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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
裏切りの章

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〈8〉有効利用?

 食堂にて、ようやく注文をすることができた。食事にこだわっている時ではないため、四人とも同じメニューにした。本日のおススメ、テールシチューである。

 ただ、その料理が運ばれて来る前に四人にはするべきことがあった。


 ウェイトレスが言ったトールド卿の使用人は、どうやら今日は休日なのだろう。ゆったりと構え、昼からワインをあおっていた。年齢は三十代半ばくらいの痩せた男性で、艶のない頭髪がまとまりなく広がっている。

 ざわざわと賑わう食堂のテーブルで身を寄せ合う四人は、その男性に注意を払いながら密談する。


「有益な情報が聞きだせるといいのだが……」


 そうつぶやいたルナスに対し、デュークがリィアにとんでもないことを言い出す。


「おい、お前が行って来い」

「はぃ?」

「たまには役に立て」

「な、な」


 思わず後ろに引いたリィアだったが、アルバのひと言は助け舟でもなんでもなかった。


「駄目ですよ、隊長。彼にとってはリィアなんて子供ですから」

「色気が足りないのは認めるが、一応女だし」


 好き勝手言いたい放題である。ルナスだけが心配そうにリィアを見遣ったが、リィアは憤然と立ち上がった後だった。


「いいですよ、聞き出して来ますよ!」


 子供だの色気がないだの言ったことを後悔させてやる。その一心でリィアは後先考えずに男のもとへ向かった。

 ただ、大きく出たのはいいが、どうすればいいのかがさっぱりわからない。リィアは立ち止まった自分をギロリと見上げた男に、とりあえず愛想笑いを振り撒く。


「こ、こんにちは」


 けれど、男はああ、と言っただけで軽くあしらわれてしまった。そうして手酌をする男の横に回り、リィアはワインのボトルに手を添えた。


「よろしければお注ぎしましょうか?」


 ぎこちないかも知れないけれど、精一杯の笑顔で言った。ただ、男はリィアにボトルを預けるも、酌をするリィアを鼻で笑った。


「もう少しこう、色香のある美女だったらなぁ」


 カチンと来るひと言に、ボトルを握るリィアの手が強張る。ついでに言うなら笑顔も引きつる。

 酔っ払いだ。酔っ払いなんて嫌いだ、とリィアは震えた。


 そんな時、颯爽とルナスがやって来た。見かねて助けに来てくれたのだろう。あの二人とは違って優しい。困惑顔のリィアに苦笑すると、ルナスは男に微笑む。

 その途端に、男の機嫌はころりと激変したのである。


「お、こりゃあ別嬪さんだ。こういう美人に注いでほしいよなぁ」


 デレデレとそんなことを言う。リィアは心底腹が立って、ワインボトルで男の頭を殴ってやりたくなった。その衝動を必死でこらえて、苦笑するルナスにボトルを預ける。場所も譲って、二人のやり取りをぼうっと眺めるのだった。


「今日はお休みですか? 随分とくつろがれているようなので」


 男がグラスに入ったワインを再び煽ると、ルナスは嫣然と微笑んでボトルを傾けた。トクトク、とワインを注ぐ音が騒がしい中でもリィアの耳に届く。

 男はこの酌をしている麗人が誰だか知らない。知ったら、とんでもないことだと青くなって震え上がるだろう。


「ああ。トールド卿も近頃はこちらにいることが多いから、馬も疲弊しないで済む。俺としては助かるが」


 ルナスの正体に気付かないで鼻の下を伸ばしているのだから、のん気なものだ。

 ただ、ルナスの微笑はいつもよりも凄みを感じるような艶がある。見慣れているはずのリィアですら、少しどぎまぎしてしまうような――。


「トールド卿のお屋敷の方でしたか。それは名誉あるお仕事ですね。卿があまり外出されないのでしたら、訊ねて来られるお客人が多いということでしょうか」

「そうだなぁ。このところは特にそうだ。と言っても、馬を預けられるのは精々一日二日程度だが」

「トールド卿のお客人でしたら、やはり貴族の方ばかりでしょう。ご立派な馬が多いのでしょうね」

「ああ。それは見事な葦毛の馬を、預かった時は緊張したもんだ。でも、そればっかりでもない、普通の馬車馬もいたけどな」


 来客が多い。その時点でやはりスピネルの報告通りに疑わしいということだ。リィアはハラハラとその先を窺った。


「卿はご子息を亡くされてから塞いでいたとお聞きします。そうしたお客人たちとのご交流が、卿の支えとなったのでしょうね」

「ああ。最初の頃は見ていられなかったな。それが、いつ頃からか、以前以上の活力をみなぎらせてシャンとしなさったけれど、いつだって若さんのことを引きずっておられるよ」

「そう、でしたか……」


 死者を悼むように目を伏せたルナスは、その後で立ち上がった。


「では、よい休日を。あなたとお話できて幸運でした」


 にこりと微笑み背を向けたルナスに、リィアも慌てて続く。名残惜しそうに手を伸ばした男だが、デュークが隻眼で睨み付けて黙らせた。

 席に着くと料理はすでに運ばれており、おいしそうな匂いと湯気を立てていた。テールシチューにしては少しばかり色が薄いような気もするけれど。


 ただ、リィアはその料理よりもルナスの横顔を直視していた。そんなリィアに気付き、ルナスが首をかしげる。


「どうした?」

「……いえ」


 言葉を濁すけれど、アルバにはリィアの言いたいことが透けて見えたようだ。


「ルナス様は老若男女問わず受けがいいからな」


 リィアの敗北感など気にかけてもくれず、クスクスと笑っている。


「そのご容姿を有効に使われるのはいいのだが、お立場を思うと問題ではある。お前がなんとかできればよかったのに、使えないやつだな」


 デュークがぼやくと、ルナスは少しだけ頬を染めた。そんな様子がまた色っぽく感じられて、リィアは冷え冷えとした気持ちになったのだった。


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