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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
裏切りの章

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〈12〉蛇と蛙

 ルナスたちはトールド卿の屋敷を目指した。高台にある屋敷へは馬車を雇って向かう。

 道中、口を開く者はいなかった。静か過ぎる車内では、車輪が小石を弾いた振動でさえもやけに気になる。揺れと車輪と蹄鉄の音を感じながら、リィアはこの先に待つものに思いを巡らせた。



 その屋敷は、こざっぱりとした濃茶と薄茶のバランスのよい屋敷だった。派手がましい装飾も華々しい植物もなく、落ち着いた佇まいである。そうした、どこにでもある屋敷だ。

 馬車を降り、デュークが雇い御者に待機を命じていた。


「さて」


 アルバは小さく伸びをすると振り返って三人を見た。


「では行きましょう。まずは俺が交渉しますので、ルナス様は後方でお待ち下さい」

「ああ」


 と、ルナスはうなずく。

 アルバは海軍中将である伯爵を父に持つ。大佐であるトールド卿よりも軍において格上の存在であるロヴァンスの令息だ。父の名を出せば無下にできない存在ではある。

 門前で使用人に用件を伝えているアルバの背を眺めつつ、リィアは高鳴る胸を押えるのだった。ほどなくして、アルバがこちらに向けて大きくうなずいた。話がついたのだろう。


「……行きましょう」


 デュークに促され、皆がアルバのそばへ向かった。アルバは苦笑する。


「勝手に名前を使って、ばれたら後でうるさいでしょうが、まあ仕方がないですね」

「もしその件でアルバが叱られるのであれば、私も共に叱られるよ」


 王太子相手に説教をするわけにも行かないが、ルナスは至極真面目に言うのだった。



 そうして通された先は応接室のようだった。長めのソファーにルナスとリィア、アルバが身を沈め、デュークだけがその後ろに立った。ここでお待ち下さい、と頭を下げた侍女が去ってからどれくらいの時間が過ぎただろうか。

 少なくとも、すぐにではなかった。トールド卿とその客人たちは急な人物の来訪に戸惑っているのだろう。


 ようやく訪れた屋敷の主は、武人らしい堂々たる体躯と、武人らしからぬ泳ぐ視線とを持って現れた。撫で付けた黒髪や手入れの行き届いた口髭は客人を迎えるに十分な身だしなみではあるけれど、表情は晴れず、眼窩や頬にやつれたような色が見える。

 町で聞こえた明主としての顔はすでに過去なのだろうか、と不安にさせるような姿だった。


「あなたがロヴァンス中将のご子息のアルバトル殿ですか? 突然のご来訪には驚きましたが、お会いできて光栄ですよ」


 社交辞令を口にして、トールド卿はテーブルの前に歩み寄った。彼は目をすがめる癖のある笑い方をする。その仕草がよりいっそうの厭世観を感じさせた。以前がどういった人柄であったのかなど、今となっては意味がない。

 皆が立ち上がると、アルバも笑って返した。


「お初に御目文字仕ります、トールド卿。ですが、実はあなたにお会いしたかったのは私ではなく、我が主なのですよ」

「主……?」


 ぴくり、とトールド卿の笑みが凍り付いた。そうして、ようやく隣にいた美貌の青年を直視する。それは不躾なまでに。目にした人物が信じられなかったのだろう。

 小刻みに震えるトールド卿に、ルナスはいつもとは何かが違う、どこか凄味のある微笑を浮かべた。そうした表情は、ハッとするほどに高貴に思われる。


「目通りを許したことがないわけではない。私に見覚えはあるはずだが」


 凛と響くその声に、トールド卿は瞠目した。何かを言わねばと焦る様子が、震える唇に収束している。


「お、王太子殿下――」


 ルナスは優雅にうなずくと、黒髪を揺らして微笑んだ。


「まずは腰を据えて、落ち着いて話したい」

「は、はい」


 デューク以外はルナスの言葉に従って腰を下ろした。カタカタと揺れる膝を押えるように、トールド卿は太ももに拳を添えていた。

 そんな彼を正視し、ルナスは不意にうっすらと目を細めた。


「トールド卿」


 びくり、と肩を震わせる。トールド卿は、ルナスを『美しき盾』――役にも立たないお飾りの王太子として侮る様子がない。お飾りであろうとも王太子であると認めている風だった。


「卿は様々な者を集め、日々集会を開いているとの触れ込みがある。私はそれを確かめに参ったのだ」


 蒼白なその面に、ルナスは小細工もなしに疑惑を突き付けた。あまりのことにリィアは驚愕したけれど、話はそのままに進む。


「いかなる目的があってのことか、私に説明してはもらえぬか?」


 ルナスはいつになく堂々と強気でものを言う。探る様子も見せず、断定的な物言いだ。

 けれど、トールド卿は脂汗をかいて言葉を失っていた。まだ、疑惑の段階だ。決定的な証拠を握られているわけではない。だというのに、トールド卿は上手く言い逃れることができずにいる。

 リィアにはこれが不思議であった。アルバを見遣ると、顔に微笑を貼り付けている。彼にはこの状況が理解できているようだ。


「そ、それは……」


 他の者には、息子の弔問に訪れた客だと言っているらしい。何故かその一言が出ない。リィアはトールド卿が次第に憐れになった。まるで、蛇に睨まれた蛙のようだ。

 

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