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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
裏切りの章

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〈9〉ターゲット

「――イル」


 呼び声が彼の耳に入った瞬間、彼は開け放った窓辺で見上げていた空から弾かれたように背後を振り返る。レイルはずれた眼鏡を慌てて押し上げた。


「あ、メーディ様! すみません、ぼうっとしてしまって……」


 鳥の羽音が耳に残る。

 主のいない居室で、そんなレイルにメーディはいつものごとく穏やかに微笑んだ。


「ルナス様たちのことが気がかりなのだね?」

「え、ええ。大丈夫、でしょうか?」


 レイルは手にした冊子をギュッと抱き締めるような動きをした。ほんの少しうつむく彼に、メーディは優しく声をかける。


「君は一体、何を心配しているのだ?」

「え?」


 レイルの眼鏡の奥の瞳が見開かれ、揺れる。メーディは、歳を重ねた者だけが得るであろう深みを持った眼差しでレイルを見つめる。


「ルナス様にはデューク殿たちがついているのだよ。何も心配は要らない」

「そう、ですね」


 小さく息をつくレイルに、メーディはクスクスと笑った。


「それとも、レイルの心配事はルナス様ではなく別の人なのかな?」


 そのひと言に、レイルは表情を強張らせた。そんな彼に、メーディはどこかからかうような響きで言う。


「リィアさんのこともちゃんと守って下さるよ」


 レイルは思わず苦笑してしまった。


「はい」


 そうして、誰に聞かせるでもなく言うのだった。


「そうですね。どこにいたとしても危険は付いて回るのですよね……」


 メーディは、無言でレイルの横顔を眺めた。



     ※ ※ ※



 デマントの町にいるルナスたちはというと、そのままふらりと町を練り歩き、トールド卿に関する噂を集めるのだった。決定的と言えるほどの情報はないものの、有益ではあるという細かな情報はいくつか集まった。そうして日は暮れ、宿へ戻るべきかと思われたが、デュークとアルバは後列でボソボソと話していた。リィアが振り返ると、二人は会話を止める。


「?」


 そうして、デュークは渋面を、アルバは笑顔をルナスに向けるのだった。


「ルナス様、俺か隊長か、どちらかが酒場に行って情報を集めて来るべきかと思うのですが」

「酒場は確かに情報も多い。そうしてもらえるなら頼みたい」


 ルナスがうなずくと、デュークは顔をしかめた。


「お前が行け」


 と、アルバに命じる。アルバは不敵に笑った。


「そうします」


 デュークはそうした場所が嫌いなのだろうか。妙に嫌がっている風に見える。アルバはそうでもないのか、むしろ楽しげだ。


「では、後ほど」


 そう言い残すと、沈む夕日の中をすり抜けて人込みに消えた。自由奔放なアルバには、そういう調査が向いているのかも知れない。

 確かに、デュークに声をかけられるとまずは警戒してしまう。眼帯や目付きの鋭さ、仏頂面がネックなのだ。アルバの方が適任だろう。


「私たちは先に宿へ行こうか」


 ルナスの声に、リィアははいと返事を返した。



 三人は宿へチェックインし、リィアだけが別室になる。宿で食事を摂った後は、風呂へと向かうのだった。

 この宿の風呂は別館に分かれており、中庭の渡り廊下を抜けて別館へ行かなければならない。リィアは一人支度をすると、ルナスとデュークにひと言告げてから風呂へ向かった。

 中庭に出ると、夜の風は涼しく、優しくリィアの髪をなびかせる。着替えを入れた袋を抱え、リィアは薄明かりの灯る渡り廊下を歩くのだった。


 すれ違う人は誰もいなかった。けれど、別館の方からは賑やかな声が聞こえている。向こうには先客がいるようだ。

 リィアはその賑わいだ声に気を取られ、注意力が散漫であった。ここが宿の中であることも油断の理由であったのかも知れない。

 背後から伸びた手が、リィアの口もとを押え付ける。


「!!」


 体にも腕が巻き付き、リィアは身動きが取れないままに拘束される。


「んー!!」


 押えられたまま呻くと、更に体が締め付けられた。


「大人しくして頂きたい」


 静かに落とした声が近くでする。言葉は丁寧だった。それはリィアを拘束している人物とは別のようだ。少なくとも、二人いる。それがわかって、リィアは血の気が引いた。さすがに素手で男二人も相手にはできない。


 目的はわからない。トールド卿のことを嗅ぎまわりすぎたせいだろうか。

 リィアはどこかで冷静にそう思った。

 その時、リィアを拘束していた手が胸もとに伸び、柔らかな胸をつかんだ。


「!!!」


 ぞわ、と体中に悪寒が走ったけれど、相手もその感触に驚いている風だった。

 リィアは口もとの手がゆるんだ瞬間に、その手に思い切り噛み付いた。


「うわ!」


 その相手が怯んだ隙に、リィアはその手を捻って身を翻す。けれど、もう一人の男が自らの上着をリィアの頭に被せて視界を塞いだ。


「何するんですか! 変質者だったら容赦しませんよ!!」


 押え付けられていても威勢のいいリィアに、どちらかのため息が聞こえた。


「――人違いだな」

「女のような()()だと聞いたが?」

「女のようなどころか、こいつは間違いなく女だ」

「情報が少なすぎる相手を襲えとは、無理難題だな」


 一人がそうこぼした。

 そうして、ふと締め付ける力が離れる。ただ、被せられた上着は腕の部分で結ばれており、リィアがそれを外そうと懸命にもがいた。そして、ようやくその上着が外れた時にはその襲撃者はそばにいなかった。素早い撤退である。

 誰と間違われたのかが、リィアにはわかる。だから、思わずその場にへたり込んでしまった。


 誰かがルナスを狙っている。

 けれど、何故だろうか。

 まず、どうしてこの場所に彼がいることを知っているのかがわからない。表向き、ルナスは城の中にいることになっているのだ。


 事実を知る者はごく僅か。

 一体、誰から漏洩したというのだろうか――。


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