〈15〉憐憫の情
リィアは王都へ戻る道中の馬車の中でも必死に考えた。
まず、ルナスが邪魔だと思うのは誰かということを。
王位継承の問題から、コーランデル王子とベリアール王子がまず浮かび上がる。けれど、コーランデル王子のような性格の人物なら、そのような裏工作よりも直談判の方が考えられた。
そうなると、怪しいのはベリアール王子の方だ。ただ、そう考えるのも腑に落ちなかった。
ベリアール王子の王位継承権は第三位。つまり、ルナスがいなくなったところでコーランデル王子がいる。すぐに王太子にはなれない。
そのような危険な真似をする意味がわからない。ルナスを退けた後にコーランデル王子を始末すると計画しているのなら話は別だが、それは難しいだろう。
一体、この国を蝕んでいるものはなんなのか。見通せないその薄暗さにリィアは身震いした。
帰りは行きよりも早く戻ることができた。馬車に揺られ続けて体がだるく感じられ、地面に足を着けた瞬間に、リィアはホッと息を吐いて大きく伸びをした。
そんな様子を、ルナスは微笑ましく眺めている。
そこでアルバは声を落とした。
「スピネルのところへ寄りますか?」
けれど、ルナスはかぶりを振った。
「私に伝えられないからこそ、伝えなかった。そう考えるべきだろう。スピネルに、私は試されているのかも知れないな」
一介の商人が、王太子を試すなどとは大それたことだ。けれど、スピネルならばそんな可能性もあるのかも知れない、とリィアは感じてしまった。
そこでふと思う。
「あ、もしかすると、スピネルさんはルナス様がトールド卿にお会いすることでその思想に感銘を受け、味方となって下さると思ったのではないですか?」
そう難しく考えることではない。トールド卿は曲がりなりにも伯爵。それなりの影響力を持つ貴族なのだ。ルナスの後ろ盾は多い方がよいということではないだろうか。
ただ、そんなリィアの考えは浅はかであったようだ。ルナスは苦笑してかぶりを振る。
「いや、本来ならば私はトールド卿に思想など語ってはいけなかったのだよ」
「え?」
「あれほど実直で嘘のつけぬ人物だ。いざという局面では頼りにはできない」
申し訳ないが、それを言われてしまうと納得するしかない。
「私を支持してくれるのならばそれはありがたいことではある。けれど、支持者が増えればそれだけ危険も増す。今はまだ、多くの者を抱え込んではいけないのだ」
支持者同士の対立、ルナスとの距離感による嫉妬、機密の漏洩。たくさんの問題が生じる。
純粋に、仲間が増えたと喜べない冷静な目をしている。
では何故、ルナスはトールド卿に思想を語ったのか。
それは、その思想が悲しみに打ちひしがれているトールド卿の希望となるからに他ならない。ルナスは厳しい判断を下すこともあれば、時に情けを捨て切れない面を持つ。
それは、右も左もわからないまま男社会に飛び込んだリィアに、自らの権威を持って庇った時と同じである。
そうした情けは、ルナスの弱点であるのかも知れない。国に大きな変化を望むのならば。
けれど、そうした部分がリィアには尊くも思われるのだった。
皆が言葉もなく押し黙る中、ルナスの表情は険しく暗く思い詰めて行く。そうした表情になる理由がわかるからこそ、皆、何も言えないのだ。
スピネルが伝えなかった本来の情報。
何故、伝えなかった、伝えられなかったのか。
そう考えることで、ルナスはすでに答えに到達したのかも知れない。ただし、その答えをルナスは自身のうちで否定したがっている。破綻の糸口を探している。
その後もとても声をかけることができず、皆はそんなルナスを気遣いながら歩いた。王都の往来を追いかけっこしながら走る子供の笑い声がどこか遠く感じられる。
国は今、ようやく下り坂を過ぎて奮起するべき時であるというのに、裏でうごめく連中がいる。ルナスを筆頭に一丸となって国を守り立てて行けたのなら、再びこのペルシ王国は諸島の中で一目置かれる存在になれるはずなのに。
今は内輪で揉めている場合ではないというのに。
けれど、国というものが人の集まりである以上、どこの国にもそうした厄介ごとはあるのだろう。
例えばあの民衆から絶大な支持を誇るレイヤーナ国王ネストリュートでさえ、民や家臣の揉め事に頭を悩ませていたりするのだろうか。
だとするのなら、そうした国の闇をも従えてこそ、真の王であると言えるのかも知れない。どんな展開がこの先に待っていたとしても、ルナスはそれを踏み越えて先に行かねばならないのだから。




