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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
裏切りの章

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〈13〉息づく命

 そんな緊迫した空気の中、不意にルナスはクスクスと軽やかな声を立てて笑った。トールド卿は汗を流しながら呆然とルナスに視線を向ける。リィアもハラハラとしながらルナスを見遣った。

 そして、ルナスは言う。


「あなたはやはり、実直で根っからの武人だな」

「は……」


 トールド卿は言葉にならない声を漏らした。アルバがルナスを補佐するように口を開く。


「あまり嘘が得意ではないご様子。ああ、もちろん褒め言葉ですよ」


 胡散臭い笑顔を浮かべているけれど、トールド卿はすでに混乱状態のようだ。リィアはようやく理解した。


 トールド卿は、嘘がつけない生真面目な人なのだ。どんなに悲しみに暮れ、はすに構えたところで、根は変わらない。王太子であるルナスを前に、堂々と嘘がつけるほど図太くも狡賢くもないのだ。相手にすべてを見通したような態度を取られると、すでに言い逃れる言葉もない。その態度がすべてを肯定しているとしても。

 武人特有と言っては言いすぎだが、頭よりも体が先に動くタイプとでもいうべきか。


「卿の子息が先の戦いで戦死したと聞く。卿が王家に叛意を持ったとしても、なんら不思議ではない」


 ルナスのそのひと言で、蒼白だったトールド卿の顔に朱が差す。拳の震えがいっそう大きくなったけれど、その理由は先ほどとは違うものだろう。


「確かに息子はお国のために戦い、戦死致しました。けれどそれは、息子が選んだ道でございます」


 ようやく、それだけをのどの奥から絞り出す。血を吐くような声だとリィアは感じた。


「選んだのは彼自身であったとしても、本来ならば失う必要のなかった命。――あまりに無益だ」


 その途端に、トールド卿は激昂して立ち上がった。


「無益!!」


 その口角を飛ばして憤るさまに、リィアは思わず引いたけれど、ルナスは平然としている。平然と、その言葉を受け止める。


「お国のためにと戦った息子の命を無益と仰るのですか!? それではあまりにも息子が浮かばれません! あれは――あいつは、私にとっては掛け替えのない……」


 震える指先を見つめ、トールド卿は今は亡き息子に思いを馳せる。リィアはその姿に思わず胸が締め付けられた。

 ルナスは、そんなトールド卿にはっきりと告げる。


「あの戦いがなければ、子息は今も無事に生き、いずれは卿の跡を立派に継いだことであろう。あの戦いこそが無益であった」


 そう言ってから、そっとかぶりを振る。


「いや、あの戦いに限らず、すべての戦いは無益だ。人が死に、国が荒れる。戦いによって何かを得たとしても、それはいずれ巡り巡って自らを害す。戦いは、無闇に起こすべきではない」


 静かに通るルナスの声に、トールド卿の顔が歪む。痛ましいまでに。


「王は……王は仰られたのですよ。今、奮い立ち、決断せねば、この国は飲み込まれてしまうのだと。この戦いは避けては通れぬ存続への道であるのだと」


 今度はその言葉にルナスが目を伏せた。


「その決断を私も覆すことができなかった。責められるべき否は私にもある。……すまなかった」


 あまりにも容易く、ルナスは謝罪の言葉を述べる。王族は過ちを過ちと認めてはならない。毅然と振舞うべきだというのに。

 感情にのどを詰まらせるトールド卿に、ルナスは言葉を重ねた。


「我が国は武力に頼り、武力によって解決しようとする。けれど、まずは外交に力を入れ、言葉によって解決できる道を探るべきなのだ。戦えば、双方に被害が出て憎しみが渦巻く。外交の道は険しく、軍事的解決よりも遥かに遅々として進まぬことだろう。けれど、多くの命が助かるのであれば、それほどに素晴らしいこともないと私は思う」


 ルナスはおもむろに立ち上がると、トールド卿の方へと歩み寄った。身構える彼に向かい、ルナスは手を差し伸べる。


「先の戦いにより王家を見限ったとするのならば尚のこと、この国の軍事国家という在りようを変えて行く力となってほしい。軍事力は身を守るためだけのものであればよいのだ。私はいずれ、この国をそうした場所へと変える。どうか、その時に私を支えてくれ」


 あまりのことに、トールド卿は愕然としていた。リィアも、ルナスが驚くほどに腹を割って話すので不安を隠せなかった。デュークとアルバは余計な言葉を挟まずに成り行きを見守っている。

 ふと、ルナスは穏やかに寂しげに微笑んだ。


「卿の子息が、あの戦いのすべての犠牲者が、戦の無益さを改めて私に気付かせてくれたのだ。すべての命は、私の中に私の思想として息づいているよ」


 リィアはこの時初めて、大人の男性が声を上げて泣きすがる場面を見た。ルナスの細腕を、指が折れるほどに強く握り締めて慟哭するトールド卿を前に、リィア自身も気付けば涙が滲んでいた。

 

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