〈18〉時、来たれり
ガタ、ガタガタ、と塀を揺り動かしてデュークは施錠を解く。隙間から様子を窺い、誰もいないことを確認して素早く外へ出る。
明るい日差しに、リィアはほっと息をついた。
ルナスは厳しい面持ちのままで押し黙っていた。ただ真っ先に居室の扉へと足早に近付いて行く。
リィアは思わずアルバを見上げたけれど、アルバはルナスから目をそらさなかった。表情も硬く、何かを感じたようだ。デュークもすぐさまルナスに続いた。リィアがそばに駆け寄ろうとすると、何故かアルバに肩をつかまれた。驚いて振り返ったけれど、アルバは何も言わない。
それ以上進むことができず、リィアはその場からルナスを見つめた。
何故。
扉にかけたその手は震えているのか。
何を恐れているのか。
ついに、扉は開かれる――。
「あ、ルナ兄様!」
一瞬で場を明るくするパールの声がした。ルナスはそのことにひどく驚いて呆然としてしまった。
「パール?」
パールは円卓に広げられた菓子と、甘い香のする茶を前にしていた。その両端に、メーディとレイルが立って給仕のように控えている。
「おかえりなさい! どこへ行かれていたの? その格好は? なんだかいつもと少し違うみたい」
かしましくさえずる妹姫に、ルナスはとっさに返答できずにいた。そんなルナスに、メーディは満面の笑顔を向けた。
「おかえりなさいませ、ルナス様! お帰りを心待ちにしておりました」
数日間も戻らなかったのだ。無事の帰還にメーディは声を詰まらせるようにして言った。
それでも、ルナスの表情は晴れない。
「ああ、ただいま、メーディ……」
デュークは心配そうにルナスに隻眼を向ける。
「おかえりなさいませ」
レイルも主に低頭する。再び上げた顔には、いつもの表情がなかった。
この場の違和感に、ルナスは肌が粟立つ。
「……パール、今日はもう戻るように」
いつになく強張ったルナスの表情と言葉に、パールは憮然として小首をかしげた。
「ルナ兄様?」
「早く、戻りなさい」
厳しいひと声。パールはびくりと身をすくめた。
穏やかな兄の見せる剣呑な一面に、パールはただ困惑して、逃げ出して来た理由も忘れて立ち上がった。
けれど、ふと、目の前に置かれた甘い香りのする紅茶に目を止めた。メーディがパールの要望に応えてわざわざいれてくれたものだ。少し冷めてしまったけれど、ひと口もまだ飲んでいない。
「戻る……けど、せっかくメーディがいれてくれたお茶だから、少しだけ」
繊細な持ち手の付いたティーカップ。赤みの強い水色の液体。
甘く、芳しく、誘うように――。
パールが両手で包み込むようにティーカップを持ち上げた。その瞬間に、ルナスは思わず室内へと手を伸ばし、足を踏み出した。
「パール!!」
けれど、遠い。
遠い。
手は、届かない。
大切なものは、手をすり抜け、残酷な真実と結果だけが残るのだ。
すべては、誰のせいか。
誰が悪いのか。
その時、パアンと大きな音がした。そして、ティーカップは赤みを帯びた液体を撒き散らしながら宙を舞う。呆然と、ルナスはそのカップが絨毯の上に落ちるさまを見送るのだった。こぼれた紅茶が絨毯に染み込み、黒く醜い染みを作る。
リィアとアルバがルナスたちの後ろから中を窺う。アルバはすぐにルナスの心を察してリィアを後ろに下げてくれていたのだ。
誰もが、思わず動きを止めていた。パールのティーカップを払い除けたただ一人を除いて。
「……レイル?」
愕然とした面持ちで、メーディは声を漏らした。うつむきがちのレイルは、窓から差し込む光を受けている。反射する眼鏡が、その表情を覆い隠す帳であった。その眼鏡を押し上げ、レイルはようやく顔を上げた。
そこには、いつも見せるおどおどとした様子はなく、どこか別人のようにすら感じられる何かがあった。
レイルは深く長い息をつくと、おもむろに口を開くのであった。
クリスマスイブにこの内容!?
皆様よいクリスマスを――(逃)




