その孫が死んでから塞ぎ込んで、どっかおかしくなるんじゃないかって身内は心配してたらしい。一見して、その悲しみから立ち直ったように見えたらしいけど、逆に言うなら、その頃から常に笑顔でいた。笑顔以外はほとんど見せなくなった。笑顔の下はすっかりオカシクなってたんだな」
少しのズレが、修正できぬままに水面下で広がったのだ。
「命は儚い。呆気ない。だとするなら、その死に意味を見出したい。勝手に死なれるのは嫌だ。ならば、自分の手で終わらせてやろう――そして気付けば、ただ殺すよりも、より深く傷を付けてみようとか、もう僕には理解できないけど」
そうして、レイルはルナスに微笑むのだった。
「どうでもいい人間になら、こんな感情は持たない。大切なあんただからこそ、愛情が歪んで狂気になったんだ。人間ってやつは、時に大事なものほど壊してしまいたくなるってな。あんたもそれはわかってるんだろ?」
返答がないことこそ、否定しないことこそがそうだと語っている。レイルは満足げに言う。
「――ただな、そんなヤツのドロドロと渦巻く感情にいち早く気付き、目を付けた別のヤツがいたんだ」
「え……」
思わずルナスは声を漏らしてレイルを直視した。レイルはそれでもゆったりと構えている。
「軽く煽っただけかも知れない。誰かに先を越される前に、とかなんとか」
その情報に、デュークとアルバの表情も険しくなる。
「誰だ、そいつは」
厳しく問い質すデュークの眼光も、レイルには通用しない。フフ、と軽く笑っている。
「教えない」
あっさりとそんなことを言う。皆が愕然とするさまを、レイルは面白がっているのではないかと感じてしまうほどに。
「ここからは最重要機密だ。あんたに死んでほしいのは誰だと思う? これ以上は自分で考えなよ」
「お前!」
デュークが顔をしかめて怒鳴ったけれど、レイルに効果はない。
「じゃあまた明日な。ああ、ちなみにこれ以上の情報は今のところ流さないからな。ほしけりゃ、それ相応のものを示してみせろってことで」
ヒラヒラと手を振って、レイルは堂々と去る。また明日というのも、今まで通り文官として仕えるという意味のようだ。
ただ、文官見習いなどというものは表向きであり、彼の正体は今のところ知りようもない。隠密と、そう考えるべきものであるとは思う。けれど、そうすると誰が彼を使い、何を成そうとしているのかは謎のままである。
ルナスは大きく深いため息をつくと、アルバに顔を向けた。
「ところで、リィアは?」
「具合は悪そうですが、一応起きてます。着替えると言っていたので部屋に残して来ました」
「そうか」
そうして、青白い顔をしたリィアが軍服に着替えてふらりふらりとルナスの寝室から出て来た。
「リィア、大丈夫かい?」
大丈夫なはずがないとわかっているくせに、そんなことしか口に上らない。
「は、はい。ルナス様は――」
そう言いかけてリィアは口を閉じた。それこそ、大丈夫なはずがないからだ。
ルナスは苦笑する。
「では、また明日。二人とも、リィアをしっかりと送り届けてあげてくれ。――それでは、お休み」
と、ルナスは三人を見送るのだった。三人は、ルナスを一人にすることに強い抵抗を覚えた。
けれど、ルナス自身がそれを強く望んでいる。一人にしてほしいのだと――。
無力感を噛み締めつつ、三人はルナスのもとを去るのだった。




