〈4〉名誉か、あるいは不名誉か
トールド卿の身辺調査の旅に出立するに当たり、ルナスたちはそれに応じた服装を用意する必要があった。城下町に出る時に着ているようなくたびれたものではなく、それなりの良家の者に見えることが望ましい。あまりにみすぼらしくては、伯爵家のそばに出没しただけで不審者として要らぬ警戒を抱かせてしまいそうだという理由である。
そこまでスピネルは見越していたのか、ルナスたちに見立てた衣服を持参して再びやって来た。その見立ては的確で、ルナスたちはそれを購入するのであった。
出立する前日に、ルナス、デューク、アルバ、リィアの四人は衣服に袖を通してみる。
ただ、少しだけ納得が行かない様子であるのがリィアだった。
「……どうしてわたしにはこの服なのですか?」
着用したものの、リィアは仏頂面であった。ルナスたちは何がいけないのかがわからない。
「どうしてって、とてもよく似合っているよ?」
控えめに輝く飾りが襟もとに付いたシルクのシャツに着替えたルナスは小首をかしげた。
リィアの格好とは、ふんわりと広がるスカートが上品なピンクのドレスである。胸もとの大きなサテンリボンが可愛らしい。彼女の魅力を引き出すような服装だが、当の本人のお気には召さなかったらしい。
「こんな格好じゃ、いざって時に動けないじゃないですか」
スカートの裾は長い。戦闘向きでないことは確かだ。
けれど、
「女性がいた方が怪しまれにくいのは確かだ。その格好で役に立っていると思えばいい」
爽やかな笑顔でアルバはそんなことを言う。白い麻の上着を羽織った姿は紛れもなく良家の子息に見える。事実そうなのだが。
「……別に戦闘になった時あてにしてるわけじゃないからな」
ぼそ、とそう言ったデュークはというと――。
「隊長、隊長はどこからどう見ても胡散臭いですよね」
彼らよりも実力が劣るという自覚がリィアにないわけではない。だからこそ、それが悔しい。悔し紛れにリィアはデュークにそう当たるのだ。
ただ、実際にデュークは胡散臭かった。顔立ちそのものというよりも眼帯のせいだろう。どんな格好をしていようと、不穏な過去を推測させてしまう。
「うるさい!」
喚くデュークに歩み寄ると、リィアはそのしっかりと止められていたシャツの第一、第二ボタンを外した。
「なんだぁ?」
眉根を寄せるデュークに、リィアはにっこりと微笑んだ。
「隊長はドラ息子か用心棒ってところでしょう。きちんと着こなすと余計に変です。違和感しかありません」
「ああ、本当だ」
アルバまで堂々と言った。ルナスは思っていても言わない。
「お前ら……」
デュークは部下に恵まれない自分の不運に震えていた。けれど、敬ってはもらえない。
「そもそも、隊長、右目はどうされたんですか? 名誉の負傷ですか?」
リィアはきっと、知り合ってからずっとそのことを訊ねたかったのだろう。この時、どさくさに紛れてそれを問うのだ。
けれど、デュークは真剣に答えるつもりなどない。
「お前には関係ない!」
噛み付かんばかりの勢いで怒鳴られ、リィアは肩をすくめた。あの傷は、触れてはならないものだと。名誉の負傷どころか、消し去りたい過去なのかも知れない。
アルバも苦笑している。もしかすると、アルバでさえも知らないことなのだろうか。
そんなデュークを見るルナスの瞳がどこか心配そうに感じられて、リィアは少しこの話題を出してしまったことを後悔した。デュークは性格に子供っぽさも残っているけれど、だからといって苦労なく生きてきたとは限らない。触れられたくない過去のひとつくらいはあるのかも知れない。
リィアは小さく嘆息した。
「まあいいです。そんなことより、明日からのことを考えないといけませんね」
少し強引なほどに話を変えたリィアに、ルナスは苦笑する。
「まずはアガート公道を南下して、それからデマントの町を目指そうと思う」
デマントの町は、トリニタリオ領の中で指折りの大きな町である。クリオロ領にほど近く、交流も盛んなのだ。ここにトールド卿の屋敷もある。この領と領の境となる場所を任されていることで、公爵からのトールド卿の信用が高いことも窺える。
「ただ、一日で着ける距離ではありませんよね。まずはネフラ村でも立ち寄りましょうか」
アルバが言うと、デュークは口を一度への字に結んだ。
「馬をかっ飛ばせばいいだろ?」
そんな上官に、アルバは冷ややかな目を向けた。
「隊長、俺たちの馬は使えませんよ。軍馬なんて乗ってたらすぐに軍人だってバレるじゃないですか」
「う……」
「馬車と徒歩といったところでしょう。馬車はスピネルに用立ててもらうのもいいかと思いましたが、そうすると身動きが取りづらくもなるかも知れませんので、やはり乗り捨てできるの辻馬車を乗り継いで行くのがいいかと」
アルバの発言に、ルナスはうなずいた。
「そうしよう」
「では、明日、ですね」
リィアはそう発言し、しっかりと気を引き締めるのだった。




