〈21〉音を立てて
メーディの凶行を、ルナスは結果として隠蔽する道を選んだ。
「メーディのしたことが発覚すれば、爵位は取り上げられ、家は断絶するだろう。それは避けたいのだ」
「ルナス様?」
信じられないといった顔をしたデュークに、ルナスは哀切な目を向ける。
「私はね、メーディにたくさん支えられたのだよ。メーディが次第に常軌を逸したとしても、それは事実だ。だからこそ、当の本人にはもう返すことができないからこそ、せめてその遺族を私が守ろう」
そうして言葉を切ると、ルナスは無理をして笑った。
「レイルはまた、情を捨てろと言うだろうか」
「その情は、断罪するよりも困難な道です。そんなことは言わせませんよ。俺たちは、ルナス様のお心のままに」
アルバの言葉に、ルナスはうなずく。
「ありがとう」
パールのことはパールを探して近くをうろついていたカルソニーに首尾よく預けることができた。うろたえた彼に、デュークは後で説明に行くからと言って戻ったそうだ。
そうしていると、レイルが呼んだ文官、使用人たちが続々とやって来た。
ルナスは顔に布をかけたメーディの遺体を一瞥すると、侵入した賊がメーディを盾にルナスの命を奪おうとしたと説明した。メーディはこうした事態を常に想定していたのか、ルナスが要求を呑みそうになった瞬間に服毒して自ら命を絶った、と。
メーディの穏やかで心優しい性質を知る者たちばかりであり、その言葉を疑わなかった。その信憑性を増すために、テーブルの上のティーセットもすべて倒し、窓も開け放っておいた。
護衛であるデュークとアルバにとばっちりが行きそうだが、そこはルナスがメーディの身を優先して動かぬように命じたと言っておく。
「どうか、手厚く葬ってあげてほしい」
涙こそ見せなかったけれど、そのルナスのひと声にはメーディに対する想いが溢れていた。だからこそ、ルナスの言葉を誰も疑うことなどできなかった。
すぐさま遺体は運び出され、部屋の清掃が始められた。その間に、ルナスはパールのもとへ行くことにする。
「アルバはリィアについていてくれ」
寝室に残したリィアを気遣うルナスに、アルバは嫌とは言えない。けれど、この気丈に振舞う主こそが今、最も心配なのである。はい、とうなずきつつ、アルバはデュークに目配せすると、デュークもうなずくのであった。
「パールにもきちんと話をして、他言せぬように理解してもらわなくてはならない。けれど、あの子はまだ幼い。深くつらい傷となってしまっただろう……」
黄昏時を行くルナスに、デュークは影のように付き従う。
「ルナス様もご無理をなさらぬように」
彼の心配に、ルナスは儚げな笑みを浮かべた。その仕草は、ひどく疲れて見えた。
「私ならばまだ大丈夫だ。今はまだ、嘆いている暇はないから」
安心させようと口にした言葉が、かえって不安を煽る。ルナスにはそれがわからない様子だった。デュークは、それ以上何かを言えるはずもなかった。
パールの居住棟は、時刻のせいか、主の状態のせいか、シンと静まり返っていた。造りそのものはルナスのところとそう変わりはない。ただ、幼い姫に合わせて華やかに装飾された部分が多い。今は咲き誇った後のしぼんだ花の侘しさに迎えられ、ルナスはその居室の扉を叩く。
「パール、私だ」
ガタ、と音がして、扉が開かれるまでにしばらくの間があった。その間を、ルナスは張り裂けそうに不安な気持ちでいた。そうして、ようやく開かれた扉からカルソニーが顔を覗かせる。ホッとしたような印象だった。
「殿下、よくおいで下さいました」
「パールの様子は?」
ルナスが問うと、カルソニーは眉尻を下げた。
「それが、ひどく怯えておられるようで……」
無理もない。それだけのことがあったのだから。
ルナスはデュークを伴い、中へと足を踏み入れる。白が基調の部屋の中、カルソニーはソファーの上でうずくまるパールに駆け寄った。
「パール様、兄上様がいらして下さいましたよ」
カルソニーにしてみれば、それでパールは安心すると思ったのだろう。けれど、実際は――。
壊れたようにかぶりを振り、パールは頭を抱えた。ルナスの姿に、あの惨状を思い出してしまったのだろう。その考えに行き着いたルナスは、妹姫に近寄ることすらできずに立ち尽くしてしまった。
「パール様、どうされたというのですか? 何をそんなに怯えておいでなのです? どうか、私に話して下さい!」
パールのそばでひざを付き、少し強い口調で言ったカルソニーに、パールは口を開いた。そして、言葉にならないかすれた音を鳴らした。それは必死に、声を絞り出そうとするかのように。
ぽろぽろと、真珠のような涙が頬を伝う。
カルソニーは愕然と、信じがたいという響きを込めた震える声を漏らす。
「お声が……出ないのですか……?」
返事の代わりに、ぽろりぽろりと涙をこぼす。
そうして、少女の小さな世界は閉ざされた。
頭がギリギリと痛み出したルナスには、パールの心にかかった錠の音が聞こえた気がした――。




