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落日のレガリア  作者: 五十鈴 りく
裏切りの章

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〈5〉旅先で

 翌日の未明、部屋で見送ってくれたメーディとレイルを残しつつ、ルナスたち四人はいつもの通路を抜けて城下へと向かう。その通路の中でデュークは言った。


「ジャスパーは連れて行かないんだな」


 ジャスパーとは、貧困から略奪を行った貧民窟ウヴァロの頭領である。その罪から服役しているのだが、アルバが武術大会に優勝した折の褒美として、彼を自らの配下にした。普段は他の囚人たちと変わらず刑に服しているのだが、アルバが望めば監視のもとではあるが外に出ることができる。


「まあ、ウヴァロの様子を見せに連れて行けたら十分です。彼はああ見えて訓練も受けていない民間人ですからね。下手な戦闘に巻き込まれて負傷させては意味もないですし」

「戦闘が起こり得るのですか?」


 リィアが警戒すると、アルバはそちらを向かずに言う。


「さあ。これから何が起こるのかなんて、俺にもわからない。けれど、用心に越したことはない」


 普段はのんびりとティータイムをしている彼らも、実際には殺伐とした世界に身を置いている。いつ何時、何が起こっても不思議ではないのだ。アルバはそれを念頭に置いているということらしい。


「まあ、ジャスパーは見てくれが厳ついからな。警戒されやすいし、留守番が妥当かもな」

「人のこと言えますか?」


 思わず上官のデュークに突っ込んでしまった。そんなリィアに、ルナスがクスクスと笑う。

 旅の目的を思えば、出立はのどかなものだった。



     ※※※



 城下でしばらく時間が過ぎるのを待つと、四人は城下の十字路で辻馬車を拾う。そうして御者に行き先を告げて馬車に乗り込むと、ルナスの隣にアルバ、リィアの隣にデュークが座った。カラカラと音を立てて滑り出す車輪の音に耳を傾けながら、リィアは正面のルナスを見た。

 そんな彼女に、ルナスは美しく微笑む。


「どうかしたのかい?」


 さらりと揺れる黒髪が、窓から漏れる日差しを浴びて輝いている。

 リィアはどきりとして思わず言った。


「いえ、あの、ルナス様、もう少しちゃんと変装した方がいいのではないですか? 平民ばかりの城下とは違い、もしかするとお目通りされた貴族と鉢合わせしてしまったりするかも知れませんし……」


 すると、ルナスはクスクスと笑った。


「私は居室から出て来ない人間だと思われているからね。大丈夫だよ」


 そうは言うけれど、ルナスはやはり目立つのだ。馬車に乗る時でさえ、その美貌をじっと見つめる人々が何人いたことか。

 けれど、アルバはあっさりと言う。


「変に怪しいことをする方が目立つ。堂々としていればいい。もし万が一、正体がばれたなら、気晴らしに来たと言えばいいだけだ」


 そんなことでいいのだろうか。

 不安に思うのはリィアだけなのだろうか。



 馬車は順調にアガート公道を抜け、最初の目的地であるネフラ村の付近へと差しかかる。その時、正午を大きく回っており、到着したのはほぼ夕刻と言えるほどの時間であった。馬車の中でメーディが持たせてくれたサンドウィッチを広げ、簡単な食事は摂れたのだが、座りっぱなしで皆それぞれに疲れた様子ではある。馬車を降りた瞬間に各々は大きく伸びをした。

 ネフラ村はごく普通の農村のようで、のどかな風景そのものだった。青々とした畑が四人を迎え入れるように広がっている。


「今日はここで休みましょう。まずは宿ですね」


 アルバが言うと、ルナスもうなずいた。

 足を踏み入れた村の宿は木造の粗末なもので、ルナスのような貴人が宿泊するには適当ではない。どこからどう見ても、雨のしみこんだ木の壁の前に立つルナスは、その場に馴染めていなかった。

 それでも、宿はここだけなのでアルバが部屋を手配する。少し離れた位置からロビーで店員と話すアルバをルナスは眺めていた。

 困惑気味にそんなルナスを見遣るリィアに、ルナスは小首をかしげる。それから店の者の目を憚るようにして言った。


「リィア、ここは女性には少し……その、心もとないかも知れないが、我慢してほしい」


 ルナスは、ここが汚いからリィアが嫌がっていると思ったようだ。リィアは慌ててかぶりを振る。


「わ、わたしは平気です!」

「そうか」


 にこり、と微笑み返された。耐性のない人間に向けたなら、凶器のような笑顔だと思う。

 そうこうしていると、アルバが戻って来た。


「ふた部屋取りました」

「ああ、ありがとう」

「では、まずは食事にしましょうか」


 デュークは昼食のサンドウィッチなどでは全然満たされていなかったようで、宿の食堂に着いた途端にあれやこれやと注文し出した。けれど――。


「品切れ?」


 注文した料理のほとんどが品切れだという。時刻は今からが一番忙しくなる頃で、この時点で品切れと言うのもおかしな話だ。


「この時間にか?」


 少し不機嫌そうに問うデュークに、店員の女性はびくりと体を強張らせた。怒っているというほどでもないのだが、眼帯のせいで当りが強く感じられるのだ。

 ルナスはそんなデュークの腕に手を置くと、緩くかぶりを振った。そして、店員に向けて穏やかに言う。


「それならば、出せる限りのものを出してくれたらいい。すまないね」


 店員はルナスを直視することができなかったのか、手にしていたトレイで顔のほとんどを隠すようにして返事をした。


「は、はい」


 そして、慌てて駆け去って行く。

 アルバには事情も読めたようだ。小さく嘆息する。


「この国は賠償を終えたばかりで、ウヴァロに限らず地方にまではゆとりがないとしても不思議はなかった。食料だって十分じゃない。王都にいると、そんな当たり前のことまでわからなくなってしまいますね」


 慢性的な食糧不足ではなく、一時的なものかも知れない。それでも、今すぐにないことは確かなのだ。

 デュークは苦々しい顔をしてから、がっくりと項垂れる。


「腹が減ってるのは俺たちだけじゃないってことか……」


 そんなデュークを気遣わしげに見ながら、ルナスもぼそりとつぶやく。


「人は食わねば生きられない。なのに何故、軍事の費用をもっと削って、家畜や農作物、食料の安定に力を入れて――どうしてその発想ができぬのだろう……」


 それは、いつ他国が攻めて来るかと不安に思うからであり、上層部の目が下々の人間の生活に向いていないせいでもある。ルナスもそんなことはわかっている。だからこそ、苦々しい思いがするのだ。

 そうしたルナスに、アルバが涼しげな目もとをそっと細めて言った。


「ルナス様、焦りは禁物かと存じますよ」


 ルナスには、民が飢える前に道を切り開きたいという思いがある。機を読み、タイミングを計っているつもりが、そんな悠長な場合なのかと不安にもなるのだ。

 それでも、動く時を間違えれば、すべては無に帰す。

 焦ってはことを仕損じるのだと、アルバはルナスに釘を刺すのだ。ルナスは心を読まれたことに苦笑したようだった。


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