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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
裏切りの章

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〈20〉幕引き

 パールの絶叫の後に、パッと血の花が咲いた。

 そして、メーディの手に握られていたケーキサーバーが円卓の上の皿に当たって床に落ちる。


 ルナスもデュークも間に合わなかった。その一撃を退け、パールを守ったのはレイルであった。一瞬のことで彼が何をしたのかはわからない。それほどまでにレイルの動きは素早かった。

 ただ、メーディは手に傷を負い、その手を押えて顔を歪めていた。赤くどす黒く滴る血が、彼の白いローブを染めて行く。


「駄目ですよ、メーディ様」


 そう言ったレイルの声は、冷え冷えと凍えるほどに感情がこもっていなかった。ほんの少し感じられるものがあるとするのならば、それは侮蔑だった。


「あなたにはここでご退場願いましょうか。十分にかき乱されたのですから、もうよろしいではございませんか」


 傷は深い。傷の痛みを堪えるためか、メーディの顔から笑顔が消えた。冷淡に変貌したレイルを睨む。


「レイル、お前は何者だ?」


 すると、レイルは嘆息した。面倒くさそうに。


「あー、もう、この喋りめんどくせ。この際だ、もういいだろ」


 ガリガリときっちりと分けてあった髪を乱し、外した眼鏡を懐にしまう。そうするとまるで印象が違い、別人のように感じられた。おどおどとした様子など微塵もなく、むしろ傲岸なほどの目をしている。


「僕が何者かなんて、あんたには関係ない」


 そうして、鋭くメーディに射るような視線を向ける。


「あんたがどうしてオカシクなったのか、まあ背後の目星は付いてるんだ。あんたも被害者だって言えなくはない。でもな、あんたの望みはひとつも叶わないよ」


 そのひと言が、刃物よりも何よりも残酷であったのだ。メーディはああ、と憑き物が落ちたかのような表情になると、その場に崩れ落ちた。へたり込んだまま、うずくまる。

 今、レイルが与えた傷は、手の傷とは比べ物にならないほどにメーディの心を抉る絶望であった。

 そして――。

 ルナスはすぐに何かに気付き、蒼白な顔を更に強張らせて駆け出した。


「いけない!」


 けれど、レイルはその声を無情に聞き流すのだった。蔑むようにスッと目を細める。ただそれだけであった。

 うずくまったメーディは指輪に仕込んだ毒を使い、服毒した。ぐ、と鈍い呻きが漏れた次の瞬間には、血を吐いてむせ返る。そうして、いとも容易く果てたのだ。


「……メーディ?」


 駆け寄ったルナスが、呆然とその乾いた肌に触れる。けれど、それをデュークが遮り、ルナスをメーディから引き離した。


「ルナス様、いけません」


 デューク自身も気持ちの整理など付かなかっただろう。それでも、まだルナス以上には冷静でいられるはずだと思うのか、毅然と言うのだった。戸口では、見たこともないほどに険しい顔をしたアルバと、今にも倒れそうな様子のリィアがいる。

 パールはすでに意識を手放し、レイルは――平然と佇むのであった。この重い沈黙を破ったのも彼であった。


「十年も仕込んだ割に、呆気ない幕引きじゃないか。まあ、本人は満足だろ」


 あまりに冷淡なその言葉に、ルナスは思わずレイルを睨み付けた。それでも、レイルはまるで動じる様子もない。


「君は一体何者なんだ?」


 メーディが問いかけたけれど、答えはなかった。そして、それはルナスでも同じであった。

 レイルは失笑する。


「今のあんたにも答える義理はないな」


 王太子であるルナスに対しても、まるで敬意というものが感じられない。デュークが思わず噛み付きそうな勢いであったけれど、彼にも薄々は感じることができたのだ。あれほどまでに完璧に気配を操り、力量をまるで覚らせなかった。レイルの能力は計り知れないのだと。


「あんたは身内を疑わなかった。いや、疑うことを意識的に避けていた。その甘さが判断を鈍らせた。正直、期待はずれもいいところだよ」


 淡々と、レイルはそう語る。

 ルナスは、震える拳が白くなるまで強く結んでいた。


「スピネルのヤツは薄々勘付いていたようだし、僕もあんたが身内を疑うきっかけは用意してやったんだよ? 道中、ヘボいヤツらに襲われなかったか?」


 クスクス、とこんな状態であるのに笑うのだ。その心が、誰にも理解できない。

 リィアがルナスと間違われたと言っていた、あの宿での一件。絡んでいたのはレイルだということか。


「私は……」


 ぽつり、とルナスはつぶやく。

 そんな彼を見下げ果てたかのようにレイルは言うのだった。


「あんたは王太子だ。どんな情にも流されちゃいけない。それができないのであれば、国の害だ。国はあんたの犠牲になる。どうする? その位を退いてみるか?」

「貴様!」


 デュークの怒声を、ルナスは手で遮った。そうして、言う。


「私が目指す国は、血を流す悲しみのない国。何があっても、それだけは変わらぬのだ。だからこそ、諦めるわけにはいかない」


 その想いを、レイルはふぅんという軽い声で受け止めた。


「じゃあ、このを教訓とすることだ」


 ぐ、と小さく呻いて、ルナスはのどを押える。


「レイル、君は――」

「僕はしばらくこのままあんたの身辺にいるよ。別に、あんたを害するつもりはない。僕には僕の役割があってそうするだけだ」


 レイルはそれだけ言い残すと、颯爽とルナスのそばをすり抜けて居室の外へ出た。


「一応人を呼んで来てやるよ。このままじゃ寝られないだろ? まあ、呼んで来るだけだからな。事情の説明は自分でしろよ」


 クスクス、と笑いながらレイルは眼鏡をかけ直す。そして、ぱたぱたと駆け出した。その後姿には、今までのような大人しそうな少年の持つ空気しか感じられない。そのことが、よりいっそう恐ろしいのだ。


「……まさかの食わせものですね。けれど、ルナス様に危害を加える気がないというのも本当でしょう。目的は皆目わかりませんが、レイルがいなければパール様は助からなかった。それは事実です」


 アルバの言葉に、ルナスも深くうなずく。

 そうして、アルバはぐったりとしたリィアを不意に抱き上げた。


「さすがにショックが大きすぎたようです。……まあ、皆そうですが」

「私の寝室で休ませるといい。その格好では兵舎に連れて行けないだろう」

「そうですね。俺たちはまあどうとでも言いますけど、ルナス様もお召し替えを」


 こくりとうなずくと、ルナスはアルバから意識が朦朧としたリィアを受け取った。自分が運ぶべきかと思っていたアルバは戸惑ったけれど、ルナスにもそれくらいの力はある。リィアを抱えたルナスはひと言、


「パールを頼む」


 と言い残して寝室へ消えた。その背にかける言葉はなかった。


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